すれ違う二人
そこからは碧と無難な会話をして、色鮮やかな新世界の町をぶらぶらと歩き回っていった。
人々の声で賑わう町なかに、最近流行っている女性ボーカルの曲が微かに流れていく。
どこから流れているのだろう、と耳を澄ませていると碧から予想外の言葉が放たれていった。
「この曲、奈都の電話じゃない?」
「え……? 嘘、やばい!」
碧の言葉でようやく思い出した。長年愛用してきた着信メロディーを昨日変えたばかりだったのだ。
ガサゴソと鞄の中をあさり、ぴかぴかと光る携帯電話を探し出した。
碧の方を見やると、彼はこくりと頷いていく。
「気にしなくていいから出なよ。急ぎかもしれないし」
「うん、ありがと」
碧の言葉に甘えて画面も見ないまま電話をとる。
そこから聞こえてきたのは――――聞き覚えのある声。
「よぉ奈都! げ、元気か?」
一気に顔が強張っていく。
う、ウソでしょ?
告白の返事は夏休み後じゃなかったの?
「カズキ! どうして!?」
慌てて声を上げると、向こうもあたふたと焦りだしていく。
「あーえーと、返事のことはまだ保留でいいんだ! いいんだけどさ! 皆でプール行かねぇ? ケンジやトモコもいるぞ」
プール? カズキのやつ、何を考えているのだろうか……
私としては、告白の返事を控えたこのタイミングでカズキに会うのはものすごく気まずいのだけれど。
「プール? 楽しそうだけど夏休みはずっと大阪にいるから無理だよ」
行きたいと思えなかった私は、そう嘘をついていった。
カズキはたどたどしく言葉を返してくる。
「そ、そっか。あのさ、奈都はその……まだ会えたりしてないよな?」
「会うって誰に?」
私の一言にカズキは口ごもっていく。
「あーあの、えーと、昔好きだったって言ってたヤツだよ」
「――――ッ!!」
思いもよらないカズキの言葉と、隣に立つ碧の姿で、私の心は一気に動揺してしまった。
カズキには申し訳ないけれど、夏休み明けにするあの返事は『ごめんなさい』
気持ちは嬉しいけれど、私が好きなのは碧でカズキとは付き合えない。
だけど、それを伝えるのは今じゃないんだ。
だって、勇気を出して告白してくれたカズキに対して、電話で返事を伝えるなんてことしちゃいけない気がして。
慌てた私に出来ることは、ごまかすことだけだった。
「カズキ、ごめん! 今、友達といるから切るね。それじゃ、また!!」
「おい、なっ――」
強引に切った携帯電話の画面を見ながら、大きくため息をついていった。
「待たせてごめんね、ってあ……お?」
「いいのか、行かなくて」
どうしてなのだろう、碧の様子がどこかおかしい。
どこがおかしいかを聞かれると上手く答えられないけれど。
「うん、だってせっかくの夏休みだもん。碧と一緒にいたいし」
ケンジ君やトモコ、カズキにはまた地元に帰れば何度だって会える。
だけど、碧は別だ。
こんなに長く会えるのは夏休みの他にないし、それに何より自分でもよくわからないけれど、碧に対してだけは不思議な気持ちになるんだ。
もっと一緒に過ごしたい。
もっと近くにいて欲しい。
もっと私に触れて欲しい。
そんな気持ちが際限なく溢れて、もっと、もっとと貪欲になっていく自分がいるのがわかる。
きっとこれが好きってことなんだと思う。
私はこんなに好きな気持ちでいっぱいなのに、それは碧には伝わらない。
いつも碧はクールで、付き合う前とちっとも変わらないし、彼氏彼女の関係になっても、私たちは友達の延長線上にいるみたいな感じなのだから。
複雑な気持ちになっている私をよそに
「あのさ、カズキって名前、なんか聞いたことあるんだけど」
視線を外した碧がぽつりとそう尋ねてきて。
友達のこととは言え、私の周りのことや過去に話したことに興味を示してくれていることが嬉しくて、思わず笑顔になってしまう。
「出会った時の碧にそっくりな意地悪具合のクラスメイトなんだ。野球部の丸刈り坊主!」
満面の笑顔で話したのに、碧の反応は驚くほど冷ややかなものだった。
「ふーん」
むしろさっきよりもイライラしているようにも見える。
どうしよう、余計なこと言ったかもしれない。
「あの……ごめん。碧のこと意地悪とか言って。ねぇお願いだから、そんなあからさまに不機嫌にならないでよぅ」
すがりつくように近づき、精一杯碧に謝っていく。
ぴりぴりした雰囲気が途端に和らぎ、今度は反対に呆れムードが漂っていく。
「はー、どうしてお前はこんなにニブいんだか」
「え、何?」
ニブいって一体どういうことなの?
わけもわからず困惑し続けていると、碧は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし困ったように笑っていく。
「何でもないから気にするな。ただ、俺が大人げないだけだから」




