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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第十二章 初恋
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願い―前編―

「ああ……話したかったのは、この歴史書についてなんだ。全ての旅が終わったら返すって約束してたろ?」


 碧の右手にあったのは、分厚い歴史書。

 図書館から借りて、そのままこちらの世界に持ってきてしまったあの本。

 この時代について一番詳しく書かれていたのに、碧に没収されてしまって以来すっかり存在を忘れてしまっていた。



「あ、それ!」


「ちょっと待て、話はまだ終わってない」

 私が手を伸ばそうとした途端、碧はぴしりと制止する。


「その本に何か面白いことでも書かれてたの?」

 最初は難しく感じて読もうとしなかったし、読もうと思った時には手元になくて読めなかった。

 そのせいで、せっかくこの時代について書かれた本なのに、内容は全く知らないと言っても過言ではない。



 すると碧は、真剣な様子で話しだしていった。


「奈都はこの本に白紙があったことを知っているか?」


「白紙?」

 最後までパラパラとめくってみたことはあったけれど、そんなものあった記憶はない。

 ただ、本の最初と最後の二・三枚が白紙なんて、良くある話だ。

 この時代には紙も珍しかっただろうし、白紙のページを作ること自体が不思議なのかもしれない。


 そう思っていたら、碧の口からあまりにも意外な言葉が飛び出していった。


「この歴史書の最終章はほぼ白紙なんだ。その数は、およそ四十……俺にとっては、な」


 よ、四十枚!? そんな馬鹿な!

 そんな大量の白紙のページ、あったらさすがにすぐ気づくはずだ。

 それに『俺にとって』……?



「この歴史書で俺が読めた最後の文字は『突如発生した七本松が霊光を放ち、その噂は――』ここまでだ。ここからは文字が薄くなり消えていっている」


「嘘でしょ、それがそんなおかしな本なわけないよ。だって、図書館の本だよ?」


 ごく普通の図書館で借りた、少し分厚いけれどありふれた本。

 そんな本を、読める人と読めない人がいる?

 魔法の本でもあるまいし。



「嘘だと思うなら見てみるか?」

 ゆっくりと碧はページをめくり続けていき、最後の文字を探し始めている。


 その手は何故だか少し震えていて、ページをめくる速度もやたら遅いようにも思える。


 何だろう、何かがおかしい。

 もしかして――



「お願い! やめて!!」

 本を奪い取ろうとしたけれど、立ち上がった碧にするりとかわされる。

 私も立ち上がって追いかけようとしたけれど、もうすでに遅すぎた。


 碧はそのページを探し当てて、私の方へと本をかざしていく。


――嫌だ、何でなの……?


 その途端、強い風がぶわりと吹き付け、私の髪と真っ白なワンピースを揺らしていった。

 目を閉じて風をやり過ごし再び目を開けると、碧や周りの景色は夕陽のだいだいに染まっているのに、私だけがいつか見た真っ白な光に包まれていた。


――体が重い……?


 重力が増したような感覚になる。

 私は、その場に立ちつくしたまま一歩も動けなくなっていった。

 足どころか手までも重くて持ち上がらない。


――どうして?


『明日はさ、わんぴいすを着て、お前の持つ書の全てを持ってきてほしいんだ』

『予言の書や未来の学問を見せることで信憑性しんぴょうせいが増すだろ?』


 何故、あの時違和感に気付けなかったのだろう。

 この時代、文字は貴族や寺院の人間、その他限られた者しか読めない、そう碧も話していたじゃないか。

 農民に予言の書を見せたって、読めるはずなんかない。

 信憑性しんぴょうせいが増すなんて、碧の嘘でしかなくて。


 私にワンピースを着せたのも、本やカバンを持たせたのも全部全部、全部……碧の計画のうちだったんだ。

 私が持ってきた物全てを未来へ持ち帰らせるために。

 物を置き忘れて、困ることがないように。


 この時代から、綺麗さっぱり私の存在の証を消そうとしたんだ。

 まるで、これまでの日々がただの長い夢であったかのように……


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