僧侶の頼み
「あぁ美味しかった。ごちそうさま!」
遅い朝食を食べ終わり、片付けが済んだところで足早に玄関へと向かっていく。
さっきは許してくれたけど、碧怒ってたりしないよね。
ずいぶん寝坊しちゃったしなぁ。
裏口の方の廊下は板張りが古いのか、歩くたびにきぃきぃと音をたてて軋んでいく。
軋みの音以外は鳥の声と風がそよぐ音くらいしか聞こえない。
きし、きし、きし、ぎし、ぎし……
静かな廊下にいつの間にやら似たような音がもう一つ。
どうやらその音は、曲がり角の向こう側から発せられているようだ。
向こうにいるのは碧だろうか、それとも源菖さんだろうか? そう考えていると、目の前の曲がり角をから姿を現したのは源菖さんで、なぜか彼は私を見つけるやいなや嬉しそうに微笑んでいった。
「あぁ会えて良かった。貴女を探していたのです」
「え、私ですか?」
「ええ、そうです」
源菖さんはいつものように、柔らかい笑顔を浮かべながら穏やかに話しかけてくれる。
やっぱりあの碧の育ての親っていうことに、ものすごい違和感があるんだよなぁ。
それにしても私を探してたって、どうしてなのだろう?
全然見当がつかないし、尋ねてみることにする。
「あの、私にご用事ですか」
私の問いに源菖さんは少し時間を置いた後、静かに私の目をじっと見つめ、また優しく微笑んでいく。
「奈都さん、碧をどうかよろしくお願いします」
「へ?」
今の、聞き間違いじゃないよね?
碧ををよろしく、って言ったの?
言われた言葉が意外すぎて、うっかり間抜けな声を出してしまった。
私に碧の何をどうよろしくするというのか?
頭の中には、はてなマークが右に左に飛び交っているけれど、源菖さんはそんなことを気にとめる様子もなく話を続けていく。
「碧は聡いぶん、苦しむことが多々あると思うのです。あの子には見えなくてもよい物、知らなくてよい事まで見えてしまう。ひょっとしたら、他人の心の奥までも見えているのかもしれません」
「は、はぁ……」
頭もいいし視野が広いのは知ってるけど、人の心まで見えるってそんな大袈裟な。
それに……
「碧をよろしくと言われても、私の方が碧にお世話になってるというか。お願いされても何もできないような」
苦笑いをしながら、みっともない現実を源菖さんへと伝えていった。
こっちの時代に来てから碧に助けられてばかりだし、実際私が碧の役にたった試しは一度たりともない。
源菖さんは腰をかがませて私の視線の高さに目を合わせ、優しく笑いかけてくれる。
「おや、そうでしょうか? 碧は確かに貴女に救われていますよ。屈託のない貴女の隣にいるあの子は、とても居心地が良さそうですし、本当に楽しそうにしていますから」




