妖怪と真の姿
「ええ。喜んでお付き合いさせていただきます」
平康さんの誘いに碧はそう答えていたけれど、喜んでいるような顔には到底見えなくて。
それに『昔話をしよう』って平康さんは言っていたけれど、どう見ても昔話をするような間柄には思えないんだよね……
前を歩く二人の会話を気づかれないように盗み聞く。
「唐菓子があってな、ぜひにと思うた。お主もきっと気にいるはずだ」
「ありがたき幸せでございます。ですが、俺は昔から菓子は苦手なので。どうぞ平康様がお召し上がりになってください」
その言葉に平康さんは目元をひくつかせ、隣を歩く碧を睨んでいる。
「フン、数年前より見かけなくなったものだから、山にでも帰ったか、野垂れ死んだものかと思うておったのに」
「生憎、山に帰る家はございませんし、身体も丈夫に生まれたもので」
しんとした静寂があたりを包んでいく。
何だろう、このピリピリ感。
お互い顔も見ないで淡々と話を続けているし、話の内容も穏やかじゃないし、一触即発って感じだよ。
嫌い合ってるんなら、無理に関わらなきゃいいのに。
二人の様子を見つめながら、聞こえないように小さくため息をついていった。
――・――・――・――
「おお、この部屋がちょうどよい」
少しばかり歩いた後、平康さんはそう言って右隣りにある大きめの部屋へと私たちを通していった。
おおっ、すごい。この時代で初めての畳だ。さすが藤原一族は違う。
草のいい香りが辺りを包み、板張りとは違って足の裏も柔らかくて気持ちがいい。
意味もなく何度も何度も足踏みを繰り返していく。
そんな私の行動に気付いたのか、碧は呆れたような目で私を見てきて。
その視線に慌てて姿勢を直し、何事もなかったように顔をすましていった。
「さて碧よ。本題に入ろう……お主、何故この平安宮に戻ってきたのか」
平康さんは、視線も合わせず静かな声でそう言い放つ。
「何故、ですか。ただの使いですよ。それ以外に何の理由もありませんし、先ほど用事も終えたので既にここに用はありません」
「……ほう。あくまでしらを切りとおすつもりか。さて、いつまでそうやって平静を装っていられるかな。おい、お主はこんな話を知っておるか」
この部屋に入ってからというもの、平康さんの様子がおかしい。
碧と私を見るその目……それがまるで憎い敵を見るかのようで、声は感情がないかのように冷たい。
「こんな話、とは?」
厳しい視線に怯むことなく、碧は続きを促すように言葉を発していった。
にたりと満足げな笑みを浮かべて平康さんはこう話していく。
「妖怪や物の怪は真の姿を見破られ、その形を問われた時『違う』と嘘はつけぬものだという話だ」
妖怪? 物の怪? 話が突飛すぎてついていけない。
そう思って碧の方を見やると、うんざりしたような顔で平康さんの方を見つめていた。
「平康様、まさか俺が妖怪だとでも」
「とぼけるつもりか、この化け狐めが! 貴様の目的は一体何だ!?」
突然の大声にびくりと身体を震わせた。
平康さんの顔は怒りで真っ赤に染まり、眉は吊りあがって、目も血走っている。
碧が狐だって!? 意味わかんないよ!
確かに目は吊り目気味だしキツネ目に近いかもだけど、何をどうしたらそんな勘違いが出来るんだ。
碧も同じことを思っていたようで、失礼なことに深くため息をついている。
「まったく。狸や鬼にあきたら、今度は狐ですか。俺は狸でも狐でもありませんよ。俺の真の姿が狐なら、こうやって『狐ではない』と否定することは出来ません。これでわかったでしょう?」
「ぐっ……何故。碧、お主一体何者なのだ」
一歩ずつ後ずさりをしながら、平康さんはひるむ様子を見せていく。
狐ではないことは信じても、まだ碧のことを妖怪だと信じて疑わない、そんな様子だ。
「貴方が俺を目の敵にするのはわかります。何せ、貴方の亡くなった父上が生前俺を見て『道真の祟り』と、そう言ったようですから。ですが、俺は……」
「黙れ黙れ黙れぃ!!!!」
地団太を踏み、顔をさらに赤くさせて発狂した平康さんは、冷静さを失くし割れんばかりの大声で喚き散らしていく。
「この化け物早う正体を現せ! どうせ横のその娘も妖怪なのだろう。寄るな! こっちに来るでない、化け物めが! そこの娘、名を名乗れ!!」
「え、えええっ! 私!?」
どうしよう、いきなり白羽の矢が立ってしまった。
名乗ったら、ものすごい勢いで罵倒されそうだし、名乗らなきゃ名乗らないで、飛びかかられそうな勢いだし……。
ええい、こうなったら仕方ない!
「おい、名乗らなくていい」「菅原奈……って碧、止めるの遅い!」




