表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第五章 過去を語る
26/94

天邪鬼と朱

 出会った時から文字が読めて、平安京の内部事情を知っている、か。

 どうしてだろう、何だかその言葉に違和感がある。


 もやつく心の正体を必死に探ろうとしていると、遠くの方から良く知った声が聞こえてきた。

「源菖様、ただいま戻りました」


 ちょっとしか離れていないのに、もうずいぶん長く会っていないようなそんな気がする。

 その声を聞くと安心で満たされ、何を悩んでいたのかどうでもよくなってしまった。


「碧だっ!」

 すっくと立ち上がり、源菖さんを置いて声の方に走っていく。

 板張りの廊下は、一歩二歩と私の足が当たるたびに、とたとたと軽快な音を立てていった。


「なんだ、この音は。やかましい……って、犯人はお前か」

 廊下の最後の角を曲がろうとすると、碧の声がクリアに聞こえてくる。

 まだ姿も見えていないのに、私が走ってきたことがばれてしまったようだ。


 ようやく玄関にたどり着くと、いつものように不機嫌そうな顔をした碧がいた。

 見た感じ怪我もなさそうだし、なんともなさそうだ。


「碧! 無事でよかったぁ。夜なのに出ていったって聞いて、心配したんだよ。明かりもないし、危険なんだからそういうのやめてよね!」

 座りながらわらじを脱いでいる碧の横に立ち、碧の頭上からとがめるようにそう言い放つ。


「今夜は月も出ていて明るかったし、俺の方は大事ない。それよりも、何故お前は起きている? 大人しく寝てろ、馬鹿」


「痛っ!」

 わらじを脱ぎ終わって立ち上がった碧は、トンと私のひたいを小突いて、横を通り過ぎていった。


 痛む(ひたい)を押さえて、碧の背中を睨みつける。

 人が心配しながら待っていたというのに、それを馬鹿……?

 誰が馬鹿だと、このやろう!


 後ろからタックルでもかましてやろうか、そんなことを画策しはじめていると柔らかな声が聞こえてきて、私の荒れた心を正常に引き戻してくれる。


「碧、そんな物言いでは貴方が損をしますよ。それに、気を抜くとすぐ言葉が悪くなるのは相変わらずなのですね」


 声のした方を見やると、源菖さんが微笑みながらゆったりと立っていた。

 そうだそうだ! 源菖さん、もっと言ってやって!


 そう心の中で、源菖さんを応援していく。

 碧は言葉も達者だし、並み大抵の人は口げんかでも負けてしまうだろうから。


 さて、碧はどうでるか。ちらりと碧の背中を見ると、意外なことに戦闘態勢な様子は見られず、見ようによってはしょんぼりとしているようにも見える。



「源菖様……」

 静かに住職さんの名前を呼ぶ碧。

 反省しているのかな、なんか珍しい。


 そんな碧の様子を見て、源菖さんはふわりと優しい表情になっていく。


「気を失った後なのにすぐ走ったりするのは心配だから、横になっていて欲しい。と素直にそう言えば良いのに貴方ときたら。ここに帰って来た時はあんなに奈都さんの身を案じていたのに、本当に貴方は天邪鬼あまのじゃくですね」


 え……?

 あの碧が私を心配?

 それってどういうこと?



「源菖様!」

 今度は苛立ちを含んだ声で、碧はまた住職さんの名を口にする。


「おお怖い。碧よ、そう睨むでない。嘘は言ってはいないでしょう? 彼女は夜には目を覚ますだろうとわたしが言うまで、貴方はおろおろと落ち着きなく動揺していましたよね。わたしは貴方のあんな姿を初めて見ましたよ。よっぽど貴方は奈都さんのことを……」


 袖を口元にあてて、源菖さんは楽しそうに笑う。


「げ ん し ょ う さ ま!!」

 からかうように話をしていく源菖さんに我慢ならなくなったのか、最上級にイラついた声を上げていた。


 珍しい。あの碧が、言いくるめられている。

 ちょっと、いやかなり貴重な光景だ。


「ふふふ。息子が可愛らしい娘さんを連れて久方ぶりに帰ってきたからか、嬉しくてついからかってしまいました。碧、奈都さん、お腹も減ったでしょう? そろそろ夕飯にいたしましょう」

 幸せそうに笑う源菖さんは、くるりときびすを返して来た道を戻っていった。



「あはは、あの碧も源菖さんには勝てないんだね」

 碧の背中に近寄りながら笑い声混じりでそう話していく。


「奈都、五月蠅うるさいぞ」

 碧は、私の方を見ようともせずにそう答えていった。

 いつもの憎まれ口も今は子どもの言い訳みたいで、何だか可愛く思える。


「でもね、ありがとう。心配してくれてたのはすごく嬉しかったよ。わかりづらかったけど」

 立ちつくした碧の横に位置取り、くすくすと笑いながら顔を覗き込んでいく。


「――っ!」

 目が合った途端、碧はびくりと震え小さく息を飲んで視線を外していった。


「あれ? 碧、顔赤くない? 風邪でもひいた?」

 帰って来た時は何ともなかったのに、今は顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染まっている。


「……ひいてない。赤くもない!」


「赤くないって鏡も見てないのに何でわかるの! ゆでダコみたいに真っ赤だよ。風邪じゃないのに顔が赤くなるなんて、もしかして碧……」


 私はいろんな可能性を考えて、一つの仮説を立てていった。

 あくまで仮説。

 だけど今日、一日一緒に過ごしてみて感じたことがあるんだ。


「違う、俺はお前のことなんて!」



「それってさ、日焼けじゃない? 今日はずっといい天気だったから焼けそうだなって思ってたんだ。女の私が平気なのに、男の子の碧だけが赤くなるって、何だかなぁって感じだよね。まぁ、悔しいことに碧って、色白だし仕方ないか」


 きょとんとした顔で碧は私を見つめていった。

 何て言うか、拍子抜け……って感じが全身から漂っている。


 そして、だんだんと肩を震わせていく碧は、最後に楽しそうな大声で笑っていった。

「日焼け、か。ははは! 奈都、やっぱりお前みたいなのは初めてだ。鈍くて、馬鹿正直で、最高に面白いよ」


「何それ! バカにしてんの!?」

 碧の言葉に突っかかっていく。

 鈍いとか馬鹿とか、毎度本当に失礼な男だな!


「いや、馬鹿になんてしてない、むしろ褒めてるんだ。素直で裏がない、そんなお前だから俺はきっと……」

 そう言ってふわりと優しく笑った碧は、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回し、満足そうに去っていったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしよろしければ投票お願いします→小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ