忠邦と仁太
「おや、名前まで覚えていてくださったなんて光栄です」
「妖怪、てめェ! 忠邦様を呼び捨てにすんじゃねー!」
しんと静かな空間に響き渡ったのは、二種類の声。
それと同時に門の前へと男の人が二人現れていった。
二人とも真っ白な和服を身にまとっていて、それがどことなく神社の神主さんの服に近いような気がする。
時の進みが遅くなっている他の人たちとは違い、二人は私たちと同じように動けるみたいだ。
現れたうちの一人は、糸のように細い目をした和風顔の大人で、もう片方は私たちと同い年くらいのやんちゃそうな子ども。
親子や兄弟というには見た目も雰囲気も、まったくと言って良いほど似ていなかったし『忠邦様』と様付けで呼んでいるところをみると、少年は大人の付き人みたいな感じなのかもしれない。
「フン、アンタほどの力を持ったやつのことを忘れるわけないだろう。しかし、こっちのチビは誰だったか……」
碧はやんちゃそうな少年の方に視線を移していく。
少年は所々擦り傷があり、怪我でもしているのか手拭いで右目と右手をおおっていて、まるでケンカの後みたいな様相だ。
「誰がチビだコラ! 昨日の夜会ったばっかりだし、お前も身長似たようなもんだろうが! こちとら、昨日つけられたこの右目の傷と右手が疼いて仕方ないんだよ。どうしてくれる!」
ぎゃんぎゃん大声でわめく少年は、なんだか犬っころみたいで全然危険そうな人には見えないし、緊張感がないせいか辺りを包んでいたピリッとした空気が少しずつ薄れていく。
碧も、忠邦と呼ばれた人を警戒しているふうだったけど、少年に対してはずいぶんと余裕があるようで、少年がわめいた後、ふと思い出したような素振りを見せていった。
「あぁ、昨日の。だが、その怪我はお前が悪いんだろう」
「ええ、同感です。それは貴方が悪いんですよ」
なぜだか、忠邦さんまでにこにこ笑いながら碧の言葉に便乗している。
「んな! 忠邦様まで、ひどいっスよぉ……」
二人から責められている少年の落ち込みようといったら、そりゃもうすごかった。
あんなに元気な子がいきなりしおれて、半分涙目になるなんて。
こんなふうに漫画みたいに落ち込む人、初めて見た。
しおれて落ち込んでいる少年に、忠邦さんはさらに追い討ちをかけていく。
「相手の力量も図らず、中途半端に強力な呪詛を放つから、そうやって呪詛返しに遭うのです」
「うぐぐぅ、あれは、その、えと、すんません……」
忠邦さん、にこにこ笑顔で優しそうに見えるけどだいぶ手厳しいな。
そんなことを考えながら、二人に聞こえないように小声で碧に疑問を投げ掛けていった。
「碧、あの二人、誰?」
「あぁ、あいつらは……」
「おやおや、奈都さん。誰、とは悲しいですね。今朝お会いしたでしょう?」
嘘、信じらんない。あの人、この距離で今の声が聞こえちゃうの!?
それに何で私の名前を知ってるんだろう。
忠邦さんは袖を目元にやり、さめざめと泣いているかのように嘘泣きのしぐさを見せていく。
忠邦さん……今朝会った、って言ってたよね?
白い服を着て、細い目で優しそうで……強い。
――去ね、妖怪風情が
――おやおや。礼など良いのですよ。
あ、もしかして!
「今朝、山姥みたいな人から助けてくれた人?」
くすりと笑って忠邦さんは満足そうにうなずいていった。
「ようやく思い出していただけましたか。今や京は都とは思えぬほど荒れ果てていますし、どんな危険があるかわかりません。もう少々警戒心をつけましょうね」
「うっ、ごめんなさい」
叱られてしゅんと頭を下げると、そんな私の様子を見て彼は柔らかく笑う。
「わかっていただければよいのです。あぁそうだ、私としたことが自己紹介がまだでした。私と、隣にいる弟子の仁太はこの京で陰陽師をしています。私の名前は……そこの妖怪君が説明してくれたから大丈夫ですよね」




