橙の世界
太陽の位置が徐々に低くなり、世界を鮮やかな橙色へと染めていく。
気が遠くなるほどの距離を歩いて、私たちはようやく見知った土地へと戻ってきた。
左には、はじめて碧に会った場所であるこぢんまりとした神社、大将軍社が見える。
ここまで来れば、碧の家まであと少し。
大将軍社をじっと見つめた碧は、私の顔も見ずに話しかけてきた。
「なぁ、奈都」
「ん、何?」
「少しだけ寄り道していかないか?」
「寄り道?」
効率重視っぽい碧が寄り道だなんて、意外にもほどがある。
聞き間違いなんじゃないだろうか、そう思って聞き返していくと、返ってきたのは優しい微笑みとうなずき。
「いいよ。楽しそうだし、行こう!」
寄り道、回り道、新しい発見が大好きな私にとって、碧のお誘いは本当に嬉しくて。
にこりと私も微笑みを返していった。
――・――・――・――
寄り道という名のちょっとした冒険。
碧はどんどん林の奥深くへと入っていく。
一体どこへ行くつもりなんだろう。
「こっちだ、足元気をつけろよ」
少し傾斜になっているところで、碧はそう声をかけてくる。
どんくさくて、運動神経がいいとは言えない私は、碧とほとんど歳が変わらないのに相変わらず子ども扱いされている。
「またそうやって子ども扱いして……ってわぁ!」
碧に文句の一つでも言ってやろうと、足を一歩前に出すとぬかるみにはまってずるりと滑り、前のめりになっていった。
このままじゃ頭から地面にダイブだ。
ま、まずい!
「ほら、だから言っただろ」
「ッ……」
ぐんと強く引き寄せられて、足がもつれる。
ぬかるみに手をついているはずが、ふと気づいたときに触れていたのは碧の背中。
倒れこむ直前、つかむところを探して、そのままうっかり手をまわしてしまったのだろう。
碧の手も私の背中に回されていることに気づいたのは、それから少したってからだった。
ど、どどど、どうしよう……
このまま勢いよく離れたら逆に、碧のことを意識しているみたい?
だからと言ってこのまま手と体を離さなかったら、まるで抱き合ってるみたいで……
ぐるぐると思考は回り続け、一向に離れるタイミングがつかめない。
予想外の展開に大きく鼓動が跳ねる。
こ、これはすごくはずかしい。
ほぼゼロの距離にいる碧の顔をまともに見ることは出来なくて、私は静かに碧の肩に顔をうずめていった。
そんな私の頭の上から降って来たのは、どこまでも呆れきったような声。
「まったく。どうしてお前はいつもそうやって阿呆で、間抜けでどんくさいんだろうな」
デリカシーのないその言葉に一瞬だけムッとしたけれど、そんな気持ちはすぐに消え去り、鼓動がまた大きく跳ねる。
言葉とは反対に、そっとぎゅっと、私のことを抱きしめてきたから。
ああ、この抱きしめ方を私は知っている。
これは……大切な何かや愛おしい何かの抱きしめかた。
「阿呆なだけじゃなく、おまけに余計なことばかりして。どうして奈都は俺に心配ばかりかけさせる? おかげで俺はこの手を離したくても……」




