奈都の報告
「え、わ、私が報告?」
予想だにしていなかったもんだから、みっともない声が出てしまう。
「そうだよ」
伊助さんは、無邪気な笑みで私を見つめてくる。
「ねぇ、報告って一体何をすればいいの?」
慌てて碧に救いの手を求めると、伊助さんはくすくすと笑っていった。
「報告って言い方が悪かったかな。京の様子を見て、君が何を感じ、どんなことを考えたのか。僕はそれが聞きたいんだ」
私が京を見て、感じたこと……?
「答えられるかな?」
うつむく私の顔を覗き込んで、伊助さんは優しく微笑んでいく。
「はい」
静かにうなずくと、伊助さんも満足そうにうなずき返していった。
「私が京の民を見て、思ったのは……皆どこか自分に似てるなぁっていうことです」
とても報告のレベルじゃない私の言葉に、碧は頭を抱えていったけれど、伊助さんはにこにこと私を見つめ続けていった。
「自分に似てるっていうのはどういうことなんだい?」
「私、京の様子を見るまで目先のことしか考えてなかったんです。いまをそれなりに過ごせれば、それでいいやって。奈都はダメなやつで、とろくさいやつだって周りから思われても、それはそれでよかった。周りが手伝ってくれるぶん楽だったし。そんなんだからやる気もわかなくて、夢とか目標もよくわかんなくて、日常がだらだらと過ぎていく……」
呆れたような顔をしていた碧も顔を上げ、私のことを真剣な目で見つめてくる。
二人からじっと見られるのは緊張するけれど、ここで止めるわけにはいかない。
大きく息を吐いて言葉を続けていく。
「未来の世界で私は、どんくさくてずれてて、馬鹿で、周りからもお子様扱いされてた。私なんかに出来ることなんて何もないんだろうなって、自分でもそんな風に思ってた。あんなに海王高校に行きたかったのもいま思うと、自分を変えたかったから、なのかも」
「海王高校? 僕にはよくわからないけど、奈都ちゃんはそこに行けたのかな?」
伊助さんは高校の意味がわからず首をかしげている。
「このままじゃ確実に行けないです。頑張れないって、すぐ諦めちゃったんです。どうせ出来ないって心のどこかで決めつけてたんだと思います」
きっと、甘えてたんだ。自分の無力さに、弱さに。
何も出来ないんだから、仕方ないでしょう。誰か助けてちょうだい、って。
「その姿が……京に住む民の姿にそっくりだった。全部諦めて、夢を持つ意味もわからないまま毎日を生きる」
安定した政治で民を守ろうとする伊助さんや道真さん。
奪うことや大事なものを手放すことでしか生きられなくなった民。
幼い碧を引き取って育て上げた源菖さんに、町を歩く貧しい娘。
自分の欲望に支配され、人を貶める貴族たち。
険しいことを承知で新しい道を選び取った忠邦さんと仁太君。
汚名をかぶってでも、やり方を間違っても信念を貫き続けた時平さん。
そして、大切な人のために命をかけた碧。
誰が正しいのか、誰が間違っているのかなんて、そんなのはわからない。わからないけど……
碧色の瞳をした小さな猫と、華奢だけど広い碧の背中を見てきて思ったんだ。
出来ないからって諦めるのは違う。出来るかできないかは、やってみなくちゃわからない。
「碧と旅をして、いろんな人に会って、いろんな想いに触れて思ったのは、このまま何も出来ないって思っていたら何も変えることはないし、最後には全てを失くしちゃうんじゃないかって。何かを変えたかったら、誰かに頼ってばかりいちゃだめで、まず自分が立ちあがらなきゃって、そう思ったんです」
視線を上げて、へらっと笑う。
「でも、何をどうしたらいいのかは、見えないまんまなんですけどね」
「奈都……」
「これは、予想以上の収穫だったかな」
二人はなぜか、驚いたように目を見開いている。
「ど、どうしたんですか? 私変なこと言ったかなぁ?」
「ううん、さすが菅原の姓を持つだけあるなぁって。僕も君の話を聞いて目が覚めたよ。現状に甘んじてはいけないね。もっとたくさんの民を救う方法を考えなきゃかな」
優しく笑う伊助さん。
その表情はいつもと同じようにへらへらとして緊張感も全くない。
だけど、その瞳は……これまでと違ってきらきらと輝いていてすごく綺麗に見えたのだった。




