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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第八章 陰陽師
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京に渦巻く

 忠邦さんが静かに言い放った言葉は、皆を驚愕させるものだった。

 意外すぎるそのセリフに誰も何も言い返せず、ただただ立ちつくす。


「さて。これは命令ですよ、黙ることは許しません。私の問いに答えなさい」

 強い視線を碧に向け、忠邦さんはもう一度先ほどの言葉を繰り返す。


 貴方は――


 ――五十年前に死んだ猫が転生した存在。つまりは化猫、なのでしょう?



 化、猫?


「……いいかげん碧を妖怪呼ばわりするのやめて! 黙ってないで碧も何とか言いなよ! って、あお?」

 目の前の人形ひとがたの紙に恐怖を感じつつ、忠邦さんに食ってかかる。

 真横にいる碧の方に声をかけながら視線を向けると、碧は考え込んでいるかのように目を閉じていて。

 静かに呟くように言葉を発していった。


「奈都、いい。もういいんだ」


「碧?」

 いい、ってどういうことなの?

 碧の話している言葉の意味が理解できず、立ったまま世界がぐるぐると回っているような、夢にも思える感覚へと陥っていく。



「忠邦、その問いに答えよう。アンタの言うとおりだ。かつての俺は、猫として生きていた」

 まっすぐに忠邦さんを見つめる碧はそう話していった。

 決意を固めたような碧の強い視線と声色、そしてあまりにも非現実的な展開に頭がついていかない。


「碧が、猫?」

 確かめるように、一人そう繰り返すと、忠邦さんはくすりと笑う。 


「奈都さん。信じられないかもしれませんが、彼は自分の姿を認めたのです。貴女は先ほどの藤原平康殿の言葉で、すでに知っているはずですよ。妖怪は自分のまことの姿を見破られその形を問われた時、嘘や偽りの内容を答えることは出来ない、とね」


「どうして? 何で碧が」

 碧が化猫だとして、どうして人里におりて郡司ぐんしさんの手伝いをしたり、人間みたいな暮らしをしているの?

 人にとりつくわけでもなく、襲うわけでもない。まったくもってわけがわからなかった。



「どうせ、復讐のためだろ? 藤原一族や官吏が何人も呪い殺されてる時点でよ」

 碧をにらみつけ、仁太君は忌々しげに語っていった。


「仁太君、何それ?」

 こっちの世界に来てからと言うもの、そんな話見たことも聞いたこともない。


「馴れ馴れしいんだよ、てめぇ! それに世間知らずの馬鹿にもほどがあるぞ!」


「仁太がそれを言いますか。奈都さんは事情に明るくないんですよ。そう言わずに教えて差し上げなさい」

 忠邦さんの深いため息に仁太君の勢いは一気にがれていく。


「ぐぅぅ、仕方ねぇ。一回しか言わねーからよく聞けよ!」

 びしりと私に人差し指を突き付け、仁太君は大声をあげていった。 


「五十年前に濡れ衣を着せられた道真公が無念の死を遂げて以来、道真公の左遷させんに関わった藤原氏をはじめとする貴族たちが次から次へとたたられたのさ」


「祟り?」


「そう。それもかなり強力な祟りだぜ」

 祟りってたぶん呪いみたいなもののことだよね、きっと。

 現代ではほとんど聞くことのない、嘘のような話だ。


「嘘か真か、坊さんの前に道真公の霊が現れて『左遷へ追いやった者を祟る』と言ったようなんだ。そこからはもうすさまじいもんでよ。道真をわなにはめた官吏たちが次々に若くして急死していった。病にかかったり、雷に打たれたり、あとは沼にハマって行方不明なんてのもいたらしいぜ」


 雷に打たれるとか沼にはまるなんてそうそうあるもんじゃないのに、官吏にだけそんな災難が訪れるなんて、偶然にしては出来過ぎているような気がする。


「確かにすごい呪いだね……」


「それだけじゃねーんだ。会議中に落雷が落ちて、そこにいたやつらが死んだり、呪いを恐れて狂い死んだやつもいる。それに加えて疫病、彗星、地震、火事に洪水の凶事続きとくりゃ、祟りの力が本物としか思えねーだろ?」


 祟り、か。


 無実なのに京から遥か遠くの土地に飛ばされた道真さんが怒るのもわかる。

 貴族という後ろ楯もなく、自分の能力と努力を頼りに役人として登り詰め、国のために頑張った道真さん。

 それなのに皆がついて来てくれないという悔しさや、見て見ぬふりばかりの貴族に愛想がつきるというのも、想像でしかないけれどわかる気がする。


 ただ一つだけわからないのは……


「それが何で碧と関係するのさ!」


「だからさっきから言ってンだろ! 悪霊に身を落とした道真公の仲間なんだよ、この化猫は。だから、人のふりをして京を滅ぼす機会をうかがっているのさ。そういうことですよね、忠邦様?」


 仁太君は私に対して呆れたような視線を向け、忠邦さんにはキラキラとした尊敬の眼差しを向けている。

 すぐ変わる表情と態度はなかなか面白いけれど、この態度の差に少しばかりいらついてしまう。



 問いかけられた忠邦さんは、何も言葉を発しようとしない碧を見つめ、呆れたように笑っていった。


「うーん、私もそう思っていたから退治しようとやっきになっていたのですが、どうやら違うようなんですよね。京に渦巻く数々の呪い、貴方がしたことではないのでしょう? こうやって対峙たいじしてみてわかりました」



「え、こいつが原因じゃないんですか?」

 きょとんとした表情で仁太君はそう問いかける。



「恐らくは。まぁそうなると原因として考えられるのは、まことしやかに噂されているように道真公本人が悪霊へ身を落とし自ら呪いをかけているか、もしくはそこの妖怪君のように道真を慕う別の者が呪いをかけているか。ひょっとしたらもっと大きな力が働いているというのもあり得るかもしれません」

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