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心がバカンスに出掛けています。  作者: きよらんて
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避難所って、こんなところ。

前のお話で書いときたいな、と思うことがありました。

もう記憶も少しあやふやだし、今とは状況が違うから、私の持ってるデータは少し古いです。

それは『避難シェルター』の話。


母子寮、一時避難所、避難シェルター、様々な呼び名がありますが、現在でも公でやってるものから民間でやってるものまであります。


元々は女性の為の施設で、家がない人や親から捨てられた人などの避難場所だったそうです。

昔で言う尼寺みたいなかんじですね。


DVが明るみに出る前は母と子が別々にさせられることが多かったそうで、母親は女性寮、子供は養護施設などの保護施設に入りました。

その後、DV被害者が助けを求める数が増えていき、女性寮に子供と一緒に入ることが増えていきましたが、マニュアルやDV自体の情報が圧倒的に少なく、後手に回ることが多くありました。


私が入った施設も元は女性寮で、一時避難の母子寮と女性寮があり、入所している人たちはDV被害の親子~単身者、精神福祉の為に入所している人と様々でした。


一応単身者と親子の居住スペースは建物が別でしたが、食堂が同じであったり、レクレーション施設が共通、月一の清掃日はどの寮関係なく参加していました。


基本的に外出は出来ませんが、許可を貰えば近くに買い物に行ったり、弁護士さんの元や役所等にも出掛けることが可能でした。

病気になれば近くの診療所に掛かることも可能です。

弁護士さんの元や役所、病院等は付き添ってもらったり、近くまで車を出してもらったりもしてもらえました。


私が入所した場所は役所や警察を通していましたから、公の事業としての施設だったので、滞在費用や光熱費、食事代は国が負担してくれていましたが、民間の施設ではこのようなお金が掛かってきて一泊いくら、付き添い料などが掛かってきます。


私は公の施設にお世話になりましたが、2ヶ所に股がり移動したので最初の場所と2番目の場所では多少異なりました。


最初の場所は一時避難を受け入れるのは少数だけで、基本的には私のような子沢山が避難する場所ではありませんでした。

母子寮で一時避難の後の長期避難場所で、およそ2年間のみ利用することが可能な所。


子供たちはそこから学校や保育所に通い、母親はそこから仕事に通って、お金を貯めて生活基盤を作るために生活しています。

建物の敷地内には防犯カメラと門があり、閉まる時間と開く時間が決められています。

友達や親、兄弟を寮に入れることは出来ませんし、男性は職員以外子供のみしか入れません。

勿論、寮の住所を伝えることもご法度だったと記憶しています。

建物の入り口には職員がいて、出掛けるときなどはそこで報告をしてから外出したり、部屋を出るときは鍵を預けて、入るときは受け取ってしなくてはいけませんでした。


一時避難の場合の滞在期間はおよそ2週間。

その間に今後の生活する場所をさがしたり、役所などの手続きなどをしなくてはなりません。


一時避難をしていた期間は3日ほどでしたが、そこは食事は自分達で作って食べ、お風呂は近くの銭湯、足りないものはそこで借りるか買い足さなくてはなりません。

私は2日分の服と子供たちのランドセルや教科書など殆ど荷物を持ち出せずに家を出ました。

お金も一万円ほどしかありませんでした。


これでは生活できなかったので、一日一人1000円までお金を借りることが出来たので、借りて当座必要なものを買って凌いでました。

一時避難の場合はケータイが使えません。

GPSで調べられると自分達だけではなく、入所している人たちの迷惑になるので、電源を切っておかなくてはなりません。

電話する用事があるときは、建物内の公衆電話から電話します。


私は不安からケータイの電源を切れなくて、元夫に居場所を突き止められて、警察に連れ戻すように連絡を入れられてしまい、別の場所に移動することになりました。


次の場所では短期避難として2週間、期限が切れて長期避難に切り替え、合計1ヶ月ほど滞在しました。

そこは先程も述べたように、母子寮と女性寮とに分かれていて、様々な理由でそこで生活をしていました。


私は子供が四人いたので、6畳の部屋を2つぶち抜いて2部屋を使用させてもらっていました。

お金を借りることは出来ませんが、一日子供一人当り数百円のお金が出て、そのお金でオムツやミルク、洗剤などを買う足しにします。

初めに入ったときに数日分のオムツやお尻ふき、ミルク、洗濯洗剤、タオルなどが支給され、生活を始めるには多少不自由でも出来ます。

食事は3食、食堂で食べて、一週間に1度シーツを変え、月に1度皆で施設内を掃除しました。


月に2度ほど美容学校の生徒が来て、無料で髪を切ってくれたり、心療内科の先生が来てカウンセリングを無料で受けることが出来ました。

掃除の日はお菓子パーティーが開かれて、ジュースや気持ち程度のお菓子が食べれました。


外出届けを出せば近くに気分転換に出掛けることも出来ましたし、この時間の食事は外食すると伝えれば、家族で外食することも可能でした。


これでおよそ滞在中の生活は分かるかと思います。

次の章では、滞在中にしたことを書きたいと思います。

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