募る不安
♪視線が合って、一緒に笑って
机の端で携帯電話がピカピカと光りながら曲を流し、誰かからの着信を告げている。
とくんと胸が跳ね、慌てて画面を確認していった。
表示された親友の名前に少しばかり、がっかりしてしまう自分が情けない。
♪隣にいられるだけでよかったのに、もうそれだけじゃ物足りなくて
あとで着信音変えよう……
以前は何とも思わなかったその歌詞に自らを重ねてしまう。
そんな自分に、思わず苦笑いをしていった。
大好きなバンドの曲を電話をとることで止め、携帯電話を耳にあてていく。
その途端、私の気持ちとは正反対の明るい声が飛び込んできて。
「奈都、久しぶり! 山大のオープンキャンパス一緒に行こうよ。一人じゃ寂しいもん~」
大切な友人であり、クラスメイトでもあるユウコだ。
「うん。その頃にはそっちに帰ってるし、いいよ。一緒に行こう」
カレンダーを眺めながらそう返していくと、電話越しに拗ねたような声が聞こえてくる。
「元気ないじゃん。愛しの彼氏だと思ったのに、ユウコかーってか」
「ちちちちち違うよ!」
慌てて答えたせいで、言葉をかみまくってしまう。
それがまたウソ臭さを助長させていっていた。
「ふーん」
そう話すユウコの表情は見えないけれど、きっと不審な目をしているんだろうとすぐにわかる。
「ごめん。ちょっとそう思った。私、最悪だね」
ユウコは、大切な大切な友達なのに。
「いいのいいの! 私も奈都の立場なら、そう思うだろうし。かえって素直でよろしい。それよりさ、付き合いたてだしデートしまくりなんでしょ? ねぇねぇ、のろけ話聞かせてよ~」
楽しそうに聞いてくるユウコに対して、私は言葉を濁らせていった。
「うーん、どうなんだろう。それに、のろけ話って言われても……」
「どうなんだろうって何? 何かあったの?」
ユウコは急に心配そうな声を出していく。
本当はこんなこと考えたくなんかないんだけど、誰かに相談せずにはいられなくて。
「何というか、私、本当に好かれてるのかなぁと思ってさ」
言葉にすると、なおさら強く不安を感じた。
ずっと、気になってはいたんだ。
手をつないでくれることもあるけれど、本当にごくたまにだし、それ以上進展する気配は全くと言っていいほどなくて。
どこに出かけても、何を話しても、友だちのようになってしまう。
それに一番気にかかるのは、どこに行っても碧は注目を浴びていて、別に私じゃなくても他にもっと素敵な女の子はそこらじゅうにいるってこと。
ユウコに全て相談すると、何故か碧の画像を送れと言われ、私は言われた通りにしていった。
「あのさ、奈都。私、今からひどいこと言うよ。もしかして……騙されてる、とかないよね? こんなイケメンとお祭りで出会って、突然好きになってくれて付き合うって、反対に心配になるよ」
「だよね、やっぱりそう思うよね……」
はぁ。
深くて大きいため息をつくと、魂までもが抜けていきそうになった気がする。
「ご、ごめん! とりあえず明日、奈都のどこを好きになったか彼氏に聞いてみなよ。そしたら安心するでしょ? 作戦会議しよう」
――・――・――・――
結局ユウコとの作戦会議で妙案が浮かばないまま翌朝を迎え、私と碧はいつもの場所に集合していった。
今日のデートは図書館。
と言っても、付き合い始めてこの数日、図書館以外の場所でデートをしたことはほとんどない。
高校三年生の私たちは、俗に言う受験生というやつで、冬には大学受験もあるし、勉強しなきゃいけない身分だ。
そんなのはもちろんわかっているけれど、付き合い始めた数日くらい浮かれたっていいじゃないか!
映画を見たりとか、水族館に行ったり、手をつないだりとか、もっと恋人らしいことしたいよ。
そんなことを思いながら、隣の席で英語の問題集を解いている碧の横顔を見る。
日本史は大得意のようだけれど、英語はかなり苦手のようで苦戦しているみたいだ。
私は私で、国語の長文のページを開いているだけで、ちっともページが進まない。
「奈都、どうした?」
「休憩中~」
碧の問いかけに、口をとがらせながら返すと、碧は不愉快そうに眉をひそめていった。
「さっきから休憩しかしてない。教師になりたいんだろ、もうちょっと頑張れよ」
「休憩しかしてないことを知ってる碧だって、集中出来てないんじゃん」
中学時代行きたがっていた、進学校である海王高校。
学科試験で点数が及ばず不合格となった私は、ワンランク下の公立高校に合格し、そこに通っている。
海王高校には落ちてしまったけれど、大してショックは感じなかった。
平安時代から帰ってきて以来、私の夢はもっともっと先に向けられていたからだ。
『社会科教師になって、過去に見てきた平安時代の歴史や埋もれてきた歴史を伝えていきたい』
それが今の私の夢。
そして、碧は神道系の大学に行って最終的には、実家の神主を継ぐのが夢みたいだ。
碧ならきっといい神主さんになれると思うし、私もその夢を全力で応援したいけど。
勉強だけじゃなくって、ちょっとくらい碧と出かけたいんだってば!
「はぁ、集中できないのは誰のせいだと……ま、いいや。気分転換しに午後は”なんば”にでも行くか」
呆れたような表情を見せていた碧は、困ったような顔で笑っていく。
「なんば? 観覧車のあるとこ?」
街中に観覧車があったのが不思議で、何となく覚えていた不思議なビル。
そのビルがあった町が、確かなんばだったような。
「それ、梅田か天王寺。なんばは、道頓堀とか通天閣とかがあるところ。観光名所の一つでもある」
「あ、前にねえちゃんに連れてってもらった気がする! そこ行きたい!」
あんまり覚えていないけれど、美味しいものをたくさん食べて帰ってきたことだけはしっかりと覚えている。
たこ焼きにお好み焼き、ロールケーキ……ああ、よだれが垂れてしまいそう。
「よし、決まり」
無邪気に笑う碧を見ると私の心も自然と弾んでいく。
「勉強頑張れそうな気がしてきた! よしやるぞ」
「現金なヤツ」
呆れたような表情で碧は微笑んでいったのだった。




