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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第一章 天神様の神社
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受験勉強にはスランプがつきもの

「行ってきまーす」


「なっちゃん、ちょっと待ち!」


 神社と図書館に通い始めて数日がたったある日、自転車の鍵を手に取り、いつものように出かけようとすると、ユカリ姉ちゃんから声をかけられて。


「どしたの?」


 お弁当も持ったし、お茶もある。

 勉強道具だって忘れていないはず。

 姉ちゃんが呼びとめる理由がわからない。


 そう思っていると、姉ちゃんは私を見て楽しそうに笑っていった。


「二十五日ってあいてる?」


「あいてるよ、二十五日になんかあるの?」


「この間言ったやろ? 天神祭に連れてったるわって。なっちゃん、天神さんのこと好きみたいやし、ちょうどいいやろ?」


 天神祭ってそう言えば、大阪来た日に姉ちゃんがそんなこと言っていたような。


「昨日、図書館でもそんな話してる人いたよ。有名なお祭りなの?」


「有名も有名。天神祭知らんなんて、もったいない! 知らんなら、絶対に行くで。二十五日だけは勉強中止や! ほら、そうと決まったら天神祭に行けるように勉強頑張らな」


 姉ちゃんは、ばしんと私の背中を叩き、うだるような真夏の空の下へと送りだしていったのだった。



――・――・――・――


「天神祭、か……」


 自転車をこぎながら、憂鬱な気分に浸っていく。


 姉ちゃんには悪いけど、あんまり行く気しないや。

 だって、最近勉強進んでないんだもん。

 昨日だって、図書館で二時間も寝ちゃったし……


 こんなんじゃ海王高校に受かるのなんて、夢のまた夢。


 いくら毎日お参りを続けたって、自分の学力がつかないと何の意味もないよ……



 ため息をつきながら、いつもの神社へと向かっていく。


 天神様にお願いしたら、焦りと不安でいっぱいになった憂鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれたりしないかな。



 今日もいつものように手を清め、いつものように石段を昇って、いつものようにお参りをする。

 ただ、いつもと違うのはぼんやりした私の頭と、お願いごとの内容で。



――せめて、勉強を頑張れるようになりたいです。私の素敵な未来のためにも、良いご縁がありますように。


 お願い事を終え、つむっていたまぶたをゆっくりと開いていった。



 あ。しまった……



 あることに気づいて、げげげと苦々しい顔をする。



 間違えた。



 毎日欠かさずおこなってきたお願いごと。

 そのお願いごとが、今日はいつも通りちゃんと出来ていないことに気付いたのだ。



 あーもう。

 『良い縁がありますように』って、私はアホか。

 『海王高校と』が抜けただけで、恋愛のお願い事みたいになっちゃったじゃん。



 ま、いいか。

 図書館の帰りにまた、もう一回来れば。


 そう思いながら石段をゆっくりと降りていき、ふと立ち止まる。


 いつもなら、石段を下ったら、すぐに図書館に向かうのだけれど、なんとなく足が重い。

 勉強しなきゃいけないことはわかっているし、海王高校受験をあきらめたわけじゃないんだけど……もう、暗号のような文字の羅列を見るのも、なんの役に立つのかわからない数式も見るのもうんざりなんだ。



 なかなか神社を出る決心がつかない私は、ぐるぐると境内の中を当てもなく歩き、奥まった場所でなんとなくその歩みを止めていった。


「勉強、飽きた……」


 そう呟いて顔を上げると、見知らぬところに来てしまったことに気づく。

 恐らく、神社の端にあたるところなんだろう。

 大きな神社の境内の中なのに、不思議なことにまた、小ぢんまりとした神社がある。


 なんだろ、ここ。



 じっと見つめていると、突然後ろから声をかけられた。


「大将軍社に興味あるんで すか?」


 え?


 関西特有のイントネーションがついた声が聞こえて、くるりと振り返るとそこには、竹ぼうきを持った関西弁の黒髪美人巫女さんがいた。


 この人は……


「シズ姉さん!?」


「えぇっ!! 何でアンタ私のこと知ってるん?」


 あっ、しまった。

 神主さん家の話で名前知ってたけど、直接聞いたことなかったんだった。


 少し警戒するように眉をひそめた彼女に慌てて弁解していく。


「あ、あの、前に神主さんが……」


「あぁー。この間のお守りの時におとんが話したんかな? お嬢ちゃん、この間の受験生の子やろ? また来てくれて嬉しいわ」


 ぽんと手を叩いて巫女さんは笑う。



「この神社が大好きで、毎日来てるんです! でもあの、大将軍社って……?」


 さっきシズ姉さんは『大将軍社に興味あるんですか?』って言ってた。

 天神様が祀られているここの天満宮はそんな名前じゃないのに。


 

「ウチの神社が好きだなんて、めっちゃ嬉しいわ。大将軍社は、お嬢ちゃんの隣にあるこの神社のことや。この天満宮が建てられる前からある神社でな。天神さんも大将軍社にお参りしたことがあるんやで」



 へぇー。

 ……って、天神様は神様だよね!?

 神様がこの小さな神社にお参りに来てたっておかしくない?

 それに天神様は、大将軍社よりももっと大きな天満宮に祀られてるって……一体どういうことなのさ!?



「ふふ。不思議そうやね。この大将軍社は、もともと疫病えきびょう封じのために建てられた神社なんや。だから、天神さんが祀られている神社とはちょっと違う。天神さんが大将軍社にお参りに来た頃はまだ、天神さんは人間やったしな」


「天神様が人間!?」

 ますます不思議だ……

 人間が神様!?


「なんや、嬢ちゃん知らんの? これはお勉強が必要やな。『勉強飽きた』なんて言わんと、ちょっと調べてみたら。いい気分転換になるやろ?」


 いたずらっぽくシズ姉さんは笑う。



 あぁ、さっきの独り言聞かれてたんだ。

 だけど、おかげで図書館に行く理由が出来たかも。

 それに、こうやってだらだら過ごすより、図書館に行けば勉強する気がまた起きるかもしれない、よね。


「シズ姉さん、ありがとうございます! 気分転換してまた頑張ります」


「うん、頑張りや。応援してるで、ナツちゃん」


「えっ! なんでわかったの?」

 一度も名乗ったことなんてなかったのに。


「さぁて、何でやろうか?」

 

 くすくすと楽しそうにシズ姉さんは笑うけれど、結局シズ姉さんは私の名前がわかった理由を教えてはくれなかったのだった。

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