想いはすれ違う
ん……
あれ、今のって碧?
それにさっきのおじさん、誰なんだろう。
どうしてかな。あのおじさん、すごく碧に似ているような、そんな気がする。
自信に満ちた態度と声、そして未来を見つめる強い瞳……
「……おい」
遠くから声がする。
「……よな?」
なんだよもう。もうちょっとで何かわかりそうな気がするんだから静かにして!
「いい加減起きろ、このねぼすけが!!」
「痛いっ!」
強烈な痛みがおでこを襲う。
飛び起きると、目の前にあったのは怒りマークをいくつも背負ったような超絶に不機嫌そうな碧。
人差し指を真っすぐ伸ばした碧のそのポーズとおでこの痛みから察すると、どうやら私はデコピンをくらってしまったらしい。
何でいきなりデコピン?
……もしや!!
はっとして慌てて外を見ると、とうに日が天辺に向かって昇りはじめ、辺りも完全に明るくなっている。
こ、これはまずい。
「なぁ奈都。昨日、俺が帰り際に言った言葉を覚えているか?」
甘く優しくそう言って、碧はにこりと笑う。
何も知らない女子なら、その笑顔一つで恋に落ちたかもしれないけれど、私にはその微笑みが嵐の前の静けさのように思えて震えるほどに恐ろしい。
「ね、寝坊するな、だよね……ご、ごめんね?」
あぁ、朝っぱらから碧の説教という名の雷が落ちるよ。
私、お化けと雷は大がつくほど嫌いなのに。
両手を顔の前で合わせ、涙でうるうると潤んだ目で碧をちろりと見上げながら恐る恐る謝っていく。
どんな怒りの言葉が飛んでくるのかと思いきや、碧は驚いたように目を見開いた途端、視線を逸らしてこほんと小さく咳払いをし、私に背を向けたまま廊下の方へと向かっていった。
あれ? これは、ずいぶんと予想外の反応。
「……まぁ、昨日は歩き通しだったし疲れてたんだろ。着替えて飯食ったら出発するぞ」
碧は廊下へと出る直前、独り言のようにそう話していく。
え、えぇえ! 嘘でしょ?
お決まりのお説教がはじまらないなんて!
いつもなら絶対に『俺の言葉を注意する前に、自分の態度に気をつけるべきなんじゃないのか?』とか嫌味が炸裂していくのに。
「ねぇ碧、何か変なものでも食べた?」
もちろん変な物なんか食べてないのは知っているけれど、普段と全然違う様子にそう聞かずにはいられない。
「……五月蠅い。時間がもったいないだけだ! 早く支度しないと、ここに置いていくぞ」
背を向けたまま、イラつき度最高潮な声で碧はそう話す。
あ、いつもの碧だ。
普段と変わらない碧の様子に胸を撫でおろしていった。
よく考えてみれば、イライラしている様子にほっとするっていうのも変な話だけど。
「置いてかれるのは絶対嫌だ! すぐ着替えるから待ってて」
慌てて支度をはじめていくと、廊下へ出ていった碧の深いため息が聞こえてくる。
何やら独り言を言っているようだったけれど、その声は小さすぎてよく聞こえない。
まぁ碧のことだからたぶん『奈都の怠け者』とか『これだから童は』とかそんな感じで、私への悪口でも言っていたんだろう。
じとっとした目で、碧の消えていった廊下を見つめていく。
碧め、今に見てろ。
いつもからかわれて説教されてばっかの私だって、やるときゃやるんだからね!




