表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第二章 謎の少年
11/94

身を慎め

 青々とした草木の匂いを運ぶ風と、繋いだ手から滲むじっとりとした汗。

 遠くから聞こえる蛙たちの大合唱に、優しく道を照らす月の光。


 知っているようで、まるで知らない。懐かしいようで、はじめて感じる新鮮な風景だった。


 平安時代の夜って、こんなに暗くて静かなんだ……


 日暮れからそう時間はたっていないはずなのに、歩む砂利道は薄暗く、人どころか動物の気配すらない。

 電気がないとは、こういうことなのかと実感する。


 右隣を歩む碧は無言のまま、夜空を見上げ歩いていた。

 ポニーテールみたいにくくられた、亜麻色の長い髪も、青緑色をした瞳も、滑らかな肌も、月明かりにふんわりと照らされ、人とは思えないほど、それはそれは綺麗で。

 言葉をなくし、思わず見とれてしまう。



「おい、俺に言いたいことがあるなら、はっきり言え。帰り道どころか、話す言葉すら忘れたか?」


 見つめていたのがバレてしまったようで、睨むように目線だけ私の方に向けた碧は、不機嫌さを交えてそう話していった。


 あぁ、綺麗な花にはトゲがあるって、本当によく出来た言葉だな。

 

「うわぁ、感じ悪~い」

 碧の態度と言葉に思わず、心の声が漏れてしまう。


「感じ悪いだと? ここに置き去りにしたっていいんだぞ」


「うわ、ごめんごめん! 碧、ごめんって」

 睨みつけてくる彼に慌てて謝罪の言葉を重ねていった。

 ここで置き去りにされるなんて、考えただけでも恐ろしい。


「フン、俺だから許してやるが……お前、言葉は慎めよ。それから態度も改めろ。命がいくつあっても足りなくなるぞ」



 言葉は慎め・態度を改めろ・命がいくつあっても足りなくなる、ってつまり……


 『俺に逆らったら死ぬぜ』ってこと?


 それって、ドS以外の何者でもないじゃないか。

 私は、想像以上に面倒な人に出会ってしまったのかもしれない。



「あのさ、それってまさか、様付けで呼んで、敬語で話して俺を敬え! そうじゃなきゃお前は死ぬぜ、的な感じなの?」

 恐る恐る様子をうかがう。

 下手に出るのは嫌だけど、碧からドSを全開にされるのはもっと嫌だ。


「この阿呆。違う! 俺に、ではない」

 苛立って、呆れた様子で睨まれた。


「じゃあ、どういうことなのさ」

 まったくもって、わけがわからない。

 口をとがらせてそう聞くと、碧は大きくため息をついて話していった。



「お前は何もかもが軽率すぎる。言動も、態度もだ。俺はこれでも郡司ぐんしの下で働いているし、かつては在庁官人ざいちょうかんじんとしての役目を果たしていたこともある。本来は、身内でもない平民が気安く話すことは許されぬ。そのような立場にいるんだぞ」


 難しい単語が並び過ぎていて、頭の中が考えるのを拒絶し始めた。

 途中から碧の声をシャットアウトする自分がいるのがわかる。

 そんな私に構わず、碧はイライラした様子で話を続けていった。


「普通、衣装の質で平民ではないと気づくものだろうが。俺だからよかったものの、他の官吏に同じようななめた口聞いたら、どうなると思っている」


 はっ、しまった。

 途中からわけわからなくて、ぼうっとしてた。

 何か、何か言わなければ。


「へぇえーすごいねぇ、その歳で働いているの? ぐんし? とか、ざいちょうなんとか? とか、凄そうだもんね。碧、すごいよ、本当に頭いいんだね。あ、それとも……強いね、かなぁ?」


 どんな仕事をしているのかさっぱりわからないけれど、とにかく褒めておけば、きっとなんとかなるだろう。



「おい……なぜそうなる。お前、適当に答えてるだろう」


 やっぱり、なんともならなかった。

 褒め倒す作戦は見事に玉砕してしまった。


 ごまかし笑いをする私を見て、呆れたようにため息をついた碧は急に、真剣な鋭い目で私を見つめていった。

 威圧感のようなものを感じた私は、笑いも消えて碧のことをじっと見つめていた……というよりあまりの圧力に、視線を逸らすことすら出来なくて。



「わからないようだから、はっきり言うぞ。己の立場をわきまえ、決して目上や貴族に逆らうな。俺は貴族だの平民だのと分けるのは好かないが、俺のような考えの者はごく少数。平民は貴族の暮らしのために働き、死んでいく。馬鹿げたことだが、これが変えられぬ世の流れというものだ。お前も死にたくなければ、身を慎め。平和ボケした貴族どもにとっては――――」



 はっきり言われて、ようやく碧の言いたいことがわかった。

 ここは平成の世の中じゃない。

 絶対的な身分の差があって、逆らってはいけない人がいる。

 警察も裁判所もないし、守ってくれる人や法律なんてない。

 自分の考えなしの行動が命の危険につながるんだ。


 さっきの碧の言葉がよみがえる。



 平和ボケした貴族どもにとっては――――



 ――――自らの手を汚さずにお前の命を奪うことなど、宮中で歌を詠むよりもずっと簡単なことなのだから。



 家に着くまでの間じゅうずっと、この言葉が呪いのように頭にこびりついて、いつまでも離れてはくれなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしよろしければ投票お願いします→小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ