二度寝
「……ふぅむ、なるほどね。そういうことだったんですか」
突然暗転して音の無くなった世界に、穏やかな声が響いていく。
まるでそれは、誰かが私の頭の中で直接話しかけているかのようで。
「貴女のおかげで良いことを知りました。それでは、ばれないうちにお暇するとしましょうか。また後ほどお会いしましょう、不思議な娘さん」
――・――・――・――
「ん……」
ゆっくりとまぶたを開いていくと自分の足と地面が見える。
あれ? もしかして私、座ったまま寝てた?
ここはどこなんだろう。
私、何をしていたんだっけ?
「気がついたか」
ぼんやりとした頭で考えていたら、隣からいつものように不機嫌そうな声が聞こえ、顔を上げてそちらを見やる。
声の主はやっぱり碧だった。
「私、寝ちゃってたの?」
状況から考えると、いつのまにやら私は眠ってしまって、そのまま碧の肩に寄りかかっていたみたいだけど……一体いつ、どのタイミングで寝てしまったのだろう。
そんな私の疑問を察したのか、碧はいきさつを話してくれる。
「忘れたのか? お前、ここで途中休憩を挟んだらそのまま寝てしまったんだ。なかなか起きないし、仕方ないから少しの間放っておいた」
休憩ですぐに寝ちゃった?
そんなこと今まで一回もなかったのに。
「えぇっ、それほんと? 朝も寝すぎたぐらいで、全然眠くなかったはずなんだけど。うーん、おかしいなぁ」
腕を前で組み、唸りながら考えていく。どう考えても変なんだよね。
だって京の町に来てから、途中休憩を挟んだ記憶も一切ないんだもん。
「そんなことで嘘をついてどうする。慣れない旅だし疲れがたまってたんだろ。さぁ、行くか。今度こそ絶対に俺からはぐれるなよ」
どうしてなんだろう。碧が目を合わせてくれない。
言葉は優しいけど、なんかちょっとイラついているような。
最初は私に対して怒っているのかとも思ったけれど、碧の場合そういうことなら直接言ってくるはずだ。
これは、何だろう。上手くは言えないけれど、自分自身に苛立って焦っている、そんな感じに見える。
もうすぐ平安宮だから、緊張でもしているのかな。
立ち上がった碧に続いて私も腰を上げていく。
「わかった。はぐれないように気をつけるね」
「ああ」
短く返事をして私を見た碧は眉を寄せた後、なぜだか少しずつ私の方に距離を詰めてきて。
「……え、ええと?」
思わず少しずつ後ずさりをしてしまう。
近づくだけではなく、碧はじっと私のことを見つめてきたのだ。
急にどうしたのだろう。この距離でそんなふうにじっと見られるとちょっと気恥ずかしい。
目線をそらして泳がせる。
「奈都」
「ちょ……っと碧、どうしたの!?」
ずっと黙っていた碧は私の名前を静かに呼んだ後、ゆっくりと左手を私の右頬の方に近づけてきたのだ。
いきなり意味がわからない。
もうちょっとで頬に触られちゃう。
そう思い、恥ずかしさからぎゅっと目を閉じた瞬間、耳元でぐしゃりと紙を握りつぶしたような音が響き渡っていった。
恐る恐る目を開けると、すでに碧は先ほどより後ろに大きく一歩、距離をとっていて。
「気にするな、ゴミがついていただけだ」
私の首元を睨みながら、碧は小さく舌打ちをしている。
ご、ゴミですか。
ちょっとドキドキして損しちゃったよ。
それにしても、たかだかゴミ一つでずいぶんと不愉快そうな顔をしてるなんて、変なの。
まぁとりあえず。
「とってくれてありがと!」
お礼だけは言っておくことにしよう。
両手をぱんぱんとはたきながら、ゴミを払いのける碧は静かに笑う。
「まったくお前は。あんな特大のゴミをどうやったら付けてこれるんだ。ある意味すごい才能だな」
うーん、どうしてなんだろう。
「才能って言われてるのに褒められてる気がしない」
「それはそうだろう。褒めてないし、俺は呆れてるんだから」
大きなため息をついてそう話す碧は、踵を返して歩み出していく。
むきーーっ!
何なんだよもう! さっきはちょっと優しかったのに、またイヤミ大魔神復活しちゃったよ!!
誰か、このイヤミを封印してくれたりしないかな。
「おい。何、睨んでる。早く来ないと置いていくぞ」
くるりと振り返った碧は、不機嫌そうに私を見てくる。
「はぐれるなって言っておきながら置いていく、って言うの、絶対おかしいと思う!」
負けじと私も碧のほうに向かって指を突き付けていった。
「はいはい。悪かったな」
「……絶対悪いって思ってないでしょ、それ」
深くため息をついて、急いで駆ける。
碧は歩くのが異様に早く、私は歩くのが異様に遅いため、このままぼんやりしていたら本当に置いていかれてしまう。
早く追いつかなきゃ。
碧の隣に着く直前、何か呟いていたようだったけれど、風の音にまぎれてよく聞こえなくて。
結局、碧が何て言っていたのかわからないまま平安宮を目指し、歩みを進めていったのだった。
――・――・――・――
――くそ。奈都のやつ、面倒なのに目をつけられたな……
ここからどう仕掛けてくるのやら。




