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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第七章 天下の藤原氏
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碧の作戦

「奈都、ヤツの様子がおかしい。俺の後ろに隠れてろ!」

 左手を大きく横にだした碧は、私をかばうように一歩前へと出ていった。

 目の前には決してたくましいとは言えない、むしろ華奢きゃしゃな背中があり、亜麻色の長い髪が静かに揺れている。


 だめ、このままじゃだめだ。


「碧、逃げよう! 危険すぎるよ!」 

 今の平康さんはどうみても普通ではないし、いったい何が起こるのかも見当がつかない。


「あははは、逃げる? 私がそう簡単に逃がすとでも思うのか?」

 妖しげな漆黒の横笛を取り出してにたりと不気味に笑う平康さんは、大きく息を吸い込んだ後、笛に口を添えそれを吹き鳴らしていった。


 鳥が鳴き叫ぶかのような、割れんばかりの高音が辺りに響き渡る。

 そして、すぐに平康さんがこれから何をしようとしていたのかがわかってしまった。


「ちっ、これだから阿呆のくせに権力を持ったヤツは嫌いなんだ」

「う、嘘でしょ……」


 憎らしげに舌打ちをする碧と、絶望で血の気を失った私、そんな私たちをあざ笑う平康さん。


 笛の音を合図として、この部屋を囲むように屈強な武士たちが突如現れたのだ。


 京に着く前に襲ってきた山賊たちの比じゃない。

 あの人たちが遊びに思えるくらい、目の前の武士たちはレベルが違いすぎるというのが私でもわかる。


 剣を握る者や弓を構える者、筋骨隆々な男に、棍棒のようなものを携えた者……

 庭にまでその数はおよび、両手どころか足の指まで入れても数え切れないほどの人数がここにはいた。



「いかに予言の巫女と妖怪といえども、この強者つわものたちに囲まれては逃げることもできまい。お主らが消えれば、私の地位とこの国の素晴らしい未来は約束されたようなものよ。おい、この二人の首をとった者には褒美として富と地位を約束しようぞ」


 平康さんの甘い言葉に武士たちは不気味に口角を上げ、私たちの方にそれぞれの武器を構えていく。

 ゆらりとあやしく動く刀に日光が反射し白く輝いた瞬間、一人の武士がこちらに向かって駆けだしてきて。


「出世のためだ、悪く思うなよ!」

 刀を握った大柄な男が我先にと、碧の頭めがけて勢いよく刀を振り下ろしていった。

 あんな力の強そうな人に斬られてしまったら、碧はきっと助からない。


「危ない! 避けてっ!!」

「おいてめェ、抜け駆けすんじゃねぇ!」

「あはははは、消えろ! 妖怪が」


 混乱と欲望が支配する広い部屋の中。

 その中でただ一つ、場違いなほど落ち着いた声が聞こえた。


「まったく……愚かな」



 そしてすぐに、私たちの目の前で繰り広げられたのは

「うっ、ぐわぁぁっ!!」

 いつの間にやら真横をとっていた碧に、足と手を引っかけられ勢いよく転ばせられている男の姿。



「す、すごい……」

 速過ぎて何が起きたのかもよくわからない。

 あんなに体格の良い大人をひっくり返すだなんて、碧って本当は強かったんだ。



「あいつ、いったい何者だ!」

「ただ者じゃねぇぞ」

 武士たちはたじろぎ、一歩ずつ後ろに距離をとっていく。

 一方の碧はまるで一人だけ別世界にいるかのように、伏し目のまま静かに立ち尽くしていた。



「何者かだと!? あれは妖怪だ、早く殺せ! ぼさっとするな」

 慌てた平康さんは、武士たちをけしかけるようにわめき散らし、人差し指を振りかざしていく。

 


「やかましい……」


「殺せぃ!」


「やかましいと言っている! この阿呆が!」

 部屋の中に響き渡ったのは碧の怒号だった。


 あまりの迫力にびくりと身体を震わせたのは、きっと私だけではなかっただろう。 


 しんと静まり返った部屋。

 全員の視線が碧に集中していった。


 ゆっくりと口が開かれ、誰も想像つかなかったであろう言葉が次から次へと放たれていく。


「皆の者良く聞け。ここにおわすのは、かの有名な菅原の力を持った巫女である。巫女は啓示を受け、国が滅亡へと向かいつつあるということをここに知らせにいらっしゃったのだ」


 一斉に視線がこちらに向かう。

 一瞬ひるんでしまったけれど、ぐっと耐えて姿勢を整えすまし顔を(つくろ)う。

 そんな私の態度を見て、碧は静かに頷いていった。


 やっぱり、これは碧の作戦なんだ。

 慌てるな、ひるむな、ここで足を引っ張るわけにはいかない。



 冷静に、それでいて力強く碧は語り続ける。

 武士たちは、碧の話術に深く引き込まれているのか、動くこともなくその姿を黙って見つめていた。


「これより数日後、西に巫女の奇跡の力が形となって現れる。その日よりこの国は変化の時を迎えるであろう。能なし貴族や、くだらぬ権力の言いなりになるな。このまま日出ひいづる国、日本を滅ぼしてよいのか? 夜明けは来た、いまこそ虐げられた者たちが立ち上がる時ぞ!」

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