私ばかり
「そろそろ日も落ちてくるし、帰るか」
少しずつ赤みを強くしている空を見上げて碧は、呟くようにそう言った。
「え、もう?」
ピタリと足が止まり、思わず本音が飛び出てしまった。
「行きたいところはもう行きつくしただろ?」
淡々と語る碧の言葉に、少しばかり肩を落としてしまう。
もう行くところはない、確かにそうだけど……
日だってまだ暮れてないし、帰らなきゃいけないような時間でもない。
公園でも散歩するだけでも、喫茶店でお話しするだけでもいい。
碧と少しでも長く一緒にいたいって思う私はおかしいのかな……
やっぱり、私ばっかり『好き』が大きすぎて、空回ってるみたいだ。
涙がこぼれないように、ぐっと唇を噛みながら下を向く。
「奈都……?」
急に様子をおかしくさせた私に、心配そうな声がかかる。
落ち込んでちゃだめだ。
私の暗い気持ちに碧を巻き込んじゃダメだ。
何か、話さなきゃ。
「行きたいとこ、あるよ」
下を向いたまま、ぽつりとそう言うと、小さい子どもに話しかけるように碧は優しく尋ねてくれる。
「ん、どこ? 帰りが遅くならないようなら行こう」
「観覧車。天保山は遠いみたいだけど、梅田も遠い?」
正直なところ、観覧車じゃなくてもどこでも良かった。
だけど、『公園で散歩』や『喫茶店でお話』などあんまり目的の無さそうなものは却下されてしまいそうな気がして。
必死に考えて浮かんだのが、観覧車だったのだ。
「そうだな、十分くらいで着く。そう遠くないし、行くか」
左腕についた時計を見て、碧はそう話していく。
めんどくさそうな様子は見られなくて、少し安心した。
「うん、行こう! 夏休み終わったら遠距離だもん。少しでも長く碧と一緒にいたいよ」
「――――ッ、わかった。行こう」
私の手を引いていく碧。
夕焼けのせいだろうか、彼の頬がほんのり赤く染まって見えた。
――・――・――・――
ビルの屋上にある真っ赤な観覧車。
夜景が綺麗らしいけれど、夜景の時間にはまだ少しばかり早いせいか人もほとんどいない。
大きな観覧車はもはや、数グループの貸し切りと化していた。
ゴンドラに乗り込み、向かい合わせで座る。
「観覧車なんて久しぶりだよ」
「何が楽しいのか分からなかったけど、こうやって乗ってみるとなかなかいいもんだな」
賑やかな梅田の町がどんどんと小さくなっていき、夕焼け空へと近づいていく。
橙色に染まっていく空を見ていると、うまく言葉に表せないけれど、センチメンタルな気持ちになるから不思議だ。
そんな感傷的な気分に浸った私は、無意識でつい気になっていることを聞いてしまった。
「ねぇ、碧はさ。女の子によく話しかけられているじゃない?」
向かいの碧は途端に不機嫌そうな表情になっていく。
「知り合いでもないのに何なんだろうな、あれは」
苦笑いをしながら、碧がまだ気づいていない真実を伝えていった。
「碧がかっこいいから、友達になりたいんだよ」
自分に自信が持てない臆病な私は、真実を伝えず少しばかりの嘘をついた。
たぶん彼女たちは碧と友達になりたいだけじゃない。
碧と付き合いたいと思っている子もたくさんいるのだろう。
碧の容姿は人目を惹くし、性格だってぶっきらぼうだけど本当は優しいし、とても頼りになる。
こんな魅力的な人を世の中の女の子が放っておいてくれるはずもなくて。
いつかは、誰かに碧がとられてしまうかもしれない。
碧は私の所有物でも何でもないのに、そんな気持ちになってしまう自分が嫌だ。
誰かと碧が付き合って、私が過ごした今までの碧との時間が、これからの碧との時間が壊れて無くなってしまうことがたまらなく怖い。
当の本人である碧は自分がモテていることをよくわかっていないし、 私の黒い気持ちも知らない。
このまま、気づかなければいいのに。
「よくわからないな。俺がどんなやつかもわからないのに友達になりたいっていうのか?」
碧に気づかせない方が自分にとって有利なのはわかっている。
だけど嘘をつき続けるのは、なぜか苦しくて。
空元気の作り笑顔で、ごまかすように話していった。
「友達になりたいだけじゃなくて、碧と付き合いたいって思っている子もいると思う」
「奈都?」
うまく笑顔を作ったつもりだったのに、どうやらすぐに見破られてしまったようだ。
碧が、不思議なものを見るような目で私を見ている。
こうなると、嘘をつくのもバカバカしい気がして、私はついにここ数日ずっと思い詰めていたこと、胸のうちを語り始めていった。
「私さ。顔も普通だし、性格も怠け者だし、特別自慢できるところなんてないんだよ。それなのに……碧の彼女でいいのかな。ちょっと心配になるんだ」
自嘲気味に笑うと、碧は眉をひそめていった。
「お前、何言って……」
――ガタン
突如音と共に小さな振動があり、観覧車は動きを止めた。
「……あれ?」
「まさか、止まったのか?」
すぐに観覧車内のスピーカーから放送が流れていく。
「機器がトラブルを発生したため、少々停止いたします。五分以内には再開いたしますのでお客様はそのままお待ちください」
一瞬このまま空中で、過ごさなきゃいけないのかと思い全身から血の気が引いたけれど、アナウンスを聞いてほっとする。
「五分だったらすぐだね」
さっきまで流れていたあの気まずい空気を紛らわそうと、私は異常なほどに明るい声で話していった。
「ああ」
碧の声は淡々としていて、心ここにあらずといった感じだ。
困惑した私は、さらに無駄に、そして無理に、はしゃいでいく。
「この観覧車結構大きいよね、何メートルくらいあるんだろうね」
反応のない碧をそのままに、私はスマホを取り出して検索をかけると同時に、ぴたりと指の動きを止めた。
『梅田』『観覧車』
そう入力すると、ふと気になるワードが検索予想の欄に出てきたのだ。
『梅田 観覧車 ジンクス』
ジンクス、って何なんだろう。




