コロコロ変わる趣味の理由。
私はやりたいことが山ほどあります。
そして飽き症かもしれません。
今取り組んでいることは、HTMLとCSSの勉強。
その前はWordPress。
その前は子ども支援。
さらにNPO法人の設立。
一か月でこんなにも変化してる。
これってどうなの?って思いません?
今までの私は、結局少しかじっただけで何も出来てないのと同じやん!って、自分でイライラしてたし、ダメなヤツだ・・・って自分を責めて落ち込んでいました。
でもね、こう思うの。
全部1つの線上にあったものが、取り組んでいるうちに必要なものをチョイスして変化していってるだけなんじゃないのかな?って。
言い訳のように聞こえると思うし、今までの私だったら言い訳してるって思って自分を責めていた。
そして、中途半端って言われてきた。
しかし、落ち着いて1つづつ紐解いていったら、一つ分かったことがある。
私は長い間DVを受けていて心を癒す勉強をし初め、DVセミナーに通って自分を知ることにした。
自分を知ると同時に同じような環境の人を救いたい思うようになった。
だからNPO法人を立ち上げて、窓口を作りたかった。
じゃあ、どんな支援がしたいんだ?って言うと自立した女性と子供になるための支援がしたいんだって思った。
自立にも経済的自立と、精神的自立があるどっち?ってなった。
私の場合は精神的な自立をまずすることが最優先事項で、経済的自立はその後取り組むことって考えていた。
精神的自立をするには必要なことは?ってなって、まずは安全で安心できる場所を提供して精神的自立に取り組むのがいいと思ったから、そんな場所を提供できる賃貸マンションを経営したいと思った。
マンションの経営と同時に、自立支援の一環として自分でインテリアのチョイスがしたいと思って、インテリアコーディネーターとして働いて勉強しようと思った。
だから高校の時に勉強していた色の勉強を復活させて、カラーコーディネーターの資格を取った。
次にインテリアコーディネーターの資格を取るためと、DVセミナーで同じ環境にいた人、いる人以外の人とコミュニケーションを取ろうと考えるようになった。
インテリアコーディネーターになるには建築の勉強をしようと、ポリテクで木造建築の基本を習いに行くと同時に、人間関係の練習をしに行く。
建築の面白さを知って、過ごしやすい環境を整えることの重要性を知って、福祉住環境の資格を取って、マンション経営の為に宅建の資格を取ろうとおもった。
ポリテク以外での人間関係の構築のために、自分で働いてお金を得るために働きに出よう、建築に関係のある仕事に就こうと思い店舗デザインの会社に入社。
しかし、上司と馬が合わずに断念。
心のケアが再び必要になって、さらに自分を知ることの大切さと直面。
心のケアの一環に感性を磨くことと、自分の好きなことを探そうと思う。
心のケアと自分を知るために、自己表現をする方法を知り、自己表現をする場を探し始め、facebookと小説を書き始めた。
facebookで知り合った人に、DV支援をしたいと話をすることでブログの開設のアドバイスと、ボランティアの参加を進められて、ボランティア活動とブログのアップに関することを調べ始める。
ボランティア活動を始めたころに、合気道の先生からNPO法人の立ち上げを打診されて、NPOに関することと子ども支援に関すること調べ初めて、今の自分に出来ることを考え始めて、塾を開くことを考え始めた。
しかし場所がないことと、まずは支援をすることより感性を磨くことに重きを置かなくてはいけないことを思い出す。
感性を磨くために美術館へ行ったり、音楽を聴いたり、映画を観たり、色んな人の言葉に触れたり、意識して取り組むようになる。
そしてブログを本格的に始動させようとブログサイトをチェックするようになり、WordPressと出会う。
WordPressを調べる内にHTMLとCSSを理解していないと、厳しいことを知り勉強を始める。
一見無関係なことでも、流れをみたら繋がってることに気付く。
スタート地点と今の地点は全く違うけど、必要なものがないと前に進めないものだ。
人が感動する音楽を作りたいと思ったとしても、楽器が演奏できなかったら歌を学んでなかったら、出来ないだろうし、楽譜が読めなきゃお話にならないかもしれない。
そのために勉強することが大切。
もちろんピアノが好きで習っていて、延長線上に作曲が出てくることだってある。
でもみんながみんな、初めから好きなものがあるわけではない。
コロコロやってみたいことが変わったりするのは、『これが好き!』ってものに出会えてなかったりするだけかもしれない。
まずは3年って言われてるけど、3年続けることもいいと思う。
でも別の興味があることに挑戦することだっていいと思う。
人から『継続力がない』『飽き症』『忍耐力がない』って言われると思うけど、気にするな!
言ってるその人が何年も、何十年も続けれてるものがあるのかも怪しいと思うし、何より好きなもの、夢中になれるものがあるのかも分からないでしょ?
ただ単に色々挑戦してる人が羨ましいだけかもしれない。
真面目な人を馬鹿にする人がいるのと同じで、真面目になれないから真面目に一生懸命頑張る人をバカにして、自分より下の位置に置かないと自分が保てないだけ。
羨ましくて、妬ましいだけなんだ。
遠回りしようと、好きなもの、夢中になれるものを探し回ろうと、諦めさえしなければ、いつか出会えるかもしれない。
断定はできないけどね!(笑)
遠回り、道草を食いながらだけど、気が付いたことが更にある。
どれもこれも思春期の時に好きだったものが、今目の前に現れたということ。
小学校の頃にクラシックの中の『美』に目覚め、今もなお『美』を追求してること。
中学の時でデザイン画と出会い、今もなおデザインやアートが好きなこと。
高校の時に色に惹かれ、色彩が心に影響するって再確認したこと。
そして病気になり慈子を再形成しようとしたときに、HPの作成とプログラミングを学習したことがPCの面白さを知るきっかけになって、数年の時間経過を経て再び目の前に現れいる。
途中だったHTMLとCSSの勉強を、今取り組もうとしている。
私は思う。
一度断念したことや、心の奥に引っかかっているものが再び現れる可能性を。
それってもしかすると、本当は自分の好きなことや癒すこと、興味があることなのかもしれない。
ゆっくり再び現れるのをまったり、色々チャレンジしてみるのも大事なんじゃないのかな?と思う。




