帰路
平安京を出て街道に出た私と碧。
陰陽師の二人と別れ、寂れた町を抜け、死体にまみれた異臭漂う川を越え、ずいぶん歩いてきたけれど大阪まではまだまだかなりの距離がある。
空を見上げると雲がだんだんと厚くなってきていて、空気が少しひんやりと冷たく感じる。
太陽が見えないぶん、時間はよくわからないけれど大体四時五時辺りだろうか。
「ねぇ碧」
ふと平安京でのことを思い出し、隣りを無言で歩き続ける碧に向かって話しかける。
「何だ」
視線だけこちらに向け、いつものように短くぶっきらぼうなセリフが返って来た。
「平安宮は不思議な人たちばっかりいたね」
陰陽師の忠邦さんと仁太君、それに藤原一族の平康さん、顔を真っ白に塗ったくった女の人……『不思議』という言葉以外適切な言葉が見当たらなかった。
平安京の姿やそこに住む貴族について、いろいろと想像はしていたけれど……現実に見た光景はそんな想像と全く違っていた。
とにかく変だったんだ。それぞれが、いろんな意味で。
「ああ。おかしなところだろ? あそこは」
屈託のない笑顔で碧は楽しそうに笑う。
いつもとは違う、子どもっぽくて無邪気な笑顔がきらきらと眩しいくらいに輝いて見えて。
その表情に思わず見入ってしまい目が離せなくなってしまった。
いけないいけない。ぼんやりしてた。
このままじゃまた、間抜け面とかそんなことを言われちゃう!
我に帰り、ぽぉっと火照ったような頭を冷ますように頭を左右に振っていった。
「でもさ、中の方は綺麗な都だったね。まるで漫画や映画みたいだったよ」
「そうだな。中の方は……な」
言葉じりを濁し、ふっと表情に陰りが見られていく。
「思っていた以上に荒廃が進んでいる。あのままではまずいな」
呟くようにそう話した碧は、もう見えなくなっている平安京の方を苦しげに見つめていった。
そっか。
やっぱり何だかんだ言っても平安京は碧の故郷で。
あそこはきっと碧にとっては特別で、大切な思い出の残る町なんだ。
そんなことを思いながらじっと碧の横顔を見つめていると、唇がゆっくりと動き、静かな声が発せられていった。
「……かないんだな」
「え?」
上手く聞き取れずに聞き返す。
「何も聞かないんだな、と、そう言ったんだ。忠邦の言葉、忘れたわけじゃないだろう?」
さっき門の前で言われていた忠邦さんの言葉……
――貴方は、五十年前に死んだ猫が転生した存在。つまりは化猫、なのでしょう?
頭の中に忠邦さんの声があの時のまま蘇ってくる。
私の目の前にいる碧という男の子。彼は元々人間ではなく、五十年前に生きていた猫で。
しかも、いまだって人間の姿をしているというだけで、本当の姿は化け猫……妖怪ってことだ。
妖怪やお化けの類は苦手なんてものじゃない。
大がつくほど嫌いだし、そんなものは存在していてほしくない、一生会いたくないと思っていたと言っても過言じゃない。
じゃあ……碧のことは?
何も言葉が浮かんでこない私をじっと見つめてくる二つの青緑がかった茶の瞳。
ビー玉のように澄んだ綺麗な瞳。
ただでさえどう返していいのかわからないのに、見つめられたせいで緊張してさらに言葉が出なくなってしまう。
ごまかすように空を見上げると、私につられるように碧も天を仰いでいった。
「あぁこれはひと雨来るな。雨の匂いがする。奈都、走るぞ」




