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天神祭~川に映る灯り~ 前編

平安時代編に入るまでは、六話ほどお時間頂きます。

※第一話のタイトルはエッセイ村企画で、くまくるの様より頂いております。関西弁指南もお願いさせていただいております。ご協力感謝いたします。


 夏、と言えば何を思い浮かべる?


 夏休み、海にプール、キャンプ、それにバーベキュー。

 スイカだとかそうめん、かき氷なんかもあるし、カブトムシや、蝉なんかも夏っぽい。

 台風や、蒸し暑さを想像する人もいるかもね。


 それに夏ってさ、きっと楽しくて、わくわくする思い出が多いんじゃないかな?



 どうしてそう思うのか、って?

 だって、私もずっとそうだったから。


 だけど、中三のあの夏……あの人と出会って以来、私の中で夏のイメージはがらりと変わった。


 あの日からずっと私の中での夏は、出会いと別れの季節で――



 ――切ない恋の季節になったんだ。




――・――・――・――


 眩しいほどに輝く太陽、暑苦しい風、じっとりとした汗のせいで、制服と前髪が体にへばりついていく。


 疑いようもなく、夏。


 そんな夏日の暑苦しさに耐えながら、私は人を待っていた。

 幸いなことにここは体育館裏だから、まだ日陰で涼しいけれど、蒸し暑いことには変わりない。



 アイツ、何なのさ。

 人を呼び出しておいて、待たせるなんて。

 もう、忘れたふりして帰ろうかな。



 そう思って顔を上げると、私を呼びつけた張本人が走ってこちらにやって来る姿があった。


 ようやく来た!



「遅いよ!」


「悪い悪い、ヤマセンの話が長引いて」


「あーそういやカズキ、山口先生のクラスだったもんね」


 苛立ちから、視線も合わさずに私は刺々しい声色でそう返していった。


「うっ……ごめんって! 怒ってる?」


 坊主頭を、きまりが悪そうにガシガシとかいている目の前のこいつは、カズキ。


 カズキは中学生の時から同じ学校で、態度もでかいし、意地悪だし、優しくもない。

 いつも上から目線で、私のことを年下のように扱ってくるムカつく男。


 『そういう所が男らしい』とか『不器用な優しさが~』とか言う女子もいるけど、私はその意見に対して全力で異議を唱えたい。


 本当に優しい人は、本気で雷を怖がってる人をリアルタイムで笑ったりなんかしませんからね。

 本当に男らしい人は、そんな人の失敗を数年たった今でも、皆の前で楽しげに話したりなんかしませんからね!




「怒ってるか、って? そりゃ怒ってるよ! こんなとこに呼び出したりなんかしてどうしたのさ。私に告白でもするつもり?」

 口をとがらせて、目の前のボウズにそう言った。




 今日は終業式の日で、明日から私たちは高校生活最後の夏休みを迎える。

 どこまでも無計画な私は、大量に出された夏休みの宿題も、授業で作った小さな棚も、ロッカーに残しっぱなし。

 一回で全部持って帰れるのか、ちょっと心配になるくらいだ。



 教室には、ユウコも待たせてるし、ロッカーの中だって整頓しなきゃいけない。

 そんな私がなぜこんなところにいるのかと言うと、目の前にいる男、カズキに理由も伝えられないまま突然、体育館裏へと呼び出されたのだ。



 正直、こいつに呼び出しなんかされて困ってる。

 それに、何で呼び出したのか、理由くらい聞かせてくれたっていいじゃん。



 そう思っていたから、苛立ちを前面に押し出して、『告白なのか?』と尋ねてみたのだ。

 だって、カズキが私を好きだなんて、天地が引っくり返ったってあり得ないからね。



 いつものように『バカじゃねぇの』と帰ってくると思ったんだけど、意外なことにカズキは急に不機嫌な様子になって、声を荒げ出していった。


「おい奈都なつ、お前は鈍すぎなんだよッ!」


 な、なんだとう!

 せっかく時間をさいてここまで来たのに、その言いぐさはなんなのさ。


「鈍いだとか、何も出来ないバカだとか、カズキはいつもそうやって私のこと見下してばっかり! わざわざ呼び出して言いたかったのは、それだけ? もういい、帰る!」


 なんなの、カズキのやつ。

 こんなとこまで来て損した。

 さっさと帰ろう。帰ってユウコにこのことを報告して、いっぱい愚痴ってすっきりしよう。



 カズキに背を向けると、後ろから声がかかる。


「どうして、どうして、そういうこと言うんだよ! おれはお前が……えぇと、お前が……」


 何なの、カズキらしくない。もごもごしちゃってさ。



「言いたいことがあるなら、早く言ってよ。ユウコが待ってるの!」


「おれは、お前のことが、す、すすす」


「す?」


「好き……なんだ! たぶん」


 顔を真っ赤にさせて、カズキはそう言った。

 こんなもじもじしたカズキ、見たことない。

 それに、カズキに対してこんなに意識しちゃって、動揺する私も未だかつてない。



「た、た、た、たぶん、って何!? それほんとに好きなの?」


 頭のなかが、ぐちゃぐちゃでわけがわからなくなって、とにかく普段通りに話そうと必死になる。



「ほんとに好きだ。高校に入った頃から、奈都のことが急に気になりはじめて……それで、お前は俺のことどう思ってんだよ?」


「え、ええっ!? 私? 私は……」


 正直、友達だと思っていたし……というか、友達と思っていたのかさえ怪しい。


「他に好きなやつがいんのか?」

 眉を寄せて、カズキは私のことをじっと見てくる。


 私の、好きな人。


 いつも偉そうで、人を小馬鹿にしたように話してくるけど、本当は誰よりも優しくて。

 頭が切れて何でも知っているくせに、料理はとてつもなく下手っぴ。

 不機嫌そうな顔してばっかりだけど、笑顔がすごく可愛いあの人。



「いる……よ、好きな人。でも、もう会えるかすらわかんない」

 突然会えなくなってからようやく気づいた、貴方のことがこんなにも好きだったって。

 でも、今更もう遅い。


「会えるかわかんない? そんな他人みたいなヤツのことなんか忘れちまえばいいじゃん」

 カズキはそう言って近づいてくるけれど、私は背を向け、うつむいていった。


「それでも! 好きなの、忘れられないんだよ」

 私を変えてくれた人、私に夢をくれた人……そんなあの人を忘れたくなんかなかったんだ。



「わっかんねーな、そんなヤツのどこがいいのか。もしかして、お前。会えないかもしれないヤツのことを、これからもずっと好きでいるつもりなのか?」

 後ろから聞こえてくる声は、どこまでも呆れきったような声だった。



 私だってそのことをずっと悩んで、ずっと考えてきていた。

 会えない人をいつまでも好きでい続けたって仕方ないんじゃないか、この恋が実ることはあるのかって。


 結局、考え抜いて私が出した結論は……


「ずっと好きでいるつもりだった。最初は、ね。でも……今年の夏が終わるまでにもしその人に会えなかったら、もう諦めようと思ってる」



「そっかそっか」

 そう言うカズキの声は明るく、私の沈んだ気持ちとは正反対で。

 私のことを好きになってくれているのは嬉しいけれど、なんだかとても悲しかった。


「じゃあさ、奈都。夏休み明けにまた、さっきの返事くれよ。今返事聞いたらフラれちまいそうだしさ」


「うん。返事待たせて、ごめん」


「いいよ、俺のためにも今は保留ってことで。じゃ、またな」

 カズキは、足音を軽やかに響かせて去っていく。


「この夏で、最後……」

 残された私はぽつりと呟いて青い空と茂る木の緑を見上げ、一人静かに風に吹かれていったのだった。

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