扉は開かれた
「すごいなぁ」
さっきのことを思いだし、小さな言葉が口をついて出ていく。
巫女さんになると、何でもお見通しなのかな。
一回も名乗ったことないのに、ピタリと名前を当ててしまうなんて。
修行が足りない証拠、って言ってたし、なんかの修行をしたら神秘の力みたいなのがつく、とかなのかな。
ひっそりと一人そんなことを思う。
お参りを終え、シズ姉さんに会った私は今、図書館にいた。
今日は勉強はいったん中断。
一時間だけ天神様について調べるんだ。
図書館員さんに本の探し方を教えてもらい、たどり着いたのは一冊の分厚い本だった。
天神様の歴史について書かれているその本を読もうと思ったのだけれど、挿絵も少ないし、書いている内容も難しくてよくわからない。
参考書だけじゃなく、手に取った本にまで年号やなんとか天皇、聞いたことのない地名がそこかしこに書かれていて、どうにも気分転換という感じにはなれなかった。
勉強も出来ないし、やる気も起こらない。
調べようと思ったことさえも、難しすぎて断念……
どうしてこんなに勉強に嫌われるんだろう、私ってば。
ぱたりと本を閉じてため息をついた。
とりあえず、もう一度神社に戻ってみよう。
神社の中で読んだら、イメージがわいて楽しめるようになるかもしれないよね。
このまま、何もいいとこなしで情けないのは嫌だもん。
せめて、興味を持ったことくらいは頑張りたいよ。
――・――・――・――
夏の太陽が真上を越え、じわじわと蝉の鳴き声がうるさいくらいに聞こえてくる。
大阪に来る前は、ファンファーレのように聞こえていた蝉の鳴き声も、今は『勉強しろ』と私をせかす声のようにしか聞こえない。
いつもの場所に自転車を止め、午前中に来たばかりの神社へと足を運んでいく。
最初に向かったのは、天満宮の隅にある小ぢんまりとした神社、大将軍社だ。
大将軍社を目の前に臨み、斜め掛けのカバンから図書館で借りた本を取り出して索引で『大将軍社』を探し、ゆっくりとそのページを開いていった。
よし、ちゃんと天神様について勉強して、理解するぞ!
そう心の中で気合いを入れて
「道真公と大将軍社の七本松……」
章のタイトルを読み上げる。
――キィィィィィィン
ただタイトルを読んだ。
それだけなのに突如、耳鳴りのようなノイズ音と共に人の声が聞こえてきて。
――鬼やもののけ、妖怪はいるぞ……
「えっ、これ一体何!? 君は誰なの?」
耳を押さえ、周りの様子を確かめる。
もちろん、周辺には誰もおらず私しかいない。
突如頭の中に知らない人の声が響きだし、本に書かれた文字とリンクしだしていったのだ。
『大将軍社の前に』
――だが、あの方を怨霊扱いするなど……
『一夜にして七本の松が』
――これは俺がやらねばならぬ。俺にしか出来ぬことだ。
『天皇は勅命をもって』
――奈都、ありがとう。これでようやく俺も……
今の、何?
あの声はいったい誰?
まとわりつく幻をかき消すかのように、ぶんぶんと頭を振り、目をこすっていった。
「何なんだろう。私、耳だけじゃなくて目までも、変だ……」
どうして? こんな光景、とても信じられないよ。
自分の目を疑い、何度も見直してみるけれど、やっぱり見える景色は同じ。
さっきまで何もなかった道に、見事な一本松が堂々と立っている、という不思議な光景が広がっていた。
こんな道のド真ん中に松なんて、なかったはず。
それに、何より……
松が、月とか星みたいにきらきらと輝いているって、どう考えてもおかしい。
状況がつかめずぼんやりとしたまま、私は吸い寄せられるようにその松へと向かっていき、深く考えもせずゆっくりと手を伸ばしていった。
「この松、私を呼んでるの……?」
優しく温かい光に触れると、なぜだかそんな気がして。
呟いた私の声に呼応するように、その光はだんだんと強く、大きくなっていき――
――私の身体をすっぽりと包みこむのと同時に泡のように弾け、輝きながら消えていったのだった。