貴方に会えて
話したい話がある、って……?
一体どんな話なのだろう。
見当もつかずに首を傾げていくと、碧は静かに微笑み、石段に座るよう促していった。
真っ白なワンピースを汚さないように、石段の砂を払い、言われた場所に腰かけると、碧は私の右隣に座っていく。
互いの肩が触れるか触れないかの距離に、どうやったって隣を意識してしまう。
いつも一緒にいるのに、ずっと一緒にいたのに。
どうしてなのだろう、緊張して言葉が何も出てこなくなった。
嬉しくて、幸せで胸がいっぱいで。
だけど、そんな今まで感じたことのない幸せの感覚が何故だか少し怖くて。
そんな時に隣から、穏やかな声が聞こえてきた。
「奈都はさ、こっちに来てからずいぶん変わったよな」
私が、変わった?
確かに自分でも変わったというのは思うけど……
「それって良い方に? 悪い方に?」
こう聞かずにはいられなかった。
碧はこれまでのことを思い出すかのように、視線を斜め上の方へと向けていく。
そして、納得のいく答えでも出たのか、こくりと頷いていった。
「良い方に、かな。来たばかりの日はこっちが呆れるほどずっと泣き続けてたのに、最近では反対によく笑うようになった」
「そっか。良い方でよかった」
頬をかき、少し照れながら笑うと、碧も同じような笑顔を返してくれる。
「驚くほどに奈都は成長したと思う。なんせ、あの平康殿にも喧嘩を売るくらいだしな」
平安京での出来事を思い出したのだろう。
碧は自分の口元に手を当てて、くすくすと楽しそうに笑っていった。
「もう! またそうやって、私のこと小馬鹿にするんだから!」
「悪い、悪い」
笑うのをやめる様子もない碧に、私はまた毎度のように拗ねていく。
「だから、碧のそれって絶対に悪いと思ってないでしょ」
言葉は怒り口調なのに、表情だけは自然と緩んでいくのが自分でも不思議だ。
だけど、こればっかりは仕方ない。よく言うあれだ、惚れた弱みってやつ。
碧の笑いが収まるのと同時に、辺りがしんと静かになっていった。
風がさわさわと木の葉を揺らす音しかしない。
まるで、この世界に私の碧の二人しかいないような、そんな錯覚に陥る。
今なら、ちゃんと言えるかな。
ずっと思っていたけど言えなかった私の素直な気持ち。
ゆっくり深呼吸をして、碧を見つめる。
「あのね、碧。本当にありがとう」
「どうしたんだ、急に」
唐突に放たれたお礼の言葉に目を丸くしていっている。
やっぱりガラじゃなかったかな、そう思いながらも勇気を出して続きを口にしていった。
「見ず知らずの私を助けてくれて、優しくしてくれてありがとう。私のこと『良い方に変わった』『成長した』って言ってくれたけど、私が変われているんだとしたら、それは全部碧のおかげなんだよ」
碧は何も言わず、私のことを真剣に見つめていて。
あまりにもじっと見つめてくるものだから、緊張して顔を見ることが出来ずに、私は小さくうつむいていった。
大丈夫かな。私、おかしなこと言ってないかな……?
こんなこと言ったら、変に思われちゃったりしないかな。
不安定に揺れる自分の心を安心させようと、夕焼けの橙に染まったカバンをぐっと握る。
「碧が、こんなにも私を……私の世界を変えてくれた。碧に出会えて本当に良かった」
「奈都……」
私の名前を言うだけで、返事はない。
辺りを包む、しんと静かな空間が、ガラじゃないセリフを言ってしまった恥ずかしさを助長させていった。
そのまま耐えきれずに、慌てて顔を上げて笑顔を繕う。
「あーうん、えっと、あ! そうそう。そう言えば、話したい話って何?」




