小さな軋み
うわぁ、すごい!
鮮やかで非現実的な世界に身も心も躍る。
「碧、ふぐだよ! ふぐが浮いてるよ!」
「碧、ビリケンさんだよ! 足くすぐると幸せになれるんだよ!」
新世界にあるふぐのハリボテを指差し、碧に追いつかれる前に金色に彩られたビリケンさんの像の前へと駆けていく。
「おい、ちょっとは落ちつけ」
ため息をついた碧に、満面の笑みを見せていった。
「だって、こんなの地元にはないんだもん!」
何度来ても大阪は新しい発見で満ち溢れていたけれど、新世界は特にテーマパークのようで不思議な町だった。
それから絶品のソースがかかったアツアツのお好み焼きを食べ、見どころ満載の通天閣に上り、賑やかな町を散策する。
ほっぺたが痛くなるんじゃないかってくらいにずっと笑って、幸せでいっぱいだった。
それなのに。
浮ついた気持ちは、残酷な現実によってすぐに地の底まで突き落とされてしまった。
トイレから戻って来た時、碧が誰かに話しかけられているのを見かけてしまったのだ。
――あぁ、まただ。
ふんわりとした茶色の髪に、つぶらな瞳、制服のリボンとチェックのスカートがとてもよく似合っている女の子。
アイドルのように可愛く魅力的な女子高生だった。
「道教えてくれてありがとう。あのね、もし良かったら君も一緒に……」
碧を見つめるきらきらとした瞳と、その言葉に胸がきしむ。
胸のあたりが痛くてモヤモヤして、苦しい。
どうしよう。このまま碧があの子と一緒にどこかへ行ってしまったら。
そんなの嫌だよ。
どろどろとしたこの感情はたぶん、嫉妬。
見た目もあの子より可愛くなれないどころか、心までもが濁り始めている。
私は一体、どこまで醜くならなきゃいけないのだろう。
真っすぐ女の子を見つめ返して発した碧の返事は……
「悪いけど連れがいるから。奈都、行くぞ」
「ふぇっ!」
バレないように柱の陰にひっそりと隠れていたのに、どうやら見つかっていたようだ。
気付かれていないと思ってたのに!
驚きのあまり、間抜けな声をあげてしまった。
柱の裏に回ってきた碧は困惑する私の手をひきながら、先ほどの女の子の横を通り過ぎていく。
こっちを見つめてくる女の子の視線が痛い。
誰が見ても、あの子の方が可愛いのに。
私なんかじゃ、碧にはつり合えないのに。
「ね、碧」
人気がなくなった路地で、繋いだ手をふりほどいて声をかける。
「何?」
あぁ、何かすごく不機嫌……
こちらのほうに振り向いた碧から、ぴりぴりとしたオーラが発せられているような気がしてならなかった。
一瞬怖気づいてしまったけれど意を決して、気になったことを尋ねていく。
「どうして私なんかのこと好きになってくれたの?」
さっきの子のほうが可愛いし、吊り合いがとれている。
さっきの子だけじゃない。昨日の子もこの間の子もあんなに可愛かったし、いい子そうだったのに。
「は? それ今ここで言えっての? どうして」
眉をひそめて私を睨むように碧は見つめてきて。
「あ、えーと、ううん。何でもないよ」
慌ててそう返していった。
もしかして、変なこと聞いちゃったのかな……
「はぁ……」
さっきまですごく楽しかったのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。




