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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第十二章 初恋
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碧の隣に

「おい、奈都!」

 ひざを抱えている私の、遠く後ろの方から声がかかる。

 もう聞きなれて、私の生活の一部と化してしまった碧の声だ。


「ちゃんと見張っているのか? 後ろから見ると寝てるようにしか見えないぞ」

 かけてくる言葉も若干イヤミっぽいのもまた、いつものこと。


「失礼な。ちゃんとやってますよーだ」

 いつものセリフにいつものように反論――――したつもりだったのに、碧の表情が何故かいつもと違う。

 不思議そうというか、心配そうというか。


「ん? どうしたんだお前」

 どうした、なんてこっちが聞きたい。口を開いて出てきた碧の言葉までもがおかしいんだもの。

 いつもと違う碧の姿なんて、こっちも調子が出ないよ。


「どうしたって、何が」

 ぶっきらぼうにそう返すと碧は首をかしげて、近づいてきて。 


「いつもと違うというか、妙にしんどそうというか。具合でも悪いのか?」

 碧は手を伸ばして私のひたいに触れていく。


「そんなの気のせいだよ」

 じんわりとした心地よい体温に、ぴくりと体が震えた。


――やめて


「本当なのか? 確かに熱はなさそうだが、どこか苦しそうに見える」

 青緑混じりの澄んだ瞳に見つめられると、全てを見透かされたような気持ちになってしまって、私は慌てて下を向いた。


――やめて


「大丈夫、ちょっと疲れただけだよ」


「それならいいが……あまり無理はするなよ。つらい時は意地張らずに頼れ」


――やめて!


 ぽんぽんと肩を叩く手が温かくて、胸がえぐられるかのように苦しい。 


「ありがと。わかった」

 精一杯の笑顔を作って、そう返していく。



 お願いだから、そうやって優しくしないで。

 そんなふうにされたら、嫌でも期待してしまうから。

 考えたくないいろんなことを考えてしまうから。


 このままじゃ、自分が自分でいられなくなってしまう。

 いつもの私がもう、わからないよ。



 いつもと違う様子の私を見て、碧は困ったように笑っていく。

「それなら今日は試すだけにして、あまり長居はせずに帰るとしようか」


 その言葉に私は顔を上げて尋ねていった。

「試すって何を?」


「決まっているだろう?」

 碧はトントンと、まるで重さがないように階段を駆け上り、くるりと振り返り笑う。


「霊光の松、だ」


 碧が右手に持ったふだに真っ白な光が宿る。

 その光に呼応するかのように、漆黒の闇に包まれた林が白く明るく光り出していった。


「わぁ……!」

 驚きと感動のあまり言葉が何も出てこない。

 それほど私はその美しい光景に見入っていた。


 碧の後ろで、きらきらと星のように月のように光るのは七本の松。

 クリスマスツリーとかイルミネーションとかとは全く違っていて、雪で作られた木のように全体が真っ白に美しく光っている。 


「奈都、どうだ? これがあの歴史書にあった七本の松だ」

 碧は得意げに、片方だけ口角を上げていった。


「すごい! 本当にすごい! 碧! これ、とにかくすごいよ!」

 思った以上にすごすぎて、他に何も言えないくらいだった。

 これが、霊光を放つ松……


 本当に綺麗。

 松も、星も、月も、碧も。


 きらきらと眩しくて、優しくて、温かい。




 光る松から視線を碧に移すと、碧と視線が合わさっていく。

 碧はさっきまでとは違い、満足そうに優しく笑っていった。


「今日はこれくらいにして帰るか?」


「ううん、もう少し」

 そう言って階段を駆け上がった私は碧の隣に並ぶ。


 あと少し、もう少しだけ。

 こうやって碧のそばに。


 もっと碧の笑顔が見たい――

 もっと碧の声が聞きたい――


 こうやってずっと

 碧の隣にいたいんだ。

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