三年後
ぱらぱらと紙をめくる小気味いい音がする。
三年前の夏からずっと、私はこの音が好きだ。
大切な人が夢中になって読書をしている、あの時の横顔を思い出せるから……
さぁ、続きを読もう。
そうして思い出すんだ、何度でも。
大好きな貴方の笑顔をいつまでも忘れることのないように。
いざ、平安時代に飛べた時、貴方の姿をすぐに見つけだせるように。
――・――・――・――
―第三章 怨霊が神に―
平安時代、京の都はこれまでにないほど荒れ果てていました。
都近くの川が人間の死体が溢れていたほどです。
朝廷の力が弱まったことで、地方では国司が私腹を肥やそうとずさんな政治を行い、農民は過剰な税に苦しむ日々を送っていました。
律令制度は破綻していきます。
901年、右大臣であった菅原道真が藤原時平らにより、罪を問われ大宰府へと左遷されます。
その際、摂津中島にある大将軍社に参詣をしています。
身の潔白の証明を願いながら、903年53歳の時に大宰府で、菅原道真は生涯を終えられました。
その20年後、藤原時平の妹と天皇の間の皇太子が死去。
この辺りから道真の怨霊説が流れはじめ、都は様々な天災に見舞われるようになります。
怨霊の力を恐れ、923年に菅原道真の罪は取消されることになり、道真の地位は元通りとなりました。
ですが、怪奇現象や天災、貴族の怪死はなおも続いていったのです。
930年 落雷によって都の貴族数名が死去することとなります。
その力を畏れ、都では菅原道真を雷神とする動きが広まり、天神信仰が始まっていきます。
949年大将軍社の前に突如7本の松が生え、毎晩霊光を放ちました。
この7本松の噂は都へと広まり、天皇の勅命によって菅原道真の心を鎮めるために天満宮が建立されたのです。
そして、菅原道真は天満宮に神として祀られ、雷に関係していることから、雷の神つまり天神と呼ばれるようになりました。
また、優れた学者であったことから学問の神様とされるようになったのです。
――・――・――・――
そこまで読んで、ぱたりと本を閉じる。
本のタイトルは『菅原道真と梅』
地元の本屋で買った、菅原道真の歴史を考察する本だ。
じっとりとした真夏の風を感じながら、雲ひとつない青い空を見上げていく。
「やっぱりダメか」
これがあの本だったら良いのに。
大将軍社を横目で見て、過去に飛ぶ直前に松が生えた辺りをぼんやりと見つめていった。
書かれている内容はそっくりでも、タイトルも中身も違う。
以前出来たように過去に飛べるという期待はしないようにしていたけれど、それでもやはり落胆してしまう自分がいる。
あれ以来、何度こうやってここに足を運んでも、その景色が変わることは一度だってなかった。
あの時から、驚くほどに何も変わらない。
小さな大将軍社も木造の天満宮も、賑やかだけど趣のある大きな商店街も。
変わってしまったのは、私の姿だけ。
短かった髪は肩の高さよりも長くなり、小さかった身長だって伸びた。
顔に関してはよくわからないけど、ユカリ姉ちゃんから『大人になったなぁ』と言われたくらいだから何かしら変わっているのだろう。
私がこの時代に戻ってきてから、早くも三年の月日が過ぎ去っていて。
高校受験を控えていた私は、いつの間にやら今度は大学受験を目前としていた。
あの時と全く変わらない大将軍社を見つめると、思い出したくない言葉を不意に思い出す。
『会えないかもしれないヤツのことを、これからもずっと好きでいるつもりなのか?』
『会えるかわかんない? そんな他人みたいなヤツのことなんか忘れちまえばいいじゃん』
自分の頭の中で響く過去の声に、思わず視線を落としていった。
『夏休み明けにまた、さっきの返事くれよ』
……数日前、夏休みに入る直前にされたカズキからの告白。
カズキは決して悪いヤツじゃない。
野球部のキャプテンとして頑張ってきていたのは知っているし、あいつは意地悪なふりをしているだけで、本当は優しいことも私はちゃんとわかっている。
きっと付き合ったら、大切にしてくれるだろう。
中学からずっと一緒だし、それは他ならぬ私が一番よく知っている。
それに、その性格だって、あの人に似ているかもしれない。
心なしか顔つきも、話す内容も、あの人に似ているような、そんな気がする。
カズキのことを一番に好きになれたら、きっと幸せになれる。
こんな苦しい想いだって、もうしなくてよくなるし、楽しいこともきっとたくさん待っているはず。
だけど、何かが違うんだ。
どうして私は、碧じゃなきゃいけないと思ってしまうのだろう。




