それぞれの赤
「……あなたは」
目を伏せてぽつりと呟き、ゆっくりと顔を上げると不思議そうな顔をしたおじさんと視線が交わった。
「あなたは、都のほうに苦しむ民がいるのを知っていますか?」
おじさんは何が何やらさっぱりといった様子で首を傾げていく。
「都の方は確かに荒れてるって聞きますなぁ。それが何かありましたかい? 遠い京のことじゃ、わしらには関係ない」
「ここは伊助殿の導きで安定していても、他はどうなのでしょう? あなたは自分さえよければそれで良いのですか? 汚れも自分がかからなければいいんですか? 例えば隣人や家族が飢え死にするとしてもあなたはそれを見過ごせるんでしょうか?」
おじさんの言葉に少しばかり怒りを覚え、声を荒げながらそう言った。
でも、本当は私がイラつくのはお門違い。
きっとかつての私は、このおじさんと同じだったんだ。
違うのはそれを実際に見ているか、見ていないか。たぶんただそれだけ。
「み、巫女様……」
私の勢いに圧倒されてしまったようで、おじさんは言葉を続けられないでいる。
「よく聞いてください。あなたと村の民に使命を与えます。私はこれより数日、ここ大将軍社に奇跡を起こします。この奇跡をあなたがたは希望の光として都に住む民へと伝えていくのです。わかりましたね?」
この想いよ伝われ、と必死におじさんのことを見つめていくと、おじさんは大将軍社のほうを見ながら、私の言葉をぽつぽつと繰り返していく。
「きせき……ひかり、わしの……使命」
お願いおじさん、私の言葉を信じて。
祈るように手を前で組む。
「予言の……巫女様……」
おじさんは相変わらず自分に言い聞かすように呟き続けている。
あれ、おじさん? わかってくれたのかな、何かこれちょっと心配。
自分の世界に入ってしまっているおじさんに、困惑した私は何も考えずにいつもの話し言葉で声をかけてしまった。
「あ、あのー、もしもーし。おじさん、私の説明わかった?」
沈黙が辺りを包んでいく。
言った後で思った。
これってまずいんじゃないの?
や、やばい。
だんだんと自分の顔が強張っていくのがわかる。。
「(この馬鹿……)」
後ろの方から小声で呆れたような声が聞こえてきた。
碧のうんざりした顔が浮かぶようだ。
おじさんは姿勢を正して、はきはきと返事をしていった。
「あ、はい! わかりました。使命だなんて、光栄で感慨にふけっておりました! だけど巫女様、急に雰囲気が……」
わわわ、これはまずい、ばれたか!?
そう思った瞬間に、おじさんの言葉が止まる。
言葉だけではなく、口や目も開いたままで、凍りついたように体も固まっている。
「おい、奈都。詰めが甘いぞ!」
声と共に後ろの林から現れたのは眉を吊り上げている碧だった。
「う、ううう。だって、もうちょっとって思ったら気が抜けちゃったんだもん」
口をとがらせてそう話す。
「まぁいい。急げ、向こうの林の影にかくれるぞ」
碧の術が解けておじさんが動き出さないうちに、私たちは大将軍社の側にある林の中へと身をひそめていった。
「……変わって、ってあれ? 巫女様、巫女様? 消えた、んか」
おじさんはきょろきょろと辺りを見回している。
怖がりなのかこっちの林の方には近寄ろうともしない。
「やっぱりあれは、本物の予言の巫女だ……早く帰ってかぁちゃんに言わねぇと!」
おじさんは落とした鎌を拾い上げて、日の沈む丘の方へと足早に去っていったのだった。
「ふぅ、成功成功!」
私がにかっと笑うと、碧は苦笑いしながら深いため息をついていく。
「最後はかなり危なかったが、それ以外は思っていた以上に上手かったな。もっとはらはらすると思っていたが」
碧の言葉に、ふふんと得意げに胸を張る。
「言い訳考えたり、嘘がばれないようにするのは私、意外と上手いんだよ。お母さんだまして、夏休みに姉ちゃんのところまで来ちゃったくらいだし」
「おい、それって自慢するようなことなのか? まぁ、その特技のおかげで上手くいったからよしとしてやるか」
そう言って笑う碧の顔が優しくて、眩しくて、私のほほが熱くなる。
赤くなってるのがばれたら恥ずかしいな。なんて、そんなことを思って碧を見ると、碧の頬も夕焼けの赤に染まっていて。
わかってる、わかっているよ。
碧の赤は私のそれとはきっと違う。
だけど、ほんの少しでも私のことを考えていてくれたら、想っていてくれたら……
そこまで考えて、自嘲するように笑った。
どうしちゃったんだろう私、これじゃあまるで――




