碧の隣に
「おい、奈都!」
ひざを抱えている私の、遠く後ろの方から声がかかる。
もう聞きなれて、私の生活の一部と化してしまった碧の声だ。
「ちゃんと見張っているのか? 後ろから見ると寝てるようにしか見えないぞ」
かけてくる言葉も若干イヤミっぽいのもまた、いつものこと。
「失礼な。ちゃんとやってますよーだ」
いつものセリフにいつものように反論――――したつもりだったのに、碧の表情が何故かいつもと違う。
不思議そうというか、心配そうというか。
「ん? どうしたんだお前」
どうした、なんてこっちが聞きたい。口を開いて出てきた碧の言葉までもがおかしいんだもの。
いつもと違う碧の姿なんて、こっちも調子が出ないよ。
「どうしたって、何が」
ぶっきらぼうにそう返すと碧は首をかしげて、近づいてきて。
「いつもと違うというか、妙にしんどそうというか。具合でも悪いのか?」
碧は手を伸ばして私の額に触れていく。
「そんなの気のせいだよ」
じんわりとした心地よい体温に、ぴくりと体が震えた。
――やめて
「本当なのか? 確かに熱はなさそうだが、どこか苦しそうに見える」
青緑混じりの澄んだ瞳に見つめられると、全てを見透かされたような気持ちになってしまって、私は慌てて下を向いた。
――やめて
「大丈夫、ちょっと疲れただけだよ」
「それならいいが……あまり無理はするなよ。つらい時は意地張らずに頼れ」
――やめて!
ぽんぽんと肩を叩く手が温かくて、胸がえぐられるかのように苦しい。
「ありがと。わかった」
精一杯の笑顔を作って、そう返していく。
お願いだから、そうやって優しくしないで。
そんなふうにされたら、嫌でも期待してしまうから。
考えたくないいろんなことを考えてしまうから。
このままじゃ、自分が自分でいられなくなってしまう。
いつもの私がもう、わからないよ。
いつもと違う様子の私を見て、碧は困ったように笑っていく。
「それなら今日は試すだけにして、あまり長居はせずに帰るとしようか」
その言葉に私は顔を上げて尋ねていった。
「試すって何を?」
「決まっているだろう?」
碧はトントンと、まるで重さがないように階段を駆け上り、くるりと振り返り笑う。
「霊光の松、だ」
碧が右手に持った札に真っ白な光が宿る。
その光に呼応するかのように、漆黒の闇に包まれた林が白く明るく光り出していった。
「わぁ……!」
驚きと感動のあまり言葉が何も出てこない。
それほど私はその美しい光景に見入っていた。
碧の後ろで、きらきらと星のように月のように光るのは七本の松。
クリスマスツリーとかイルミネーションとかとは全く違っていて、雪で作られた木のように全体が真っ白に美しく光っている。
「奈都、どうだ? これがあの歴史書にあった七本の松だ」
碧は得意げに、片方だけ口角を上げていった。
「すごい! 本当にすごい! 碧! これ、とにかくすごいよ!」
思った以上にすごすぎて、他に何も言えないくらいだった。
これが、霊光を放つ松……
本当に綺麗。
松も、星も、月も、碧も。
きらきらと眩しくて、優しくて、温かい。
光る松から視線を碧に移すと、碧と視線が合わさっていく。
碧はさっきまでとは違い、満足そうに優しく笑っていった。
「今日はこれくらいにして帰るか?」
「ううん、もう少し」
そう言って階段を駆け上がった私は碧の隣に並ぶ。
あと少し、もう少しだけ。
こうやって碧のそばに。
もっと碧の笑顔が見たい――
もっと碧の声が聞きたい――
こうやってずっと
碧の隣にいたいんだ。




