光と夜
「な、ななななな何だこれは! これが巫女様のお力なのか」
「わしの言った通りじゃろ!?」
「こんな美しい景色、見たことないよ」
日も沈み、辺りも暗くなった頃、普段は人気のない大将軍社に村人たちの声が響き渡っていく。
噂を聞いて集まって来た村人は誰しもが驚いた様子で、真っ白に光る美しい七本松を見つめている。
そして私たちはというと、少し離れた所から村人たちの様子を眺めていた。
ああ、これだけのことを一人でやってのけるなんて……さすが碧。私なんかとは全然違う。
「村の人もすごく驚いてるね。やっぱり碧はすごいよ」
月と松の光に照らされきらきら輝いている碧の横顔に向かい、小声で声をかけていった。
顔だけこちらを向けて、私を見つめてくる碧の瞳が優しくて、その笑顔がとても温かくて本当に綺麗で。
思わずどきりと鼓動が強く跳ねていく。
「なぁ奈都、ありがとう。全部お前のおかげだよ」
「え?」
突然放たれた碧の言葉。その意味が全くと言っていいほど分からず、言葉が続いていかなくなってしまった。
実際に松を光らせたのは碧の力だし、この計画を立てたのも碧。
私がしたことと言えば、巫女のまねごとだけ。しかも、満足にこなせずに最終的には碧にフォローもされている。
全部私のおかげって言うのはちょっと……いや、全然違うんじゃないだろうか。
下を向いて唸りながら悩む私とは反対に、隣にいる碧は夜空を見上げて複雑そうに笑った。
「俺はさ、ずっと逃げてたんだ」
「逃げてた? 一度も逃げたことなんてなかったじゃん。平康さんとか、忠邦さんとかとも渡り合ってたよ」
こっちの時代に来てからというものずっと碧の隣にいたけれど、碧が逃げているなんてそんなイメージは一切ない。
一体いつ、碧が逃げたのだというのだろう。
そう思っていたら、ため息をつかれ、呆れたように笑われた。
「あの時は奈都を守りたいと思ってたから逃げるわけにはいかなかったんだよ。それに、そういうことじゃなくて」
無意識に放たれたであろう『守りたい』という言葉に、きゅうと甘く胸がしめつけられ、息が苦しくなる。
「そういうことじゃないならどういうこと?」
この動揺をごまかすように慌ててそう尋ねていった。
「俺は逃げていたんだよ、自分の使命から。何が正解なのか、自分が何をすべきなのかわからないまま、考えることを放棄していたんだ。道真様は悪霊になってしまわれたのか? 霊光の松を発生させることは道真様にとって良いのか悪いのか? ……考えれば考えるほどドツボにはまって、怖くなって身動きが取れなくなった。どうしようもない臆病者だろ?」
碧にしては珍しく、自信のない様子で自嘲するように笑っていった。
ああ……碧も私と一緒だったんだね。
答えを見つけられないまま、まだ見ぬ未来を恐れて動けずに必死にもがき続けていた。
選び取ることの怖さに、私たちは立ち向かえなかったんだ。
「臆病者なんかじゃないよ」
静かに話した私の言葉に碧は顔を上げていく。
「だって、碧はちゃんと答えを見つけたんだから。そうでしょ?」
にこりと微笑むと、碧は嬉しそうなような、悲しそうなような何とも言えない表情で笑い返してくれた。
「奈都、お前が隣にいてくれたから、出来たんだ。お前がそばにいると、俺も頑張ろうって気になるから不思議だよ。まぁ、お前が頼りないから、俺がちゃんとせねばならないからなのかもな」
そうやっていつもみたいに憎まれ口を叩いているけれど、本心で言っているわけではないと言うことはなんとなくわかる。
たぶん一種の照れ隠しってやつだ。
「この霊光の松計画が正解だったのかはわからないが、信じられないほど気分はいいよ。お前の言うように、自分なりの答えを出せたから、なのかな。奈都ありがとう、俺もこれでやっと胸を張って生きていける」
夜空を見上げる碧の表情も、白い松の光も、全てがぼんやりと滲んでいく。
ビー玉みたいに澄んだ瞳も、少し色気のある声も、とげとげしい言葉も、優しい心も、その全てがこんなにも私の中で大きくなってしまった。
碧、離れたくないよ。もっとずっと、いつまでも一緒にいたい。
ねぇ、もしも……もしも、碧も私のことを同じように思っていてくれたら。
例え、全てを失ったとしても――――
もう誤魔化すことなんて出来なかった。
碧は甘くて優しい年上のお兄さんでもないし、同じ時代の人でもない。さらに言ったら、人間ですらない。
心の中で思い描いていた理想の初恋という甘いイメージからは遥か遠くかけ離れている。
だけど、理想なんかどこかへいなくなってしまうほどに、いつの間にか気づいたら私は碧のことをこんなにも好きになってしまった。
私の初恋の相手は、碧。間違いなく貴方なんだよ。




