作戦決行!
「お、お前……何者なんだぁ!? わしに何をしたんじゃ」
空が一面茜色に染まる頃、壮年男性の震える叫び声が人気のない大将軍社前に響き渡る。
声の主は鎌を片手に、どたりと尻もちをついて涙目になっていた。
背中には大量の野菜、泥だらけでこんがり日に焼けた体のこのおじさんはおそらく農民。
そして、怖がるその視線の先にいたのは――――私。
おじさんが驚くのも無理はない。
奇妙な格好をした見知らぬ女が突然現れて声をかけてきた途端、自分の身体が動かなくなってしまったのだから。
もちろん私には特殊能力なんてものはない。
ワンピースを着て、白くて長い薄布を頭からかぶって、少し距離のある場所で意味深に立っている、ただそれだけ。
――よし、ついてる。このおじさん、怖がりだ。
心の中でにやりと笑んだ。
私と碧は今、『霊光の松』計画の真っ最中。
もし霊光を放つ松を発生させても誰も見てくれなかったら意味がないし、貴族が自分たちに都合のいい理由をつけてしまったら最悪の結果になってしまう。
そんな碧の考えから、通りすがりの人をターゲットにして、私……つまり謎の巫女が予言をすることで村人たちに、こちらの思惑通りの噂を広めさせるというのが、今日の計画のねらいだ。
ちなみにさっき、このおじさんを動けなくさせたのは、陰に隠れている碧の術。
金縛りの術なんて、碧のやつ……やることがまるで忍者だ。
大きく息を吐いて、私はおじさんを真剣な目で見つめていく。
おじさんはそんな私を見て、少し怯む様子を見せていった。
おじさんからは距離のある林の中で、私は静かに、けれども威厳のある声で言葉をかけていった。
「私は予言の巫女です……」
おじさんは目をまんまるに見開いて、声を震わせていく。
「よ、よよよ予言の巫女様!?」
よし、これはうまく信じてくれそうな予感。
やっぱり人並み外れた碧の術の効果はてきめんだ。
責任重大な役割を碧から頼まれて緊張していたけれど、目の前のおじさんがうまくだまされてくれているおかげか、だんだんと気持ちが落ち着いて声にも自信が出てきた。
「ええ。この国の危機を感じて、私はここに参りました。民よ、悪しき役人や汚れた政治を見逃して良いのですか? 果たして耐えることだけが、道なのでしょうか」
普段とは全く異なっている口調で話すのは、違和感満載でとんでもなく難しい。
だけど、これが上手くいったら、京にいた人々の何かが変わるかもしれないんだ。
これからの京の変化を思うと、緊張だって怖くないし、苦手な敬語も頑張れる。
そう思っていたら、きょとんとした顔でおじさんは予想外のことを聞き返してきて。
「巫女様? ここらは伊助様のおかげで比較的安定しておりますだ。心配ご無用ですぞ」
うううう、ウソでしょ!?
大人しくだまされててよぅ!
顔が強張りそうになるのを必死にこらえ、穏やかな微笑みをひたすらキープしていく。
だけど、おじさんの言っていることは確かに間違っていない。
伊助さんのおかげでこの辺の地域は安定してるって碧も前に言っていたじゃないか。
やばい、このままじゃ作戦失敗だよ。
どうしよう、どう言えばうまくいく?
後ろの方に控えている碧に助け舟を出してもらおうとも思ったけれど、おじさんの前で不審な動きをみせるわけにはいかない。
助けて神様仏様っ、菅原奈都……大大大ピンチです!




