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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第八章 陰陽師
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さぁ、貴方はどうする

「妖怪君、どうしました? 不服そうな顔をしていますよ」

 睨みつけるような鋭い視線で碧は忠邦さんと仁太君のことを見つめている。


「忠邦、ちび助。俺のことをどう言おうが構わない。だが、あの方を怨霊扱いするなど……」


 真剣なその瞳と横顔に、碧がどれだけ道真さんのことを尊敬し、大切に思っていたのかが感じ取れる。

 尊敬する大切な人のことだからこそ、他人に怨霊呼ばわりされるのがしゃくさわるのだろう。


 

「んな! ちび助だと……てめ、うぎゅう」

 碧の嫌がらせにも思える言葉が仁太君を刺激し、仁太君はこっちに飛びかかろうとしてきたけれど、忠邦さんがそれを左手で無理やり制止していった。


「まぁ、貴方が気にくわないのもわかりますよ。道真公は農民のために自らを危険にさらしてまで雨乞(あまご)いをするような方ですし、悪霊に成り下がるなど思いたくはないのでしょう?」


「雨乞い?」

 私と仁太君の声が合わさる。


 私たちの問いに、忠邦さんはあごに手を当てて、昔のことを思い出すように視線を上に向けていった。

「ええ。先日私が調べた情報が正しければ、讃岐さぬきの地で大干ばつに苦しむ農民を見かねた彼は険しい山に登り、断食7日間の状態で神に降雨を祈願したそうですよ。まぁその後のことは過去のことですし、私はよく知りませんが……」


 そう言って、ちらりと碧の方を見つめていく。

 見つめられた碧は忠邦さんを見つめ返し、うんざりしたように静かに深いため息をついていった。


「忠邦……アンタ、本当はその後のことも知っているんだろう。そうやって俺を試さなくても人質がいる以上、聞けば素直に答えるしごまかしたり逃げたりするつもりもない」


 その言葉に忠邦さんは満足そうに笑う。本当にくえない人だ。

 碧は天を仰ぎ、静かに語りだしていった。


「まだあの方に出会っていない頃のことだから聞いた話になるんだが、雨乞いの祈祷が天に通じ大雨が降ったようなんだ。恵みの雨を見た農民たちは踊りを踊るほどに喜んでくれたと語っていたよ」


 忠邦さんは細い目をさらに柔らかく細めていき、碧の話をじっと聞いている。

 そんな様子はおかまいなしに、碧は話を続けていった。 


「けれど今になって思うんだ。民が本当に喜んだのは、役人でありながら自分たちのために誠意を尽くしてくれる人、信頼するに値する役人道真公に出会えたことだったんじゃないかと」



 碧の言葉を聞いてハッとした。


 これまでの数日間、平安時代に来てわかったことがある。

 この時代、皆自分たちのことで精一杯なんだ。

 民は生きることで精一杯。貴族は今の生活を守ることに精一杯。

 そんなこの時代に、他人を想い、国の未来を想い、他人のため、国のために誠意を尽くすような人がいったいどれだけいたのだろう。

 そんな存在にどれほど民は救われたことだろう。



「道真さんじゃないんじゃないかなぁ」

 ぽつりと呟くと一斉にみんなが私の方に視線を向けていった。

 

「道真さんみたいに優しくて真面目な人が悪霊になるなんて考えられないし、碧が呪いなんかするはずないし……そうなると誰か別の人が呪いをかけてるんじゃないのかなぁ?」


 人質になっていることも忘れて、普段通りに話をしていく。

 だって、大切に思っていた日本を自ら崩壊させようとするような行動をとるなんてどう考えても変だし、実際に見たわけじゃないから悪霊になったのかも確かじゃない。



 ふぅむ、と小さくうなった忠邦さんは両腕を胸の前で組んで苦笑いをしながら語っていった。 


「奈都さんのおっしゃる通りかもしれませんし、そうではないかもしれません。ですが、もう祟りだとか、誰がそれをしているのかとかはどうでもよくなってしまったんですよね」


 驚きの言葉が放たれてすぐさま、静寂があたりを包む。


 な、何を言っているんだこの人は!

 散々、碧の正体を探って、私をおどして、呪いだとか祟りについて語ってたじゃない!?

 どうでもいいなら、何で私たちの前に現れたのさ!


 碧も状況がつかめていないようで、呆気にとられたような顔をしている。

 中でも一番衝撃が強かったのは弟子の仁太君だった。 


「な、なななな! どうでもよくなったってどういうことっスか!? 呪いや祟りから貴族を守るのは大事な俺らの役割で、大きな収入源なんすよ! 命令聞かないと職をなくして路頭ろとうに迷っちまいますってば」


 すがりつくように忠邦さんの側に寄る仁太君に、忠邦さんは困ったように笑いかけていく。


「仁太、今回ばかりは貴方の言うことが正しいかもしれません。ですが、このままこうやって疑問を抱えたまま生きることはもうしたくないのです」


「どういうことっスか」


「私は陰陽師として生きはじめて以来、力をつけ、与えられた仕事を果たし、京さえ守れていればよいと思っていました。ですが……彼の夢を盗み見て、それではならぬと思い知らされましてね」


 忠邦さんはゆっくり右手を伸ばし、碧の方をさし示していった。

 忠邦さんからは既に威圧感は消え、気がついたら目の前にいた術のかけられた人形ひとがたの紙もどこかに消えていて、優しく揺れる彼の真っ白な袖が綺麗だと思えるくらいに、私の恐怖心も無くなっていた。


「俺の夢? どういうことだ」

 怪訝けげんな顔をした碧は首を傾げていく。


「貴方の夢をのぞき見て、道真公を知り、貴方を知り、貴族を知って、考えたことがあるのです。道真公は知の力を神から与えられました。そして私は陰陽道の力を。彼はその知の力を弱き者のために使い、国を平安な未来へと繋ごうと常に歩み続けていました。それでは、私はどうなのだろうか、何をしてきたのか……とね」


 自嘲気味に笑う忠邦さんは、他人の言葉を待たずそのまま独り言のように話を続けていった。


「私は藤原平康(ふじわらのひらやす)殿に飼われ、貴族の所業が鬼や物の怪を生んでいるのを知りながら、見て見ぬふりを続けてきました。それが自分にとって最も安全で、最も楽な方法でしたし、特別な地位も与えられていたからです。それに、どのような物の怪が出ようと、退治できる自信もありましたしね」


「忠邦様……」

 心配そうに仁太君は忠邦さんのことをじっと見つめていった。


 それに答えるように忠邦さんは仁太君に優しく微笑み、碧の方に視線を向けていく。


「けれど、それはただの逃げと甘え。怠惰であり傲慢。与えられた力と役目は(しか)るべき場所で発揮させねばなりません。それに、いいように使われるのも(しょう)に合いませんし、従順な飼い犬のふりをするのもそろそろ潮時かなと。碧、私は平安京を出て、旅に出ようと思います。さて、貴方はどうされますか?」

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