一粒と一片
サブタイトル、“ひとつぶとひとかけ”と読んでください。
北方辺境伯代理サヤ、いよいよマルモアの王都に入ります。
彼女を支えるのは親代わりのナナツ爺様と弟分のシイ君。
それから神の代理人?たるイオ様も登場です。
入京初日からサヤの周りは騒がしく。
北方辺境のエルミヤから鉄道とバスを乗り継いで2日半。
ようやくマルモア王国の都に到着しました。
専用車?豪華客室?そんなもの、あるわけないでしょう、公共交通機関の格安席利用です。
今回の滞在期間は一ヶ月近くになるので、荷物は先に送ったんだけど、出発間際になって
またあれこれと増えてしまって、結局、大型リュックを背負うことになりました。
私、サヤ。二十歳。エルミヤ北方辺境伯代理です。
で、もうすぐこの「代理」というのが取れる予定。
最後の乗合いバスを降りるや、周囲からビシバシ視線を浴びる…まぁ、仕方ないか。
王都指折りの小洒落たショッピング街に田舎丸出しの娘が大荷物担いで現れればさ。
「みんな、サーヤが綺麗で見とれているんだよ」
頭の上からひょうきんな声が降って来る。
「見え透いた世辞を言うな、シイ」
「え~本当のことなのに」
身内同然のシイは2つ年下だけど、いつの間にやら頭一つ分でかくなっていました。
大型リュックと麻袋をこれでもかと担いだまま、子どものように口を尖らせている。
「う、う、う、腰痛い。肩痛い。首痛い」
もう一人の連れがバスから降り立つや呻き声を上げて愚痴をこぼした。
「お疲れさま、ナナツ。もうちょっとで美味しいご飯と清潔な寝床に有り着けるよ」
60過ぎのナナツにはシンドイ旅だったと思う。労いの言葉をかけつつ…けれども
今一つ同情しきれないのは、荷物が増えた主たる原因が彼にあるから。
住み慣れた所から使い慣れたものをあれこれ持って行きたいという気持ちは分かるよ?
でも直前に言うことないじゃないか。
北方辺境伯代理一行のマルモア国入都。以上、総勢3名、です。
執事は?侍女は?護衛は?って、そんなもの、いるわけないでしょう。
領地エルミヤは自慢じゃないけど…ビ・ン・ボ・ウですから!
わたくしサヤ、後見人のナナツ、弟分のシイで全員ですが、なにか?
最低限、自分で自分の身は守れるから護衛は不要。
基本の化粧や着付けは自分でするから侍女も不要。
ナナツは親代わりで、学問の先生で、仕事の先輩。
シイは山中で行き倒れているのを拾ったのだけど、ばっちい子どもはどこへやら、
十年経つとあら不思議で、有能な若者に成長しましたよ。
ナナツに加え、シイが庶務全般から家事まで万能なので、他に人手の必要はあんまり
ないのですよ。
*** *** *** *** ***
「まぁ、まぁ、お嬢さま、よくいらっしゃいました!」
ぽっちゃりとした体型の中年女性が、サヤに飛び付く。
「エリゼ、久しぶり!」
そうして、ぎゅむぎゅむとこれでもかと抱きしめあう二人。
「まぁ、まぁ、ますます逞しく…あ~お綺麗にもなって」
「後半部分要らないから、エリゼ」
エルミヤの領主は日々体力勝負です。逞しくもなりますよ。
「いつまでも女格闘技やってねえで、中に入ってくだせえ」
見かねてエリゼの夫、ブワンが声をかける。恰幅の良い女房とは反対に、
こちらは枯れ木のようにひょろひょろしている。
「ブワンも久しぶりっ!」
サヤが遠慮なくバシバシ肩を叩くと、彼の身体はグラグラと揺れた。
「お嬢さまに客が来てますよ」
「…客?」
入京して真っ先に向かったのは、宰相邸ではない。
サヤが個人で買い上げ、ブワン・エリゼ夫妻に管理を任せている街中の小宅だ。
ごく一握りの者しか住所を明かしていないのに、到着早々来客とは。
そうしてブワンとエリゼが警戒心なく家に入れた相手とは。
荷解きをナナツとシイに任せ、サヤは客間(兼居間兼食堂…部屋数が少ないので
諸々兼用しているのだ)に独り足を踏み入れた。
「え…?イオ…?」
他人ん家で我が物顔に寛ぎ、優雅にティーポットを操る男が一名。
短く刈り込まれた髪は銀色で、褐色の引きしまった手足が古めかしい暗紫色の
長衣から覗いている。
「久しぶり、サーヤ。今、紅茶を入れるから座って」
「…なんでここに?」
宰相邸とは別に街中に家を購入したと話したが、場所は教えていない。
叙爵のために近々上京すると手紙では伝えたが、今日とは言ってない。
「ふふ、私の情報網を甘くみるんじゃない」
そう言って差し出してきたのは、サヤお気に入りのマグカップ。
家の中ではお上品なカップ&ソーサーなど使わないのを見越してのことだ。
「…美味しい」
紅茶を一口啜ってから、サヤはこっそり湯気の向こうで笑顔全開の青年を眺めた。
会いに来てくれて…本当は凄く嬉しい。
けれども、エリゼにするように全力で飛び付くなんてことは…もうできなくて。
なぜって、この男。
「お仕事はどうなさったのですか?イオ第五枢機卿猊下」
甘い顔をしてはいられない。
サヤはマグカップを脇に置くと、目の前の高位聖職者を軽く睨んだ。
「酷いな。3ヶ月ぶりの再会に居ても立ってもいられなくて、枢機卿会議を
ぶっち切って走って来たのに」
「主神殿の最高会議をサボらないでください」
「枢機卿なんて7人も居るんだから1人位欠けても平気だよ」
「7人しかいないんですから、1人でも欠けたらダメでしょう!」
叱り飛ばして、そのまま相手の襟元を絞りにかかる。
「貴方はウチの管区の枢機卿でしょう!しっかりしてくれないと困ります!」
「イタタっ…サーヤの愛情表現はいつも過激だなぁ」
首を絞められて、揺さぶられてもへこたれない、この男。
繰り返しますが、第・五・枢・機・卿猊下です。
マルモア王国宗教界で枢機卿は法王に継ぐ高位。世の不条理もここに極まれりだが、
イオは王国に7人しかいない枢機卿の1人でありました。
「ああ、サーヤの感触だ。温もりだ。匂いだ」
相手が脱力したところで、すかさず攻勢に転じ、イオ枢機卿はサヤを引き寄せ、
小さい子どもにするように頬と頬を擦り付けた。
「だぁあ、離せぇえええ」
さほど力を込めているとも思えないのに、なぜかサヤは逃れることができない。
「ウチのお嬢さまをからかうのも、その辺にしてくれる?この、生臭さ坊主」
左手に鍋の蓋、右手にお玉という“完全武装”で助けに入ったのはシイである。
「失敬な蛮族め。私はエルミヤの領主殿に神の祝福を与えていたところだ」
「マルモア国教の加護などなくても、サーヤにはエルミヤ自然神と精霊たちの
加護がある。あんたは不要、むしろ邪魔」
一地方領主の従僕に過ぎない若者と聖界の頂点にほど近い地位にいる青年。
身分差は歴然だが、シイは枢機卿相手に容赦なく毒舌をふるった。
「邪魔者はお前だ。サーヤにへばりついてる小舅め」
左手にお盆(ポットが載っていたもの)、右手にトング(菓子のサーブ用)を掴んで
イオはすかさず応戦の構えををとった。
「サーヤ、早めの夕食にするから先にシャワーを浴びてくるといいよ。
その間、僕はこの“オジサン”をちょっと懲らしめておくから」
「…エルミヤの野っ原じゃないんだから、家を壊さないでよ」
心配したのはまずそこだった。
二人が戦闘に熱中すればあっという間に家が半壊してしまう。
家計の困窮を知るイオが無茶をするはずはないと思いつつ、一抹の不安を拭えないまま、
サヤは客間を後にした。
「…7つ違いでオッサン呼ばわりするな」
イオの抗議に、
「ハタチ前のボクに、四捨五入したら30の男は十分おっさんです」
と、シイが平然と言い放つ。
サヤが後ろ手に扉を閉めた途端、凄まじい衝撃音が向こう側から響いてきた。
(… … … …)
間違いなく、鉄製の蓋も銀製の盆もひしゃげているだろう。
(壊れた物は慰謝料上乗せで損害賠償させてやる)
そう決心して、サヤは旅の汗を流しに出かけた。
*** *** *** *** ***
「あれ?イオは?」
まだ滴が滴る髪を粗目のタオルでわしわし拭きながら、食堂(兼居間兼客間)に
サヤが戻って来た時、枢機卿の姿はなかった。
「…帰った」
パンを配りながらシイが短く答える。不自然なまでサヤと目を合わそうとしない。
「てっきり夕食まで居座るかと思ったのに」
エリゼから夏野菜たっぷりのトマトスープを受け取りながら、サヤは首を傾げた。
高位聖職者が俗家で食事を共にするなぞ本来なら問題だが、もうちょっと話しを
したかったというのが本音だ。
「あれは逃げた、というのが正しいな」
サヤを待つ間、ちびちび酒を舐めていたナナツが人の悪い表情を浮かべる。
傍らで酒ビンを持って立っていたブワンが気の毒そうに女主人を見やった。
「イオは何をやらかしたの?」
白ゴマパンを千切りながら、サヤは横目でシイに問うた。
「サーヤのマグカップが宙を舞って、粉々になってしまったんだ」
「へ、へぇ~」
3年ぶりに使ったマグカップ。かなり気に入って使い込んだものだっただけに、
内心ムカつきながらも、サヤは堪えた。
僻地だろうが、貧乏だろうが、彼女は辺境伯代理なのだ。
それも、もうすぐ「代理」が取れる予定の。
ささいな私怨は笑い飛ばし、乗り越えてゆかねばならない。
マグカップ一つでヤサグレているようなら、王都で生き残ることはできない。
明日はいよいよ宰相邸で「あの男」と対面する。
そうして予定通り事が運べば2週間以内にも「優しい女王さま」に拝謁する。
正式な叙爵のためにはエルミヤ郷代理と都代理、そして最後に女王の承認が必要だ。
また、形式的なものとはいえ、神殿の祝福も受けなければならない。
郷代理はナナツで神殿管区長はイオなので半分は何とかなる、と思う。
問題は都代理である「あの男」と「優しい女王さま」。
女王さまが自分の“恋人”の娘にまで優しいかどうかはなはだ疑問だ。
そうして女王がだだをこねた場合、あの男の優先順位がどこにあるかなぞ、
分かりきっている。
「眉間に皺寄せて黙りこくっちゃって、そんなに私のスープは不味いかねぇ」
はっと我に返れば、エリゼが腕組みをしてこちらを睨んでいた。
「美味しいに決まってるじゃない!エルミヤ家庭料理店“カペペ”のメインシェフ
特製なんだから!」
慌てて誉め言葉を口にする。エリゼとブワンには家の管理を任せているが、
二人の本業は料理人である。一つ先の表通りで小さいながら定評のある食堂を
営んでいて、後継ぎの息子夫婦もいる。ちなみに店に出資したのはナナツとサヤで、
二人が一応共同経営者ということになっている。
「マグカップ一つで逃げることないのにねぇ」
何を考えていたか勘ぐられたくなくて、だいぶ間が空いてしまっているのに、
サヤは感想を付け足した。
「でもマグカップが割れた時に残っていた紅茶が飛び散っちゃってさ」
シイが軽い口調で続きを語り始めた。
「ふ~ん」
古い絨毯の上に多少の水玉模様ができたところで、どうということはない、はず。
「そこに折悪しくナナツが荷物を運びこんで来て」
(ナ・ン・デ・ス・と?)
「サーヤが年末商戦用に持ってきたカポポ編みの見本が3分の1ほどダメに…」
ガタンと音を立て、サヤは思い切り飛び上がった。
ささいな私怨は乗り越えなければ…私怨は…ささいな。
「イオ殺ス」
しかし悟りを開くことはできなかった。
「ギリギリの数しかなかったのに。許すまじ、第五枢機卿!」
その悪鬼のような形相を見て、やはり逃げたのは正解だとブワンは確信した。
女房の癇癪も厄介だが、女主人の憤怒は背筋が凍るほど恐ろしい。
「枢機卿をバラしちゃ不味いっしょ…少なくとも叙爵前は」
後なら構わないと言わんばかりのシイ。
「煩いっ!もともとアンタが喧嘩を売るのが悪い。
ナナツも何で二人の戦闘中に大事な荷物を運び込んだりするのよっ!
最も責められるべき男が逃亡したので怒りの矛先は残りの住人に向けられた。
「サーヤを背徳坊主から守ろうとしただけなのに…」
と、シイが口を尖らせれば、
「待ってたら、いつまでも夕食を始められないじゃないか」
と、ナナイも反論する。
もっとも彼の場合、厳密には「夕食を」ではなく「晩酌を」であるのだが。
「紅茶を飲み干しておくべきでしたねぇ」
口を引き結んだサヤにエリゼが意図せずして止めの一撃を加えてしまった。
よろり。
(わ、私が悪いの…?)
エルミヤの若き女領主はうな垂れて自室に引き上げたのであった。
*** *** *** *** ***
「サーヤ、起きてる?」
夜半に小道具一式を持って現れたのはシイであった。
「うわ、また随分とお店を広げちゃって」
書類の海に完全に寝台が埋没している。女主人はこのまま徹夜しかねない勢いだ。
「あの男がぐうの音も出ないほど完ぺきに領地報告してやる」
気負うサヤにシイは別の提案をした。
「丸暗記する必要ないっしょ。それよりも久しぶりの親子再会なんだから、
もう少し身綺麗にしようよ」
「…?宰相邸に行って帰ってくるだけなんだから、着飾る必要はないよ」
「それでも、いつどこで誰に見られているか分からないでしょ。
外面を磨くことも、自分の商品的価値を高める上で重要だよ」
「なるほど」
2つ年下の若者は、しかし、時折分別くさいことを言う。
シイに促され、サヤは彼の前で軽く目を閉じた。
夜中に若い男女が一つ部屋、寝台の上に両膝をつく。
が、どちらにも緊張感はサッパリない。
「枢機卿は止めておきなよ」
チャキチャキというハサミの音がして、前髪と眉が整えられていくのが分かる。
侍女は不要と言ったけど、どうしても適当になる分はシイが補ってくれている。
「枢機卿と少将殿の2択しかないなら、僕は後者を勧めるよ」
サヤが無言なので、ハサミを器用に動かしながら、シイはなおも言い募った。
「どっちもナシでしょ。枢機卿は結婚できないし、宰相お勧めの少将なんて
真っ平ごめん」
サヤが両眼を開けると、そこには心配そうに自分を見つめるシイの顔があった。
吐息さえ感じられるほど近くにいて、やっぱり緊張感はサッパリない。
「サーヤ、手、出して」
「爪の手入れなら自分でできるよ?」
「ダメだよ。どうせ爪切りでバシバシ切った後に、指紋の付いたマニキュアする
でしょ」
…その通りなので何も言えない。
爪やすりでチマチマ形を整えるなんてやっていられないし、マニキュアが乾くのを
待ちきれなくて、大抵指紋の跡が一つ二つ付いてしまう。
「…ズボラな領主で申し訳ないですねぇ」
「その分、いじり甲斐が…じゃなくて、尽くし甲斐があるから問題なし」
そんなやり取りをしながら、だんだんと瞼が重くなってくる。
「お休み、僕のお嬢さま」
頭を優しく撫でられた記憶を最後にエルミヤの女領主は深い眠りについた。
明日は「あの男」に会う。エルミヤのために機械的に頭を下げる
…今夜はどんな夢も見たくなかった。
次回、いよいよ父で、宰相で、女王さまの恋人の「あの男」に再会です。
それだけで済めば良いのですが、2択の場合のもう片方と、王女さまも
登場です。サーヤの忍耐力が試されます。
※主人公の名前はサヤですが、親しい人は彼女をサーヤと呼びます。