一粒と三片
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感想を寄せてくださった方、ありがとうございます!!!
あんまり間を空けず投稿できるようがんばります。
さて、いよいよ「あの男」登場です。
マルモア王国宰相アガイル。
王女さまのお陰で名前を思い出しましたよ。
栗色の髪に焦茶色の瞳。黄土色の肌。
どちらかというと地味な色彩はとても見覚えのあるもので。
前髪のクセとか、光が射すと金茶色の交じる瞳とか。
長身なとことか(あたしも女性としては背が高い方だ)、無表情な時の
能面顔とか(鏡をみているようだ)。
もうヤだよ、この男。なんでこんなに似ているんだ!!!
宰相さまと亡くなった母さまが一緒に過ごした夜なんて、きっと数える
ほどしかないはずだ。
ここで普通なら、あたしは「本当に宰相サマの子どもか?」と言われても
不思議はないのだけど。誰も言いやしない。
宰相さまには他に愛する女性がいたのだから、母さまにだって他に誰か
いたって良かったはずだ。いやむしろ、その方が絶対いい。
「貴女の本当のお父さんは・・・なのよ」という展開でエルミヤの商人
でも役人でも、いっそ山の民でも異国の民でも登場して欲しかったよ。
この男が父親よりは断然マシだったはずだ!
しかし悲しいかな。宰相さまと私の親子関係を疑う奴はいない。
前から見ても横から見ても後ろから見てもソックリなんだそうだ。
もちろん性別や年齢の違いはある。
でも宰相サマの若い頃を知る人に言わせると、私は宰相サマを二回り
くらい小さくして女性化するとこうなる!という姿そのままなんだって。
うわ~嫌だ!嫌すぎる。
どうして母さまにちっとも似なくて「この男」ばっかりに似たんだ!
小柄で可愛い感じの母さまに似たかったよ。
でもって宰相サマに「本当に私の子か?」と疑われて、縁切りされた方が
いっそせいせいしたよ。
*** *** *** *** ***
「久しぶりだな。変わりないか」
「お陰さまで。宰相さまもお元気そうで何よりです」
マルモア王国宰相とエルミヤ北方辺境伯代理。
2年ぶりの親子再開なるも、お互いに台詞が上滑りしている感じだ。
サヤは5年前に母親を亡くした時から、宰相を父と呼ぶのを止めていた。
代わりに将軍さま、そして現在は宰相さまと呼んでいる。
そんな心の距離感に宰相は気づいているだろうが、何も言わない。
当然だ。何も言う資格はない、とサヤは思っている。
この男から「サーヤ」と呼ばれたことは一度としてない。
もしも今、気まぐれか戯れにもそう呼ばれたとしたら、サヤは恐らく
身の内に沸き起こる怒りを抑えることができない。
「エルミヤでの活躍は聞いている。
よく北方の荒れ地を治めているようだな」
(もはや荒れ地ではありません。母さまと母さまの意志を継ぐ者たちの
手で少しずつ、穏やかな住まいに変わりつつあります)
しかし、サヤの口から出たのは「恐れ入ります」の一言だけだった。
心にもない謝辞などいらない。欲しいのは都代理の承認書が一枚。
それから叙爵のための女王拝謁許可。
それさえ手にすれば“優しい女王さま”とその“恋人”を二度と煩わしたり
しない。辺境伯には年2回上京して領地報告を行うことが求められるが、
代理でも構わない。これを最後に生涯都の石畳を踏まないとしても
サヤ的には全然問題なし、だ。
「お前の正式な辺境伯就任を承認しよう。まだ若いし経験不足は否めない
が、正面切って反対する者も…できる者もおるまい」
「ありがとうございます」
内心、(当然!)と思いつつも、サヤは深く頭を垂れる。
冬の4カ月間は確実に雪と氷に覆われる寒冷地。
土地は貧しく、これといった産業もない。
北に広がる高山地帯には十以上の山岳少数民族がいて治安が怪しく、
さらに不確定な国境線ゆえに異民族の侵入を受けやすい
…そんな領地、中央にいる誰も欲しがらない。
若かろうが経験不足だろうが、国境紛争という外からの危険や領民の不満
という内からの危険を“王都の迷惑にならないように”抑えていられれば
それでよい、そう判断されているのだろう。
「来週初めに女王陛下が親しい者を招いた音楽会を催す。
お前も出席するようにと、お心遣いをいただいている。
粗相のないように参上しろ」
「音楽会、ですか」
「そうだ。都に知り合いの少ないお前のために重臣を何人かご紹介
くださるそうだ」
(いや、そんなお心遣いいらないから。人脈なら自分で作っているし)
エルミヤを豊かにするためにと、商業網を拡大しつつある。
それにともなって王都要人たちのにもアノ手コノ手で接触していた。
女王サマに紹介されて、実は既に知り合いでした~という展開になったら
不味い。
「女王さまのご配慮には深く感謝いたしますが、何分田舎者にて、宮廷の
作法も弁えず、ご無礼があってはなりません。ここはお気持ちだけ…」
ま、ダメだろうなと思いつつ、一応辞退の口実を述べてみたところ…
「お前に断る権利があると思うな」
とまあ、一蹴された。
「田舎者なのは誰でも分かっている。そんなくだらない言い訳で女王の
厚意を無にする気か。
音楽会は4日後だ、それまでに宮中作法を全てさらっておけ」
へ~へ~、つまりは、何ですか。女王さまのお心大事というわけですか。
まぁ、うん、わかってはいるよ。女王さまの“恋人”だもんね、この男。
「サヴァイラ第二枢機卿に連絡を入れておいた。
明朝、お伺いするように。未来のエルミヤ北方辺境伯として
恥ずかしくないように指導してもらえ」
「サ、サヴァイラ様ですか…」
(げっ)と呻きたいのを堪え、能面顔を保った精神力を褒めてほしい。
誰にでも苦手な人物はいるものだ。サヤが密かに「鬼ババア」と呼んで
いるその人は7人いる枢機卿の中で唯一女の枢機卿だ。
エルミヤ前教区管区長(イオの前任者)で、とうに70を超えている。
「何を嫌そうな顔をする?お前の大伯母にあたる人だろう。
不義理をせずとっとと挨拶してこい」
「…かしこまりました」
やはり顔に出ていたか。まあ、都に居る間、顔を見ずに済ませられるとは
思っていませんでしたけど。
「それで、女王陛下への正式拝謁はいつ頃、叶いますでしょうか?」
そろそろ忍耐の限界が。
さっさと切り上げて帰りたいので、サヤは自分から本題を切り出した。
「“順調にいけば”、2週間後だ。それも音楽会くらいでヘマを
やらかしたら 遠のくと思え…私に手間をかけさせるなよ」
「肝に銘じておきます」
もちろん、お偉くてお忙しい宰相さまの手間を増やしたりしませんよ。
こちらら最速でゆきます…「この男」に極力関わらないために。
「待て、まだ話は終わっていない」
退室しかけたサヤを宰相は硬い声で呼び留めた。
「叙爵に際し、都代理として一つ申し渡しておく」
「何ですか?」
「北方辺境伯として然るべく婿を迎え、後継ぎをもうけるように。
それが叙爵の条件だ」
「はぁ?」
思わず、素っ頓狂な声を上げ、後ろを振り返る。何の冗談かと
言いたいが、そこには茶目っ気など微塵もない男の能面顔があった。
「結婚は叙爵の条件に入っていないと存じますが」
冷静に、冷静に、と心の中で呪文を唱えつつ、サヤは静かに抗議した。
「条件というより、常識だ。貴族制度を廃止して久しい国になぜ未だ
辺境“伯”がいると思う?世襲する必要がある地域だからだろうが」
いや別に今更説明されなくても、だ。
ついでに言っっていまうと、謀反を起こしたとされる祖父さまが、
後に実は無実だったんじゃないかっていう話になって、あれこれ
蒸し返される前に、現政権が一種の懐柔策として母さまの名誉
復権をはかったらしい。
とはいえ、王都に戻して王家の一員に迎えるというのも危険という
ことで、北方辺境伯なる爵位をでっち上げ…いえいえ新設したらしい。
「お言葉ですが、仮にも辺境伯。2週間以内に結婚しろというのは無理
ですよ。後継ぎも生まれるまで十月十日はいただきませんと」
今更無理難題をふっかける気かと頭に血が上るのを何とか抑える
サヤである。
「仮にも一児の父親なのでな。子どもが生まれるのに時間がかかるのは
分かっている。取りあえず叙爵と同時に婚約発表だけ済ませればよい
ことにする。
婚礼式は秋、後継ぎ誕生は一年以内だ。できれば息子が望ましい」
「ばっ…」
か言ってんじゃねぇ!と啖呵を切らずに口を閉ざした自分を褒めて
あげたいよ。
一応父親の自覚はあったのか、と感心のは一瞬で、
婚約・婚礼・出産(息子希望)ってなんだ。
この男、殴っていいですか、いや、もういっそ闇に葬ってもいいですか?
「あの宰相さま、結婚っていうのは独りでできるものではないのですが。
お相手の方とか、お相手の身内の方のご了承とか、その他もろもろ…」
「相手は2年前から候補がいるだろう。他にいなければレンで決まりだ。
家族の了承も得ているし、本人も乗り気だ。何も問題ない」
「お断りします」
あっちが(どういう訳か)乗り気でも、こっちは全然乗り気ではない。
「なぜだ?あれ以上の好条件はまず見つかるまい。レンは王女の婿候補の
一人であったものを辞退して、当家婿入りを承諾してくれたのだぞ」
私の権力だ感謝しろ、と言わんばかりの勢いである。
「政略結婚お断り
…と申し上げても宰相さまは納得してくださいますまい。
しかしながら自分の夫は自分で選びます。
エルミヤの利益となり、マルモアの害にならない男を」
「違うな。お前はマルモアの益となり、エルミヤの害にならない男を
選ばなければならない。そうでなければ辺境伯になれたとしても…
治政を保つことはできないぞ」
それはつまり、中央に…女王と自分に…睨まれたらお終いだという圧力に
他ならない。
「わたくしが王国に害をなすことがあるとでも?」
「…お前の祖父は叛逆者として討たれている。
それを懸念する者もいるということだ」
つまりは王家や宰相家の息のかかった人間を伴侶に選び、恭順を示せと。
(どこまでも王家…“優しい女王さま”中心、か)
分かっていたことで、今更ながら哀しみはないが、不快感が込み上げる。
宰相は知らないのだ。
エルミヤの地で人々がどれほど懸命に生きているかを。
「宰相さまの仰せを肝に銘じます。ですが、現段階で結婚相手を少将殿に
特定する気はありません。
探せば良いのでしょう?“王家の”益となる男を」
「聖職者と異種族は問題外だということも付け加えておこう」
宰相が宰相なる故ということか。サヤの交友関係も把握しているらしい。
“マルモアの”ではなく、“王家の”利益と言ったサヤの嫌味をなんなく
かわし、結婚相手のダメ押しをしてくる。
「お話はそれだけですか?音楽会には参上しますのでご心配なく」
「サヤ」
なおも何か言い募ろうとして、宰相は一歩踏み出したところでバランスを
崩した。右手に添えられていた杖がカランと音を立てて床に転がる。
その時になって初めて、サヤはこの男の足が不自由になっていることを
思い出した。
5年前の負傷がもとで、将軍を辞し、ほどなく宰相に転じている。
「…失礼します」
杖に手を伸ばす宰相の頭の上から暇乞いをしてサヤは退出した。
涙が込み上げそうになるのを誰にも見られたくなくて小走りになる。
ほんのちょっと…杖を拾ってあげるくらいの優しさすら示せない自分が
嫌になり、「あの男」の杖を拾ってやる必要がどこにあるんだと自分に
腹を立て…そして、そんな風に心が揺れる自分が情けなかった。
唇を噛みしめたまま、角を曲がったところで、
あわや人に激突しそうになる。
「申し訳ありま…」
「サーヤ、私だよ」
謝罪を言い終える前に、その人はサヤを難なく受け止めた。
暗紫色の衣が揺れている。
「イ…枢機卿猊下」
しかし、王宮内の廊下である。どこに人目があるか分からない状況で、
サヤは慌てて身を離し、貴人への礼をとった。
「待っていたんだ。丁度私も帰るところだから、家まで送るよ」
間を取ろうとするサヤの腕を捕え、イオは先に立って歩き始めた。
「王女さまの、ご講義中でしたのでは?」
宰相との面会は、2分では済まなかったものの、20分ほどでは
済んでいるはずだ。
王女さまへの神学講義が終わるにしては早すぎる。
「急ぎの用ができてね。主神殿に戻らなければならなくなったんだ」
「そうですか」
しかし、イオは小声でこっそり付け加えた。
「…ということにして、サヤと一緒に帰ることにした。
代わりに少将に国防学の講義を押し付けてきた」
「悪い御方ですね、第五枢機卿」
目で咎めるものの、口が綻ぶのを止められない。
イオが王女さまの神学教授というのは引っ掛かるが、自分を優先して
くれたことが…悪いと思いつつも嬉しかった。
枢機卿の使用する銀灰色の公用車は、王室の官用車より一回り小さい。
対面座席がないため二人は並んで座った。サヤはイオの胸に頭を預ける
形で身をもたせていた。
そうしているとイオの左手が回りこみ、サヤの頭を優しく撫でてた。
イオの指先が自分に触れるのを感じながら、
サヤの心は凪ぐどころか、荒れ始めていた。
いつから王女さまの神学教授をしているの?
王女さまのことをどう思っているの?
王女さまと私と、どちらが大事?どちらが好き?
ものすごく聞きたくて、でも聞けない。聞けるわけがない。
聞いたら自分の気持ちを認めたことになるし
…何より、答えを知りたくない。
「サーヤ?」
イオに名前を呼ばれてはっとする。
(バカバカ、私って何考えているの!
他にもっと重要なことがあるでしょう!)
「宰相さまに何を言われた?」
「そうなのよ、女王さまに、音楽会で、宮廷作法が、叙爵の常識で…」
一気に説明しようとして失敗する。そして結局、後が続かない。
(言えるわけがないじゃない、辺境伯に正式就任するために、とりあえず
婚約する必要があります、なんて)
サヤはイオから身を離すと、重い溜息を一つついた。
「サーヤ?」
呼ばれて振り向けば、心配そうなにイオが自分を見つめている。
琥珀色の瞳が綺麗すぎて切なくなる。
(もしも、「このままだと政略結婚させられそうなの。お願いだから、
枢機卿辞めて私と結婚してっ」と叫んだら、どうなるかしら?)
そんな愚かな問いまで浮かんでしまう。
マルモア神法では、聖職者の還俗が可能である。
現に、神官を辞して俗人に戻り所帯を構える者が、数は少ないものの
毎年一定数いる。
しかし、枢機卿という高位にまで昇り詰めて後に世俗に帰った者が
いたかどうか、サヤは前例を知らない。
それに、7人しかいない枢機卿の、しかも平均年齢が62歳という中で、
一人だけ25歳の青年枢機卿がいること自体、何かややこしい事情が
あるに違いないのだ。
「…レン少将と結婚するのか?」
日ごろ聞いたことのないような低く冷たい声が地の底から響く。
仕事熱心にはとても思えない(今だって、王女さまの神学教授をサボっている)
が、その情報網は感嘆すべきもので、サヤが口を割る前から、宰相の意図など
アイオン枢機卿には筒抜けらしい。
「するわけないでしょ。宰相の手先と結婚なんて真っ平ごめんだわ」
「だが、エルミヤ北方辺境女伯がいつまでも独身というわけには
いかないぞ」
「貴族制度が廃止されて半世紀経つのよ。辺境とはいえ、いつまでも世襲
というのはおかしいわ。
いずれ…エルミヤがもっと豊かになれば辺境伯など必要なくなる」
政治的にも経済的にも安定すれば、地方選挙によって有能で人望ある人物を
州令に選出すればよいとサヤは考えている。
「自分の子どもに爵位を継がせたいと思わないのか?」
「自分の子どもが爵位を継ぎたいと思うか分からないじゃない?
私は母の意志を継いで、エルミヤの領主になりたいと願ったけれど、
我が子はそうじゃないかもしれない。
もっと自由に、もっと違う道を望むかもしれない」
(って、結婚もしてないのに、何で子どもの話に?)
その子が銀の髪と褐色の肌を持つ妄想が浮かんで、
サヤは慌てて頭を振った。
「大丈夫か?」
「大丈夫、何か変な妄想がイロイロ浮かんで。
宰相さまと会って少し疲れてしまったみたい」
「…私も時々イロイロな妄想が浮かぶよ。
例えば、夜眠りにつく時は、
サーヤの温もりを感じながら瞼を閉じる妄想。
例えば、朝目覚める時は、
瞼を開いて最初にサーヤの瞳を映すという妄想。
…そんな日々が穏やかに毎日続くという妄想」
イオが呟くように夢の話をする。どちらからともなく引き寄せられ、
二人の唇がふれそうになったところで夢が解けた。
先に我に返ったのはサヤであった。
(あっぶない、ここで流されてどうする!)
相手は第五枢機卿。背後に何があるわからないない青年枢機卿なのだ。
自分を叱咤し、サヤはしたたかな辺境領主代理に戻った。
「イオ、ダメにしたカポポ織の見本品、忘れてないからね。
エルミヤから神殿最速便を使って材料一式を取り寄せてもらうわよ」
「神速便は商売事には使えません。例え君の頼みでも」
甘い雰囲気をぶち壊しにしたサヤに腹を立て、枢機卿はそっぽを
向いてしまった。
「商売事ではあ~りませ~ん。
第二枢機卿猊下への献上品ですもの、大義は立つでしょう。
もちろん粗相があってはなりませんので、大目に取り寄せて、
一番良いところをサヴァイラ様にお贈りする予定です」
もちろん、その余りは見本の不足分に回す予定です。
敗北したイオは肩を落として片手で顔を覆い、
勝利したサヤは魔女のように嗤った…その胸に切ない想いを隠して。
一粒目はこれにて終了。次回二粒目に入ります。
貧乏な地方財政を支えるために、サヤ、ナナツ、シイの“内職”が
出てまいります。3人とも意外な内職の持ち主です(特に、シイ)。
小金を稼ぎつつ、サヤ、音楽会に向けて不本意な特訓が始まります。




