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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
最終章 青い夏空
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失せ物:遅く出ずべし

「せっかくの祭りだし、花火でも見に行くか」

 私のより一回り大きな骨張った手が、私の手を優しく握る。

 そのまま手を引かれた私は、碧に導かれるように賑やかな方へと足を運んでいった。


 だけど、何かがおかしい。

 確か碧って、歩くのだいぶ速くなかったっけ?


 歩くスピードがやけにゆっくりで不思議に思っていたけれど、私の足元をちらりと見る碧のその視線のお陰で、理由はすぐにわかった。


「ありがと」

 照れた笑顔を見せるのが恥ずかしくて、下を向きながら礼を言う。


「何が?」

 突然の私の言葉に、碧は不思議そうだ。


「下駄の私に気をつかってくれたんでしょ? 大丈夫だよ、平安時代で鼻緒には慣れたもん。気遣ってくれてありがとう」

 今日の私の服装は浴衣に下駄。

 普通の女の子なら、鼻緒がすれて痛くなるだろうけれど、あいにく私は普通の女の子じゃない。

 タイムスリップをしたことのある特殊な女子高生なのだから。


 少し頬を赤らめて、困ったような顔で視線をそらす碧。

「お前な、そういうの言うなよ」


 おっ、これはまさか……照れているのかな?


 これまでずっと碧に振り回されっぱなしだった私が、今は珍しく押している。

 それなら。もうひと押し、くらえ!


「でも、その通りだったんでしょ?」

 普段見られない碧の照れる顔をもっともっと見たくて、にたりと笑いながらこう声をかけていった。


 このひと押しで、もっと照れてるもんだと思ってたのに。


「まぁな。でも、奈都ともう少し二人きりでいたかったってのもある。向こう着いたら人多いしさ」


「――――っ」


 今度はこっちが赤くなる番だった。


 ああもう、この天然のタラシ! 真顔でそんなこと言わないでよ!

 くそぅ、甘く見てた。二倍になって返って来たよ。

 二人きりでいたいとか……


 さっきの言葉を何度も頭の中で繰り返しては、嬉しさと恥ずかしさでますます顔が赤くなっていく。



「あ、あのさ碧」

 動揺を悟られる前に、急いで話題を変えていくことにした。

 私ばっかり意識して、動揺しまくっているのは何だかみっともない気がして。


「どうしてここにいるってわかったの? ずっと記憶を失くしてたの?」


 さっきから気になってはいたんだ。

 『今朝記憶が戻った』ということの意味と、どうして私がここにいるのがわかったのかってこと。


 もう化け猫じゃない、と碧は言っていたし、妖力を失ってしまったのは確かだと思う。

 だったらどうやって私を見つけ出したのだろう?


 再会できたのは運命だ! そう思えればいいんだろうけど、あいにく私はそこまでロマンチストじゃない。


 結論を出せないまま考えこんでいると、くすりと碧は笑っていく。

 そして、自身の胸元から何かを取り出し私の目の前に差し出していった。


「これのおかげなんだ」


 碧の手のひらにのっている見覚えのあるそれは……


「これって、アッシュのキーホルダー? どうして、三年前に無くしたはず」


 あの頃大好きだったバンドの、ライブグッズであるキーホルダー。

 勲章くんしょうのような形をしていて、そこにつくリボンに『NATSU』の刺繍ししゅうがされている。

 やはりこれは間違いなく私が三年前、現代に帰って来た時になくしたキーホルダーだ。


 どうしてこれが今、ここに?



「今朝、祭の準備をしていたら天満宮の本殿近くで見つけたんだ。聞き覚えのないNATSU(なつ)の響きが何故か懐かしくて、持ち主がどんなやつか強烈に気になった。そんでそれ持ってたら、シズ姉に呼び止められてさ。お前、シズ姉の知り合いだろ?」


 碧は私の手のひらに、キーホルダーを落としながらそう語っていった。

 三年ぶりのキーホルダーの感触を確かめながら、碧に疑問を尋ねていく。


「シズ姉さん、って天満宮の巫女さんだよね!? それにそういえば、碧のその格好……」

 

 神社でよくみるその服装。

 着物の襟とまっ白なはかま足袋たび


 まさか、碧って……!


 驚きを隠せない私を見て、いたずらっぽく碧は笑っていく。


「そう。転生した今の俺は、あの天満宮の神主の息子として生きている。しかも、何の因果か名字は藤原でさ。藤原碧、それが今の俺の名前なんだ」



 三年前に天満宮でお守りを買った日のことを思い返す。


 確かあの日、神主さんが家の中に入って誰かを呼びに行ったんだ。

 そして、私がお守りを買うことの対応をしろと言ってた。


 でも、そう言われた男の子の声はすごく不機嫌そうで。


――俺は受験生なんだから、シズねえにでも頼めば?


 あの声は、碧だったんだ。

 三年前の夏の日、本当は私たちあんなに近くにいたの!?


 驚きすぎて、まばたきも忘れ、口もふさがらなくなってしまう。



――お前じゃなきゃ、あかんって。またウチ来てくれたら嬉しいやろ? な?


――おとんは反対に、弟を手伝いだとか神事だとか、とにかく表に出したがるもんだから、いつも噛み合わんくて、あの二人


 神主さんとシズ姉さんが話していた言葉を思い出す。

 あの時は神主さんが受験生の子を外に出したがる理由がよくわからなかったけれど、ようやく今になってわかった。

 こんなに整った顔の神官がいたら、世の女の子はきっととりこになるし、碧目当てで何度も神社に通おうとするだろう。

 神主のおじさんが碧を外に出したがったのは、きっとそういうことだ。



 思わず声を出して笑ってしまった。

 一生会えないかもしれないと思っていた人は、本当はすぐ近くにいた。

 神社の敷地内というかなりの近距離に。


 だけど。

 もう二度と会えなくなっていても、おかしくなかったんだよね……

 今年で大阪に来るのは最後だったのだから。


 よかった、今日こうやって貴方に会えて。

 その声を聞けて。

 その瞳を見て、温もりに触れることが出来て……本当に良かった。

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