夏の夜
「帰る家がないのなら今晩は俺の家に来い。そこで、明日からの身の振り方について考えよう」
月明かりしか光のない真っ暗な闇の中で、碧は困ったようにそう話していった。
「ありがとう、ごめんね」
申し訳ない気持ちになる一方で、このまま放り出されなかったことに心から安堵する。
「別に気にしなくていい。俺も昔同じように救われたんだから」
碧はそっけなくそう答えて、静かに月を見上げていった。
優しい風が、私たちの頬を撫でる。
風になびく髪と、ビー玉のように澄んだ綺麗な瞳。碧の横顔がなんだかとても悲しく見えて、これは踏みこんではいけない話なんだと直感的にわかってしまった。
聞きたいことはたくさんあったけれど、それ以上何も聞くことなんて出来ないまま時間だけが過ぎていった。
小さく息を吐いて、碧は呟くように話していく。
「いつまでもこんなところにいたってしょうがない。帰るぞ」
ここは暗いし、休めないし、碧の意見には確かに賛成だけど……
「ちょっちょちょ、ちょっと待ってよ!」
「何だ?」
「何だ。ってこれ、手!」
右手を上にあげていくと、それに吊られるように碧の左手も持ち上がっていく。
「手がどうした? この暗闇ではぐれられたらもう探せないし、探してやる気もない。それに手が嫌なら、縄をお前の手や腹にくくりつけたっていいんだぞ」
「ねぇ、なに物騒なことさらりと言ってんのさ、それは絶対にだめ!」
縄だなんてそんな、犯罪者とか犬みたいな扱いをされるのは断固拒否!
でも、だからと言ってこれはちょっと……デートみたいというか、なんというか。
もごもごと口ごもる私を、不思議そうな様子で見ていた碧は、ふと何かに気づいたようで、にやりと口角を片方だけ上げていく。
「あぁ、なんだそういうことか。安心しろ、俺は色気のない童に興味なんて、これっぽちもないから。お前自意識過剰、だな」
私を得意げに見下ろして、ふんと鼻で笑う。
「い、色気がないだとう、そんなん昔から知ってるよ! それに、さっきから私のことわらべわらべって言うけど、あんまり歳変わんないじゃん」
やっぱりこいつのこの上から目線、超むかつく!
だけど、悔しいことに確かに碧は綺麗だし、上手く言えないけれど、不思議な色気がある。
もはや『かっこいい』を通り越して『美しい』、『色気』というより『妖しさ』の域に達している気がする。
それに比べて、アホだとか、ズレてるとか言われる私に色気なんてモノ、あるはずがない。
それは自分でも承知している。
でもまぁ、承知していても、自分でわかっていることと、人から指摘されるというのはまた別物なんだよ。……気持ちの問題的に。
「童扱いされて、すぐむきになるようなところが童だと、そう言っているんだ。本当に面白いやつだな、お前」
くすくすと碧は、小馬鹿にするように笑っていった。
くそう。向こうのペースにまんまと乗せられている気がする。
あぁ、私のばか。
『帰るぞ』と不意に繋がれた手のその温かさと力強さに、思わずときめいてしまった過去の自分を、全力で殴ってやりたくなった。




