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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第九章 近づく距離
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洞窟

「うわっ、本当に降って来た!」

 ぱらぱらと降りだした雨は、徐々に強さを増していく。


 街道から外れ、雨を避けるように林の中へと入っていった私たちは、雨をしのげる場所を探していった。


 このまま濡れねずみになるなんて絶対嫌だ!

 どこか休める場所は……


「あそこに洞窟がある、もう少しで休めるから走れ!」

 確かに碧が指で示した方角には崖のようなものが見える。


「本当だ、あそこならしのげそうだね!」

 私も碧の示した大きな横穴を発見し、そう叫ぶ。


 私たちはその洞窟めがけ、木々の間を全速力で駆け抜けていった。


「ぜぇっ、はぁっ……突然降ってくるなんてひどすぎるよ」

 洞窟の中に入り込み、荒い呼吸を整えながらそう話していった。

 広さも高さも申し分ない。五・六人くらいなら余裕で横になれるくらいの広さだし、大人が立ち上がったとしてもまだ高さには余裕がある。


 勢いよく走ったぶん足元は泥まみれになってはいたが、木々が雨をしのいでくれたからか思いのほか濡れておらず、髪も着物もわりとすぐに乾きそうだ。

 外を睨みつけると、先ほどまでとは比べ物にならないくらいに雨の勢いは増し、本格的な土砂降りになっていた。



「ひどい、などと自然に文句を言ってもどうしようもないだろうが」

 あまり呼吸の乱れていない様子の碧は、ひたいから垂れてくる雨の雫を自分の袖で拭っている。


 息を荒げて文句ばかりの私と、何ともなかったかのように涼しい顔をした碧。

 この差が何だか悔しい。

 これじゃまるで、私が我慢のきかないお子様みたいじゃないか。


 ゆっくりと腰を下ろした碧を見下ろしながら私は口をとがらせていった。

「そもそも碧が平康さんの時みたいに、時間をゆっくりにする術をかけてくれればこんなに走らなくても良かったんじゃないのー?」


 あのときは確か、人だけじゃなくて風も鳥も全部がスローモーションになっていた。

 だとしたら、いまだって術をかけてくれれば、雨が強くなる前に洞窟に入れたんじゃないだろうか。


「ああ、あれか。あれは準備も面倒だし、疲れるからやりたくないんだよ。それに人にあらざる者の術なんて、しなくて良いのなら、しないにこしたことはない」



 平安京での言葉のやりとりが蘇る。


――ねぇ碧、さっきの一体何なの?

――ちょっと! 聞いて……


――『どこから話せばいいかわからない。もう少し待ってくれないか』



 平安京ではそう不安そうに言っていた碧も、今は術のことについて嫌な顔一つせず話してくれる。

 自分の正体がばれちゃったからかな。

 あの時はきっと……自分が化け猫だってこと、人間ではないってこと、誰にも知られたくなかったんだ。


 化け猫、か。


 妖怪なのに人を襲わずに郡衙ぐんがで働いて、平安京や今後のことを想いながら日々を過ごし、見ず知らずの未来からやって来た私を助けてくれた碧。

 特殊な術を知り、人並み外れた力もあるのにそれをむやみに使おうとはしない碧。


 もしかして碧は、人間として生きたかったのかな……?



 そんなことを考えながら私も隣に腰をゆっくりと下ろして、問いかける。

「あのさ、碧」

 

「何だ?」


 毎度お馴染みになってしまったこのやりとり。

 はじめはぶっきらぼうな碧に苛立ったりもしていたけれど、最近ではこの言葉のやりとりがとても心地良いし、不思議と安心できる。

 慣れとは怖いものだ。


 

「さっき、忠邦さんが妖怪の話をしていたじゃない?」

 ぼんやりと岩の壁を見つめながらそう話していった。


「ああ」

 何の感情もこもっていないような短い返事が返ってくる。


「私、やっぱり妖怪やお化けは嫌いだよ。怖いもん」

 自分でもひどいことを言っていると思う。

 でも、これが自分の本当の気持ちで、嘘や偽りも一切ない。

 優しい嘘で包み隠して、思ってもいないことを言うより、碧には自分の気持ちを正直に語ろうと思ったんだ。


「……そうか」

 伏し目になりながら、碧はぽつりと呟くように答えていく。

 声や表情は普段と特別代わりもなくて、私の言葉に碧がどう思ったのかまでは読みとれない。


 お化けは嫌い。側になんていたくないし、目にすることだって嫌だ。


「でも」


「……でも?」

 言葉の続きを促すように、碧は私の言葉を同じように繰り返していく。



「碧のことは嫌いじゃないよ」

 途端に碧は顔を上げ目を丸くして、私のことを見つめてきて。

 そんな碧のことには構わず、そのまま私は言葉を続けていった。


「碧はね、いつも意地悪だし、私をからかって遊んでくるし、頭固そうだし、集中すると周りが見えなくなるし、料理が下手で、意地悪で……」


「おい、奈都」

 次々と並べられた悪口に、碧は呆れたように深いため息をついている。



 そんな碧をじっと見つめて、にこりと笑いかけた。


「だけど……碧は優しいよ。皆のことを見ているし、たくさんの人や国のことを、未来のことを考えているよ、きっと他の誰よりも。あのね、妖怪は怖いけど、碧のことはちっとも怖くないんだよ。だって私、碧のこと――――」

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