ほたる
「……ん?」
言葉を止めた碧が上を向いたのにつられて、私も顔を上げていく。
「うわぁ……」
日も沈み、漆黒の闇と化したこの世界。
ここには銀河の中とも思えるほど、無数の黄金の光が漂っていた。
「す、すごい。すごいよ碧! ねぇこれホタル? もっと近くに行こう!」
「ちょ、おい! 奈都!」
興奮した私は勢いよく碧の手を取り、光がより強く見える川の音がする方へと走っていった。
「綺麗だね……私、ホタルなんて初めて見たよ」
辿りついた川辺は思わず息が止まるほどに、美しい景色で満たされていた。
数え切れないほどの小さな黄金の光が、灯されては消え、消えてはまた灯されていく。
「美しいもんだろ。ここまで見事な景色はそうそうないぞ」
「もしかして碧はこれを見に寄り道したの?」
「ああ。せっかくだし、一緒に見たいと思ったんだ」
無邪気な笑顔で碧は笑う。私の大好きな、少年みたいな可愛くて綺麗な笑顔。
それに『一緒に見たかった』という言葉が、何故だかとても嬉しかった。
きっと、深い意味はないんだろうけど。
川辺に二人並んでしゃがみ込み、静かな水音に耳を澄まし、美しい景色をただただ見つめている。
さわさわと木々を揺らす心地の良い風が辺りを包み、空にも星が輝きはじめ、幻想的な世界がどこまでも広がっていった。
静かではないのは私のこの心だけ。
この時代に来てから、私の望む未来の形があやふやになってしまって、自分のことがよくわからなくなってしまったんだ。
いや、もしかしたらずっと前から、形なんてものはなかったのかもしれない。
自分の未来を真剣に考えることなんて、一度もなかったし、毎日を何となくでしか過ごしていなかったから。
「碧、私どうしたらいいのかわかんなくなっちゃったよ」
静寂を破った私は、呟くようにそう語った。
碧は、そんな私の横顔をじっと見つめている。
「最初は海王高校に行って、可愛い制服を着て、文化祭とか体育祭とか楽しい高校生活を送ることが私の夢で、それが幸せの形だって思ってた。だけど……いまはよくわかんない。ずっとそれが私の夢で目標だと思ってたのに。どうしてかな、何か違う気がするんだ」
神頼みをしてまで、勉強嫌いだった私が勉強をはじめるくらいまで進学を望んでいたはずなのに、いまでは驚くくらいにその熱はすっかりおさまっていて。
自分で自分の気持ちがわからない。
「平安時代に来て、いろんなものを見て、たくさんの人に会って、考えたんだ。私は一体何をしたいんだろう、何を望んでいるんだろう、って。そうしたら頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって。何だかもう、元の時代に帰りたいのか、帰りたくないのかすらもよくわかんないよ」
私はこの時代にやってきて、本当にたくさんの人に出会ってきた。
たくさんの人の想いに触れてきた。
何となく生きてきていたのは……ううん、何となく生かされてきたのはたぶん私だけ。
いいとか悪いとかは別にして、平安時代の人々はみんな必死に生き抜いていたんだ。
私に夢はあったのかな? 私の信念って、幸せって……?
「ねぇ碧。夢って、幸せって一体何なんだろうね。正解って何なんだろ」
ずっと考えていたことを碧に向かって問いかける。
どんな返事がくるのだろう。
綺麗な横顔を見つめると、亜麻色の髪が静かに揺れていった。
「幸せと正解、か。それは、俺にもよくわからない。もしかしたら俺も……ずっとその答えを探してるのかもしれないな」
私を見つめて碧は困ったように笑う。
物知りで、頭もいい。
大人顔負けで仕事をして、いろいろな人と景色を見てきた碧。
そんな碧も私と同じように考えて、悩んで、答えを探し続けている。
それがどうしてか、嬉しくて、嬉しくて。
「そっか。お互い答えが見つかるといいね」
幻想的な景色を見つめながら、私は静かに微笑んでいったのだった。




