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なろう的童話シリーズ

藤七と畜生と

作者: 風木守人
掲載日:2013/02/04

時は江戸。

徳川綱吉公の御時である。

江戸の町に変わり者の男がおった。


男は魚屋の小倅(こせがれ)で、名を藤七とうしちと言った。

藤七は幼少の頃から魚の(さば)き方を仕込まれた。

そのためか、いつしか藤七は命を軽んずるようになっておった。


目障りだと虫を叩き殺し、

五月蠅(うるさ)いと鴉を絞め殺し、

鬱陶(うっとう)しいと犬を蹴り殺した。


生類憐みの令が出され、久しい。

いつか御上(おかみ)の目に触れるのは火を見るよりも明らかである。

あるいはそんな時勢に逆らう事をも喜びとしておるのか。


藤七の父は息子の身を案じ、旧来の親友に相談した。

「何とかならないものだろうか」

その親友は快く承諾し、その小さな体をゆすってどこかに消えていった。


ある日の午後、藤七は縁側におった。

今日も今日とて、柱に止まった羽虫を意味もなく殺しておった。

そんな藤七を、偶然通りかかった近くの寺の和尚が見とがめた。


「これ、これ」

和尚は常々、藤七が無益な殺生をする事を(わる)う思っておった。

「虫にも五分の魂があるという。命をそまつにするでない」


和尚は続けて、仏の教えを説いた。

「それに、前世ではお前のご先祖様であったやも知れんのだぞ?」

対する藤七は、それに臆するどころか大笑いして答えよる。


「はっはっは、虫に五分の魂があるのなら、人間様には千丈万丈あらぁ」

「命に大小はあれど、軽重はない。いずれ(ばち)が当たるであろう」

和尚はそう言うと、溜息を残して去っていった。


さて、そんな藤七にも、一匹、可愛がっている畜生がおった。

祖父の代からこの家に厄介になっておる老猫(ろうびょう)で、名を佐助さすけといった。

賢い猫で、幾許(いくばく)か人語を解しているようでもある。


藤七は膝の上で丸くなっている佐助をなでてやっていた。

「人が人を殺すのが浮き世だ。犬畜生を憐れんでも、仕方あるめぇ」

佐助はあくびをしながらも、困ったように鳴いておった。


そんなある日の晩。

草木も眠るという丑三(うしみ)つ時。

藤七は小用をもよおし起きた。


行燈(あんどん)片手に(かわや)へのみちすがら。

藤七は奇妙な音を聞いた。

ぶーん、という何かが小さく振動するような音であった。


「はて、幽霊でも出よるか」

藤七は少しだけ怖くなりおったが、すぐに思い直した。

「はっ、俺様人間様にゃあ千丈万丈の魂があらぁ」


小用を足した藤七は(かわや)から出て気付く。

ぶーん、ぶーん、という低い音が辺りに満ちておったのだ。

そしてそれはだんだんと大きくなっていき、ついには肌に波風を感じるほどにもなった。


それは小さな小さな羽虫だった。

「なんでぇ、驚かしやがって」

藤七は急に気が大きくなったと見えて、ふんぞり返りよった。


「人間様には千丈万丈」

そう鼻で笑った藤七は、ようやく気付いた。

羽虫の割には音が大きすぎやしないか、と。


「確かに、我々の命は小さい。しかし、それが億兆集まれば千丈万丈をも超えよう」

行燈あんどんが照らす闇の一部が急に落ちくぼんで来よった。

いや、そう見えるほどに大量の羽虫が、藤七の周りに現れたのだ。


「貴様に潰された命の恨み、ここで晴らさでおくべきか!」

その声が合図になって、羽虫がいっせいに藤七に襲いかかった。

一匹一匹が小さく弱い羽虫だが、目に口に耳に鼻に入られてはたまらない。


藤七は口と耳に入った羽虫のせいでうまく息が出来ず、涙を流した。

もはや目は見えず、音も聞こえん。

「誰か……誰か助けてくれぇ!」


藤七は必死で叫びよったが、こんな夜中には人っ子一人おらん。

ついに、藤七は自分は死ぬのだとすら思うた。

「ああ、殺生なんぞするんじゃあなかった」


その時だった。

何か黒い陰が躍り出て、藤七の落とした行燈あんどんを蹴りよった。

その火が周りに燃え移って、周囲が昼のように明るうなった。


炎におびえたのか、あんなにおったはずの羽虫たちは一匹たりといなくなっておった。

「ああ、ああ……」

炎を背景にちょこんと、黒い猫が座って藤七を見ておる。


「佐助か……おめぇ……」

返事をするでもなく、その黒い猫は長い尻尾を二三度、ゆらりと振った。

藤七は安心して、気を失いよった


藤七は夜明けに目を覚ました。

「あれぁ、夢だったのか?」

そう思って藤七はがしがしと頭をかいた。


その手に、髪の毛に混ざって幾匹かの羽虫がついていた。

「……面妖(めんよう)な事もあるもんでぇ」

藤七はそう言って鼻を鳴らしたが、いつものように笑ってはいなかった。


その日から、藤七は無駄な殺生をせんようになった。

それどころか捨て猫や捨て犬を拾っては、飼い主を探してやる始末。

藤七に変なものでも憑いたのではと、和尚が(うたご)おたほどだった。


一方、その様子を見た藤七の父は満足げにうなずいておった。

「あんさんに頼んでよかった。よかった」

そう言って友人に、先日上がった初ガツオを出してやった。


「どうだ、うまいか」

返事もせず友人は、小さな体を揺らしながら、それを嬉しそうに食べておる。

その尻尾の影は、確かに二股に分かれて見えた。


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