季節は巡る何度でも
「ま、そんなこんなで偶然が重なったおかげで、こうやってまた会えたってわけ」
そう言って碧は優しく笑う。
これまでずっと空っぽだった手のひらに乗せられた、懐かしいキーホルダー。
三年間も行方知れずだったのに、錆びつくこともなくあの日とまったく同じ状態で返ってきたこのキーホルダー。
どうして今になって出てきたのだろう。
誰にも見つけられずにずっとそこにあったなんて、とても思えない。
もしかして、道真さんが……天神様が私たちを引き合わせてくれたのかな。
奉納花火も終盤を迎えつつあり、急いで駆けだした私たちは賑やかな人ごみのなかへと紛れ、周りと同じように夏の夜空を見上げていった。
この天神祭を誰もが楽しみ、幸せそうな笑顔を浮かべている。
色とりどりの花が咲く空の下、悲しい表情をした者は一人もいなくなっていた。
大輪の花火に、金魚すくい、射的にたこ焼き、りんご飴。
碧と一緒だと、何を見てもどこに行っても心が躍って、全てがきらきらと輝いて見えた。
長い間空っぽであり続けたこの手を温かい手が包んでくれていることが、とにかく嬉しくて仕方がなくて。
空白だった時間を埋めるように、全ての屋台が店じまいするまで私たちは天神祭を味わいつくしていったのだった。
そして家に帰った後、私の不在を心配していたユカリ姉ちゃんにこってりと絞られたというのは、また別の話。
――・――・――・――
みんみんと騒がしく鳴き続けるのは蝉の声。
空を仰ぐと、雲一つない高く澄んだ空が私たちを包んでくれている。
「ねぇ碧」
何度も通い詰めた天満宮の本殿前。私は隣に立つ、愛しい人の横顔に声をかけていった。
「ん?」
彼は祈るために合わせていた両手を解き、優しい笑顔で私を見つめてくれる。
「またこうやって一緒にお参りしようね」
「ああ、そうだな」
二人合わせて最後の一礼をし、ゆっくりと階段を降りていく。
私を変えるきっかけを作ってくれた大切な神社。
私たちを巡り合わせてくれたのは、学問の神様。
「夏休みが終わって、私が家に帰らなきゃいけなくなる日まで、それまで二人でいっぱいお参りしよう。道真さんには感謝してもしきれないもん」
私がそう言うと、碧は幸せそうに笑って、私の右手をさりげなく握っていく。
「夏じゃなくても、いずれ朝から晩まで毎日ウチの神社で祈れるようになるさ」
「え、どういうこと?」
手を握られるといまだに緊張してしまう自分がいて、意思とは反対に顔が赤らんでいく。
私の地元は大阪じゃないし、毎日お参りするのはちょっと厳しいんじゃないかな。
そんなことを思いながら、首をかしげていった。
答えを出せない私を楽しそうな様子で碧は見つめ、いつものようにからかってきて。
「さぁ、それは自分で考えるんだな。数年後に答えがわかる」
「えー何それ!」
頬を膨らまして、碧を睨みつけると、視線がぶつかった私たちは二人同時に吹き出して笑っていく。
『夏と言われてイメージするのは何ですか?』
もし今、そう問われたら、私は『あお』と答えると思う。
夏空の澄んだ青。
幸せを呼ぶ色である青。
大切な男性、碧。
さぁ、たくさんの思い出を重ねていこう。
私たちの夏は、まだ始まったばかりなんだから。
――・――・――・――
長い長い夢は終わり、まだ見ぬ続きはこれから二人の中に紡がれていく。
木々生い茂る山の奥深く、碧空を見上げた夏の鶯は高らかに恋のうたを唄い続けていた。
千年前とひとつも変わらずに人々を魅了する、美しく流麗なその声で――
fin.




