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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第八章 陰陽師
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過去を覗く

「さすが高名な陰陽師、弓削忠邦ゆげのただくに殿。相変わらずタチが悪い」


「お褒めいただけるなんて光栄です」

 睨みつけながら碧が嫌味を言うと、忠邦さんはくすくすと楽しそうに笑う。


「では早速二、三質問に答えていただきましょうか」


 忠邦さんの質問……どんな内容が飛んでくるのだろう。

 碧の言葉次第で目の前の紙が大爆発するなんて、最早これはマフィアのロシアンルーレットみたいなもんじゃないか。


 怖い、怖い……怖いよ。


 真っ青な顔で忠邦さんを見つめると、目が合った途端彼は目を細めて微笑んでいった。

「最初の質問です。妖怪君、貴方は京をどうするおつもりですか。正直に答えてくださいね」


 京をどうするつもり? 碧は何か企んでいるの?


 少し間を置いて碧は静かに口を開いていく。

「……別に、どうするつもりもない」


「どうするつもりもないだと! んなわけあるか、はぐらかしやがって。妖怪、隣の女がどうなってもいいのかよ!? ほら、忠邦さまも何か言ってやってくださいよ」


「……っ」

 仁太君はあおるように大声をあげていて、一方の私は何も言葉を発することが出来なかった。

 もし本当に碧がはぐらかしているのなら、これが爆発する……

 爆発したらきっと、熱いとかいうより痛いんだろうな。特別好きな顔じゃなかったけど、こんなところで火傷だらけになるなんてあんまりだ。

 怖くてぎゅっと目を閉じると、柔らかな声が聞こえてきた。


「どうするつもりもない、ですか。まぁそうでしょうね」

 あごに手を当てて、忠邦さんは優しく笑う。


「え?」

「た、忠邦様?」


 きょとんとした顔の私と仁太君、苦々しげな表情をしている碧をよそに忠邦さんは次の質問をしていった。


「では、今度は貴方と菅原道真公すがわらのみちざねこうの関係性についてお聞かせ願いたい」


「……ッ」

 途端、碧の表情が大きく変わった。

 目を見開き、驚きに満ちた顔をしている。


「おい、黙ってねーで何とか言えよ!」


 碧の様子が変だ。こんなに苦しそうにしているなんて、いったいどうしたんだろう。

 それに菅原道真さんって確か五十年前に亡くなっているはずだよね。碧に何があったの……?



「話したくないのですか? それでは仕方がありませんね。貴方の決心がつくまで、私が一つ昔話でもして差し上げましょう」

 こほん、と咳払いをして忠邦さんはゆっくりと、子どもに読み聞かせをするかのように昔話を始めていった。


「いまから五十年ほど前の京でのことです。季節は冬。その日は特に寒く、しんしんと雪が降っていました。それにも関わらず、空には輝く黄金の月が浮かんでいます」


 あれ、その光景……私知っている気がする。

 寒くて寂しいのに温かい不思議な光景。


「京の都は荒れはじめ、民は生きることすら難しくなり次から次へと死んでいきました。美しかった河原は死体置き場へと変わり果て、寄りつく者はほとんどおりません。ですが、その河原は平安京に入るために、避けて通れぬ道。貴族たちはいつも牛車の中に入り込み、荒んだ景色なんて見て見ぬふりをしていました」


 ぎゅうと胸が苦しくなる。

 河原って、たぶん昨日のあの河原だ。五十年前からずっとこんな景色を繰り返していたんだ。


「まぁ、貴族なんて皆そんなものなのかもしれませんね。ただ一人、右大臣を除いては……そうですよね、妖怪君」

 碧を見つめた忠邦さんはくすりと笑う。


「まさか、忠邦。お前……!」


「ええ。見させていただきました、貴方の過去を。奈都さんの夢を通して、流れ込んで来ましたよ」


 私の夢? 月夜に雪が降る夢。


「もしかして……」


「そうです。貴女が夢を通してのぞいた、妖怪君の過去の中に私もお邪魔させていただきました。奈都さんが見た夢に、河原へと降りた真面目そうな男がいたでしょう? 彼が道真公、そこにいる妖怪君の命の恩人ですよ」


「え、あれ? 道真さんって五十年近く前に死んじゃったんじゃ……」

 道真さんが碧の命の恩人って、どう考えてもおかしいんだけど。


「そうですね。既に太宰府で亡くなられています」

 ほらやっぱり!


「その人に拾われたって、碧は五十年前の人ってことなの?」

 そうするともしかして、碧も私みたいに時を越えてしまったのだろうか。


 質問ばかりの私に嫌気がさしたのか、仁太君が指を突き付けて怒鳴り始めていった。

「あーもう、理解の悪い女だな。さっきから俺らが、こいつは妖怪だって何度も言ってるじゃねぇか! 五十年前からいるようなやつがこんな若いわけが」


「仁太、うるさいです」


 さっきまでの勢いはどこへやら。忠邦さんにとがめられ、がっくりと肩を落とした仁太君はこっちが心配になるくらいに落ち込んでいる。



「ですが、まぁ仁太の言うことももっともなんですよ。五十年も若い姿を保っていられるなど、人外の者としか思えません。ですが」


「忠邦様っ、そうですよね!」

 今度はぱぁっと表情を明るくさせている仁太君。あんなにころころ表情を変えて疲れないんだろうか。


「妖怪にしては流れる気がおかしい。けがれているのに清い、何と言うかそんな感じです。こんなおかしな気を私は見たことがなかったですし、ずっと彼のことを不思議に思い警戒していましたが、夢を盗み過去を覗き見て、ようやくわかりました」


 風のないしんと静かな空間に、低い声が響きわたる。

「妖怪君、貴方は……」

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