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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第七章 天下の藤原氏
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いつの世も美しくありたいと願う

 まさか、ここが?

 驚くままに足を止めてその場に立ちつくしていった。


 ウソでしょ? ここから先が平安宮だなんて。

 


「ねぇ、碧」


「何だ」


「まさか、ここがそうなの?」


 恐る恐る目の前の門を指差していく。

 明らかにこれがそうだとわかっていても、尋ねずにはいられなかった。


「ああ、間違いない。ここが平安宮の正門にあたる朱雀門すざくもんだ」

 混乱している私とは反対に、碧は何の感情も込めず静かに答えていく。


 目の前にそびえる門は朱色に塗られ、屋根もついている。

 まるで屋敷のような巨大な門は二階建てで、大きさは学校のプールよりももっと大きいような気がする。


 そんな大迫力の門は、きっと夕焼けみたいに綺麗な赤で塗られて輝き、美しくて堂々としていたんだと思う。

 実際に見たことはないけれど、きっと宮島にある厳島神社みたいだったんじゃないだろうか。


 綺麗だった、と過去形なのは、現在はそれとは全く違った姿を見せているからだ。


 日本の中心であり、天皇や貴族の住む平安宮への入り口であるにも関わらず、そんな威厳は一切なしで、先ほど町で見た門と同じように塗装がはげ、所々壊れていたり、泥や砂ぼこりがついたりしていて。


 漫画やアニメで見るようなきらびやかな平安貴族の世界からは程遠く、伊助さんのいた郡衙ぐんがの方がよっぽど綺麗に思えた。



「ここに貴族がいるなんて、想像できないや」

 苦笑いしながらそう話すと、碧は塗装がはげて砂まみれになった柱に手を当て、静かにうつむいていった。


朱雀門すざくもんはとうに荒れ果て、今やもう鬼や盗賊の住処すみかになっているとさえ言われている。門の修繕にすら気が行かぬくらいこの国の中心は荒れているんだ」


 いつもとは違う悲しげな表情を見せる彼に、返す言葉が見つからず、胸のあたりがぎゅうと切なくなった。

 碧はもともと京の生まれみたいだし、私とは違った特別な感情がきっとあるんだと思う。


 自分の住む国や故郷が荒れて、人の命が日に日に失われていく……碧はいったいどんな気持ちでこの町や門、京で生きる人々の姿を見ているんだろう。

 

 

――・――・――・――



 朱雀門をくぐりぬけ、平安宮へと足を踏み入れていく。

 『外』の世界とは違い、塀が張り巡らされ隔離された『中』の世界の方が、時間がゆっくり流れているようで余裕を感じられる。

 屋敷のような、神社のようなものが所々にあり、漫画で見たような平安貴族の衣装をまとった男の人がそこかしこにいるのを見かけた。


 荒れているとはいえ、さすがに貴族は民衆と違い、まだ良い暮らしをしているように見える。

 ほら、あそこの女の人だってのんびり座っているし。


 生け垣の隙間から、とある屋敷の中が偶然見えたのだ。


 ん。あれ、あの女の人……


「うそ! おばけ!?」

 驚いた私は思わず身体を震わせて声をあげ、とっさに碧の後ろへと隠れていった。

 何あれ! もう嫌だ、本当にやめて、おばけと雷は本当に無理なんだって!


「は?」

 呆れたように振り向く碧。

 

「あの屋敷の中にいたの! 真っ白な顔で歯がどす黒くて、口元だけ真っ赤でとにかく不気味なのが。どうしよう、呪われちゃうよ」

 平安京には鬼やもののけがいるって碧も言っていたし、あれがそうなのかもしれない、と身体を震え上がらせていった。


 ぷっ。


 え、今の音、何?


「あはははは! あれが化け物に見えるとは、お前も俺と同じでなかなか変わり者だな」

 吹き出すような音が聞こえたと思ったら、今度は碧が肩を震わせて高らかに笑っていった。


「え! あれ、おばけじゃないの?」


「ああ。あれはあの屋敷の娘だろう。なぜだか貴族の間ではあんな化粧がはやっているんだ」


「嘘、あれ化粧でわざとああやってるの!?」


 驚いたことに、この時代のおしゃれはあんな感じらしい。

 透き通るような白い肌を表現するため、顔を白く塗り、歯を黒く塗り、化粧のノリを良くするためだけに眉毛を抜いているのだそうだ。

 さらに髪の毛は自分の背ぐらいの長さがあるのが普通みたい。


 しかも碧に言わせれば、貴族の女性は相当臭い……らしい。

 お風呂もほぼ入らず、部屋に引きこもりの生活をしていたから体臭や生活臭がすごいみたいで、さらに部屋で臭い消しに強いお香を焚くもんだから、鼻が曲がりそうなくらいにすごい、と言っていた。


 時代が変わればおしゃれも変わるっていうけど、この時代のおしゃれは特に過酷だと思う。

 家から出ないで、髪も切らず、お風呂にすら入らない。

 しかも、笑うと厚塗りのおしろいにヒビが入るから笑うことすらできないなんて、とんでもなく不健康な生活だ。


 もう一度平安貴族の女性を見て、現代に生まれて良かったとひっそりと胸をなでおろし、少し前を歩く碧の後を追いかけていったのだった。 

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