夏の花
「俺は、奈都のことが好きだ。ずっと俺の隣にいてくれないか。必ず幸せにするから……」
あまりにも予想外すぎて、頭がついていかない。
「碧は……ずるい。私を勝手にこっちに帰して、ずっと待たせて、連絡一つくれなくて。それなのに、こうやっていきなり帰ってくる。ホントに、ずるいよ」
嬉しいはずの言葉をもらっておきながら素直になれず、拗ねた子どものように文句ばかり並べていく。
「記憶が戻ったのが今朝なんだ、すまない」
碧が悪いことをしたわけでもないのに、私の言葉に怒ることもなく、ただの文句に対して謝罪をしていく。
そうやって受け入れてくれるもんだから、お子様な私は次々に言葉を重ねていった。
「いつも自分だけで勝手に解決しちゃうんだもん。何も残してくれないから不安になった」
「それも悪いと思ってる。ちゃんと話すべきだった」
申し訳なさそうにする碧に、ついに私は声を荒げていった。
「もう二度と会えないと思ったんだよ! 手を離されてすごく辛くて悲しかった。私はこんなにも碧のことが好きなのに、もう好きになっていちゃいけないのかと思って……」
これまでの想いが溢れて止まらなくなり、はじめて出会った時のように、わんわんと声をあげて子どものように泣いていく。
「奈都、今なんて……?」
私の言葉に目を丸くさせ、そう問うてくる。
「好きって言ったの! 私だって、平安時代にいた時からずっと碧のこと好きなのに――ッ」
感情のままにあふれ出た言葉は途中で阻まれる。
「そっか。どこまですれ違ってたんだろう俺ら。奈都、いきなりごめん。我慢できなかった……嫌なら逃げて」
肩と背中に手を回され、顔は碧の胸に埋まっていて。
着物の襟元から覗く肌に私の頬が触れて、どきりと鼓動が強く跳ねた。
あの時は同じくらいの身長だったのに、知らぬ間に貴方はこんなにも成長してしまって。
今では、私はその腕の中にすっぽりおさまってしまう。
「嫌じゃ……ない」
本当は何年間もずっと碧の温もりを求めていたのに、嬉しいはずなのに。本当に私は素直じゃない。
私を優しく抱きしめながら、秘密の話でもするように口元を私の耳に寄せ、囁くように話していく。
「奈都、好きだよ。この綺麗な髪も、大きく真っ直ぐなその瞳や、文句ばかりのその性格も。何よりお前の純粋でまっすぐな心が好きだ。あのさ、奈都……もう絶対に離さないから」
体中に甘いしびれが駆け廻り、胸が幸せで締め付けられ、顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。
まともに碧の顔が見られない私は、碧の着物をぎゅっと握って顔を伏せていった。
「ん、どうした?」
何でもないように聞いてくる碧。
作戦でもなく、無自覚でああいうことするなんて……
やっぱり碧は、伊助さん以上に女の子をたらしこむ才能があるみたいだ。
「もう、こんなの碧らしくないし、変だよ」
拗ねたようにそう言って、照れ隠しに離れようとすると、碧から力ずくでまた強く抱きしめられる。
「らしくない、か。ずっと会いたかったし、ずっと好きだと伝えたかった。お前に触れたかったんだ。嫌じゃないなら大人しくしてろ」
「相変わらずドS」
呟くように文句を言うと、碧は聞こえているだろうに、わざとこう返事をしていく。
「何か言った?」
「いいえ」
やっぱり碧には敵わないや。
「でも……夢、みたい」
そう言って碧の腕から抜け出し、彼の顔を見上げる。
あの頃と変わらない、大好きなこの瞳が私の姿を写してくれている。
そのことがたまらなく嬉しい。
素直になろう。今度こそちゃんと碧に私の想いを伝えよう。
「碧とこうやって前みたいに話せる、触れられる。ずっとずっと会いたかったんだよ」
照れてふざけたりするもことなく、真剣にそう話していく。
「奈都こそ、らしくないんじゃないか。知らない間に大人びて、素直になって……すごく綺麗になった」
じっと私を見つめる視線が強くて熱くて、逸らせない。
碧以外のことが何も考えられなくて、瞳は潤み、体が一気に火照っていくのを感じた。
何、これ? 私の体、変だ。
碧の顔が少し近づいたその瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないくらいの大きな音があたりに響き渡っていき、私たちは同時に夜空を見上げていく。
花火に照らされ、きらきらと輝く横顔を見つめ、私はにこりと笑う。
「ねぇ碧、大好きだよ。今度はちゃんとこの手をつかんでてよね」
夜空には青緑色をした花火が、一際大きく花開いていった。
大輪の花を見つめながら、私たちは誓い合うようにその手を強く絡ませあったのだった。




