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天神祭~川に映る灯り~ 後編

 突然の告白の翌日、つまり夏休み一日目。

 私は天下の台所、大阪のとある駅にいた。


「ユカリ姉ちゃん、結婚するんだってね! おめでとう」


「ふふふ、ありがと。なっちゃんも早く素敵な相方ゲットせな」


 栗色髪でゆるふわパーマのこの人は山田ユカリ。

 お母さん方の歳の離れたイトコで、明るく元気なお姉さん。

 私はあることがきっかけで三年前からずっと、夏休みは必ず大阪のユカリ姉ちゃんちで過ごすと決めている。 


 だけど、それも今年でラスト。

 ユカリ姉ちゃんが結婚してお家を出ちゃうからね。



 そんなユカリ姉ちゃんがついさっき言った言葉『相方』

 その意味がわからず、私は首をかしげていった。


「相方? げっと?」


「何とぼけてんの! 白馬に乗った王子様、つまりボーイフレンドのことや!」

 満点のドヤ顔でユカリ姉ちゃんはそう話していく。


 うっ、それはこの時期にあんまり言われたくなかったよ。

 嫌でもあの人とカズキのことを思い出しちゃうじゃん。


 思わず顔が引きつって声も出なくなってしまう。



「あっ。なっちゃん、ごめん。この感じは、ええと……うん。男なんて星の数ほどおるし、そんな落ち込まんでええ。今年の天神祭は男探しやな!」


 ユカリ姉ちゃんは、ぐっとこぶしを握りそう言い放っていった。

 なんだか、フラれてしまったと勘違いされているようだけど、都合もいいのでこのまま黙っておくことにしよう。



 それにしても……天神祭、か。

 地下鉄の駅の壁に貼られた、祭のポスターを横目で見る。


 今年の天神祭は二十五日。あの日からちょうど三年になる日なんだ。


 何でかわからないけれど、この日までに会えなかったら、二度とあの人に会えないような気がする。

 二十六日の自分を思うと、天神祭の日が来るのが怖くなった。



――・――・――・――


 大阪に来てから数日。

 運命の日と決めたその日はすぐにやってきた。



「なぁ、なっちゃん」

 右隣から不安げな声が聞こえてくる。


「何、ユカリ姉ちゃん」


「何でお祭やのにそんな顔するん? せっかくの浴衣、似合ってんのに台無しやで」



 暗くなりゆく空と、人であふれかえる道、屋台から漂うソースの香りと、楽しそうなカップルの話し声。

 行き交う人々は誰もが笑顔で、この天神祭を楽しんでいるようだった。


 そんな中、ただ一人私だけが笑顔になれない。

 せっかくこのお祭りに誘ってくれたユカリ姉ちゃんの前で、こんな落ち込んだ顔見せたくないのに、どうやったって悲しいことが、苦しいことが我慢できなくなってしまう。


 夜の川を見ると、あの懐かしい日々を思い出してしまって、湧きあがる会いたい気持ちが抑えられなくなって……苦しくなるんだ。



「なっちゃん、具合悪いんちゃうか?」

 百合の花の浴衣を着たユカリ姉ちゃんが私の顔を覗き込もうとすると、突然真横から明るい声が聞こえてきた。


「あーっ、ユカリンやないの! アンタ結婚するんやってなぁ!」


 声のした方に顔を上げると、ショートヘアの女の人と赤ぶち眼鏡の女の人がいた。

 どうやら、ユカリ姉ちゃんの知り合いみたいだ。


「カナ、ミキちゃん! うわーめっちゃ久しぶりやな」


 カナ、ミキちゃんと呼ばれた女の人とユカリ姉ちゃんの三人は、どうやら学生時代の知り合いのようでわいわいと昔話に花を咲かせていて。



 そんな様子を見ていた私は、ユカリ姉ちゃんの浴衣の袖を引っ張ってこう言った。

「姉ちゃん、私具合悪いんじゃなくて、ちょっと人ごみに疲れちゃってて。先に帰っててもいい?」


「え? それなら一緒に帰ろうや」


「一人で帰れるから大丈夫。駅の場所もわかるし、人も多いから危なくないもん。何かあったらケータイに連絡入れるから、ね?」


「うーん、心配や」

 悩んでいるユカリ姉ちゃんの手を、カナと呼ばれた人がとっていった。


「なぁなぁユカリン、久しぶりやねんから、ウチらと一緒に話そうやー」


 続いて、眼鏡の女の人が話していった。

「空は暗いけどその子の言うように、人多いからかえって安心やと私も思う」



「そうだよ、ただ疲れただけだから平気!」

 にこりと笑ってそう言うと、ユカリ姉ちゃんも安心したようだ。


「確かに元気そうやな。じゃ、なんかあったらすぐ連絡してや」


「せっかく誘ってくれたのにごめんね。家でまってるね」

 ユカリ姉ちゃん、カナさん、ミキさんの三人に手を振って、下駄を鳴らし帰り道を急ぐ――


 ――ように見せていった。



 だって姉ちゃんの前で悲しい顔をしたくなかったし、まだ離れたくなんかなかったんだ。

 あの頃とずいぶん姿は変わってしまったけれど、懐かしいこの川から。



 静かな場所を探して一人漂う。 

 辺りの闇もだんだんと深くなっていく。



 私が訪れている、この天神祭。

 それは日本三大祭りの一つとされ、二日間にわたって開催される大阪の一大行事。


 ほこ流し神事で開幕し、神輿行列が練り歩く「陸渡御りくとぎょ」や水上パレードである「船渡御ふなとぎょ」、祭ならではの様々な催しが開催され、数え切れないほどの屋台が軒を連ねている。そして、この後には数千発もの奉納花火が大阪の夜の町を彩る予定だ。


 見どころ満載、大勢の人で賑わっているこのお祭り。

 皆それぞれ見たいものはあるだろうけど、特にお目当てとなっているイベントはこの後に行われる奉納花火なのだろう。



 だけど天神祭はそこらの花火大会や、イベントとは全然違う。

 本当は天神様に対してのお祭りなんだ。

 ここに集まって来た人でそれを知っている人は一体何人いるんだろう。


 何、熱くなってるの? って笑われてしまいそうだけど、私にとって天神様はそれほど特別な神様なんだ。


 そんな私の想いなんて誰も知らない。

 誰にも話したことなんてないから、当然と言えば当然だけど。



 川を見ながらぼんやりと過ごし、ふと時計を見ると十九時半前……もうすぐ花火が上がる時間だ。

 川岸には人がこれでもかと詰め掛け、今か今かとその時を待ちわびている。


 そんななか私は、祭を楽しむ騒がしい声を遠くに聞き、静かなこの場所で夜空をひとり見上げていった。



 花火開始のアナウンスらしきものが聞こえ、騒がしい声がしんと静かになっていく。


 あぁ、花火が始まる。



 もったいつけるような静寂をかき消し、打ち上げの火薬の音が響き渡っていく。

 すぐさま真っ暗な夜の空を割りながら一すじの光が昇り、そして……弾けた。

 少し音のずれた爆音と共に、青緑色をした大輪の花が咲いて、ぱちぱちと音を立てて消える。


 華やかに花開く姿はほんの一瞬で、留まることなく儚く散って消えていく。

 まるで、最初から存在していなかったかのように。


 その色が、そのさまが、会えなくなったあの人に重なった。

 視線を落とすと、ゆらめく川に映る儚く美しいそのあかりが、滲んで見える。 


 あの人は本当に存在していたのかな?

 長い時間を越えたせいか、そこすらあやふやになってしまうけれど、もうそんなことを考えたって仕方ない。


 どちらにしても、貴方にはもう二度と……逢えないんだから。




 ねぇ、どうしたらいいの?


 この寂しさからくる苦しみを抑えるには。

 ぽっかりあいた胸の穴を埋めるには。



 誰か教えて。


 あの人を愛しいと、会いたいと思う、この気持ちの消し方を。



 お願いだから、教えてよ……



 花火が弾ける音がするたびに、抑えてきた気持ちがあふれだしていき、涙が止まらなくなる。

 これ以上涙をこぼさぬようにと、私はその場にしゃがみこみ、静かに目を閉じていく。


 目を閉じると三年前のあの日々のことが鮮明に蘇ってきて。

 余計に胸が苦しくなった。

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