寒風冷雨
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――どうして?
――どうしてこうなった?
あの方が何をしたと言うのだ。
ただ純粋に学を深めた結果、国を治める地位になり、国を想って考えを語っただけ。
何が妬みだ、何が嫉みだ。
恩人が寝る間も削り、学に励んでいるのを知らぬくせに。
国のために情報を得ようと動き回っていることだって、お前らは知らぬくせに!
貴族たちから学者上がりとなじられようと、凛と胸を張って意見を伝えられるのは陰の努力があってこそ。
右大臣として認められたのは、才能があったからだけじゃない。
ろくに努力もせず他人と自分を比べ、彼を『天才』と呼んで嫉妬し、汚い手を使ってまで蹴落とそうとするなんて。
どうして人はこんなにも愚かなのだろう。
――・――・――・――・――
「碧、そう心配そうな顔をするな。水が清ければ、深い水底でも月の光が照らしてくれるもの。そうだろう? わたしもいつか無実の罪が晴れ、光の元に帰れるさ」
悲しげにそう笑う貴方を隣で見ているのが苦しくて、苦しくて。
つい数日前までは右大臣の地位にあった者が、傾きかけたこのぼろ屋敷の中で寒さに堪える生活を送り、日々の食事もままならないなんて。
他人にはない優れた知の力を持ち、精進し実力をつけた貴方は民を救おうとこれまで奮闘してきたのに。
それに対してこの仕打ちはなんだ。
能力はあれどその力を発揮する機会も不当に奪われ、天拝山で無罪と国家安泰を祈るしか許されぬなど……。
大好きだったあの強い瞳、光を見つめる優しい瞳。
突き付けられていく厳しい現実に、恩人の目から日ごとに光が失われていく。
たくましかったその手からも力が奪われ、だんだんとその体は細く、弱くなっていく。
そして、ついには床に伏せってしまった恩人は、窓の外の景色を見つめ、独り言のように語っていった。
「ここでの生活で目にするもの、耳にしたこと。その全てがわたしの心を痛ませる。こうやって吹きやまぬ風と冷たい雨に日々耐えていても、無罪は証明されぬ。なぁ碧……この国を救うため、わたしに出来ることはもうないのだろうか。病も悪化し終わりも近い。わたしはもうこの国には必要ない、そういうことなのだろうか」
俺は何も言えずにじっと彼の目を見つめていった。
想いを言葉にすることはどうやったって出来なかった。
むしろ、貴方のような方がこの国には必要なんだ。
貴方を失ったら、この国はますます迷走し朽ち果てていくのだろうから。
それを伝えたとしても現状は何も変わらないし、結局は気休めにしかならないだろう。
貴方の心を軽くさせる言葉を探し、それを伝える力があればよいのに、俺にはそんな器用なことは出来なくて。
それが悔しくて、苦しい。
うまく言葉に出来ない分、恩人の側に寄りその手に触れる。
『何があろうと、他人からどう思われようと、俺は貴方の味方です』
寒さで凍えた冷たい手に向かって、そっと想いをこめていった。
「碧、ありがとう」
苦しそうだが、どこか幸せそうに彼は笑い、俺の頭を優しく撫でていく。
その力の弱々しさに嫌でも終わりを予感させられる。
貴方はこの国に必要な人。まだ死んではいけないのです。
生きてください。民のためにも、俺のためにも、この国の未来のためにも。
弱りゆく貴方を見て、小さくうなずき一つの決心を固めた。
貴方がくれた俺の宝物。
それは素晴らしい時間と美しい名前。
今こそ恩を返す時だ。
俺の使命はきっと、民を苦しめる冷たい雨を止ませ、碧空を連れてくること。
すなわち無罪が証明され、貴方が京で活躍できるその日まで貴方を守り、この荒れた国の未来を豊かな青空で包んでいくことなんだ。
小さな体の俺にできることは少ないかもしれないが、決して諦めたりはしない。
貴方がくれた碧という名前、その名に恥じないためにも。
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