真鶴さんに罪はない
一枚の上質紙――書き記された高凪設備という文字を指先でなぞりながら、真鶴さくらは溜息を吐き出した。
学生服でオトナと一緒に喫茶店に入るのは物凄く抵抗があり、ついで日も改めた。
自分の町とは全然違う神保町の喫茶店で大木健吾という青年と待ち合わせしながら、さくらは落ち着かない気持ちで幾度も唇を舐めて緊張を和らげようとつとめていた。
あの日、高凪設備の社長である高凪誠一郎と話をしようという思いまでは無かった。いつも、いつもそこまでの勇気は出てこない。
ただ窓からそっと中を覗き込んで様子を伺っているだけのさくらは、とても意気地なしだ。
そもそも、高凪誠一郎のことを知ったのは偶然だった。
母の仕事の関係でこの町に引っ越したのは、さくらが中学校の二年のことで、物凄くイヤな出来事の一つだった。もともと母の仕事の都合で引っ越すことはままあったけれど、何も中二という微妙な時期に引っ越さなくてもいいじゃないかと母と喧嘩になったものだ。
「もともと私の暮らしていた町よ。都会とはいえないけれど、いい町よ」
母である真鶴千春は溜息交じりに言い、娘の言葉を全て封じ込めて引越しを決行した。
「いつまで暮らしていたの?」
さくらが不機嫌をおさえて言えば、千春は瞳を細めて昔を懐かしむようにしながら窓の外へと視線を向けた。
「――あなたが、産まれてしばらくたつまで」
その時、さくらはある一つのことに気付いた。
そこに、きっと……自分の父親がいる。
その町に。
もっと小さな頃は千春の言う「お父さんはさくらが小さな頃に死んでしまったのよ」
という言葉を信じていた。けれどその言葉が自分の中で違和感を与え始めたのは、小学生の三年生くらいのころだったろう。
――自分には真鶴の家のおじいちゃんがいるけれど、父方の親族は居ない。何より、ただの一度も父親の墓参りをしたこともない。
それとなく父の墓のことを言えば、母は決まって笑いながら「あの人のお墓は海だもの。幾度も連れて行ったでしょう?」と言うのだ。
どうして写真が無いのといえば「先にいってしまったあの人に腹がたって、燃やしてしまったの。今思うと酷いわよね?」と肩をすくめる。
それはおかしいと母親に突きつけたことは無いけれど、それでも日々募る思いは、さくらに一つのことを導き出した。
千春はシングルマザーで、そして父親は――本来父親としての責任を全うしなければいけない筈の男は、千春と、そしてさくらとを捨てたのだ。
真実を知りたいけれど、母にはどうしても聞けなかった。母は決まって遠くを見るような眼差しになってとても寂しそうにするから。
そんな顔をされると、お母さんを傷つけるみたいでさくらはお父さんのことを尋ねるのは自らの内に封印してしまったのだ。
「さくらちゃん、ごめん。待たせた」
突然声が掛けられ、さくらは慌てて背筋を伸ばした。
それまで完全に自分の思考の中に埋没していた耳に、店の入り口のカウベルの音が小さく入り込み、Tシャツにジーンズの青年が入り込む。自分にとって十も年齢の違う相手の出現に、緊張しながら、それでもさくらは軽く腰を浮かせて頭を下げた。
「ごめんなさい、わざわざこんなところまで」
場所を指定したのはさくらだった。
知り合いに会いたくないとわざと町から離れた場所を選んで、しかもいつだったか雑誌に載っていた雰囲気の良さそうな喫茶店を指名した。
――『つゆねぶり』という名称がなんだか可愛らしくて記憶に残っていたし、本好きであるさくらじたい神保町は良く利用する町だ。
「単刀直入に言うけど、つまり――君はうちの社長が君の父親だと思っているって、訳だよね?」
健吾は座り心地の良い椅子に腰を落とし、メニューを開く前にそう切り出した。
前回健吾に名詞を手渡された時に、さくらは思い切って誠一郎に会いたい理由を告げていたのだ。
「思ってるんじゃなくて、そうなんです」
睨み付けるようにさくらが断言すると、健吾は前髪をかきあげ、丁度水を運んできた口髭のマスターに「アイス珈琲と……さくらちゃんケーキでも食べる? パフェとか――そう? じやあすみませんがアイス珈琲だけ」と注文し、吐息を落とした。
「それはつまり、君のお母さんがそう言ったのかな?」
健吾は眉を潜めながら、とんとんっと指先でテーブルを叩いた。
「……お母さんは何も言ってないです。そもそも、お母さんからはお父さんはあたしが産まれてすぐに死んだって聞かされてるし」
言いながらさくらはオレンジジュースをストローですすった。
喉がやたら渇く気がして、フレッシュ・ジュースを丸ごと絞って作られたジュースが少し喉にからみ付く。美味しいとは思うけれど、できればカルピスとかあればいいのに、とさくらはまったく違うことをちらりと考えた。
喫茶店の雰囲気は見ていたが、まさか珈琲とフレッシュジュースしか扱っていないとは知らなかった。
「――えっと、うちの社長が君の父親だっていう根拠は?」
健吾は益々眉を潜めてさくらを見つめた。
さくらは深く溜息を吐き出した。
オトナってどうしてこう頭が悪くて察しが悪いのだろうか。
きっと脳みそが衰退していくしかないに違いない。
「あの猫に決まってるでしょ? 真鶴なんて名前、普通つけないですよ」
健吾は額に手を当てて深く、深く嘆息した。
何だか激しく馬鹿にされた気がして、さくらは慌てて言葉を付け足した。
「それにっ、母さんはあたしが産まれた時にはあの町に住んでたんです。あの町に父さんはいると思うし、それに――」
それに、
「母さんのアルバムの中に高凪誠一郎がいるんだもんっ」
思いのほか大きな声で言ってしまい、さくらは慌てて身をすくませて声を潜ませた。
さすがに健吾もその情報にはぴくりと反応し「アルバムって――お母さんと二人で写ってるの?」と問いかけてくる。
そう言われるのは予想していたさくらは、母親のアルバムから抜き取って来た写真を肩掛け鞄から取り出し、テーブルの上に置いた。
さくらは父親の情報をさぐる為に母親のアルバムは細かいところまで全てチェックした。少し色あせた写真の中、まだ年若い千春と、そして数名の友人達。その中に混じって、確かに年若い誠一郎らしい青年が写っている。
さくらは一人の女性を示し「これが母の千春です」と言い、ついで少し離れた場所で男同士肩を組んでいる一人を示し「これ、誠一郎さんでしょ?」と得意げに言った。
写真はおそらく学校の文化祭を写し取った一枚だろう。ウェイターの格好をした誠一郎。そして客である千春。
健吾は喉の奥を詰まらせた。
――正直、微妙。
見た感じ、千春のほうが年上だろう。もしかしたら先輩後輩の仲であるかもしれないが、まったく関係無いという線も濃厚だ。
健吾としては「たかが猫の名前って、オイ」と言ってやりたかったが、少なくともさくらは本気に見えた。
――真鶴なんて名前にするからこういう訳判らないことになるんスよ、社長。
などと言ったところでせんないだろう。そんなことを言い出したら、猫に名前などつけられなくなってしまう。
健吾は確かどっかの誰かが猫の名前を一号とか馬鹿げた名前をつけていたことを思い出し、むしろそれが正解なんじゃないかとさえ思いはじめてしまった。
すくなくとも、一号という名前を見て「あたしのお父さん」などといわれることは無い筈だ。
「ところで、さくらちゃんは幾つ?」
「十五です」
「――ってコトは、確か社長は三十……四だから、二十歳前ってことか」
二十歳の頃の若気の至りと言われれば、健吾にも覚えがある。何の責任もなく快楽をむさぼり、女性をとっかえひっかえといわないまでも遊び歩いたものだ。誠一郎もそういう時期があったろう。だから「無い」とは言い切れない。
言い切れないが。
健吾は眉間に皺を寄せてさらに溜息を吐き出した。
「あのさ、うちの社長って十八の頃にあの会社を切り盛りしはじめたんだよ。三歳の子供の面倒みながら」
この話は誠一郎ではなく、なつるが良くしてくれる。
――高凪設備の事務員であり、誠一郎の姪であるなつるは誠一郎を父親のようにして成長したのだ。
ケラケラと笑いながら「うちのひなこさんに育てられてたら、あたし絶対死んでたし」と言う言葉を話半分に聞いていたものだが、実在のひなこを見た健吾は、確実に誇張無しだと実感した。
ひなこは子供はおろか、自分ひとりの始末さえつけられないような女性なのだ。
なつるは誠一郎がいなければ確実にニュースに出ただろう。母親のうっかりで切ないことになったかわいそうな子供として。
健吾は神様など信じてはいないが、ひなこの弟として誠一郎を配置したのはきっと神の采配に違いないと信じている。
まだ小さななつるとひなこ、会社を抱えた誠一郎に女性に割く時間があったかといえば無いのでは無いかとも思うし、逆にそんな状態だからこそ女性に癒しをもとめたかもしれない。
「あたしの他に子供がいるんですか? それってつまり、あたしの母さんとは不倫ってこと? ますます酷いっ」
息巻くさくらの様子に、健吾は目を見開いた。
「ちょっ、違うよ? 社長は独身だし――子育てって言うのは、社長の姪っ子のことだよ。姪っ子の父親が死んでしまったから、社長が子育てに協力したんだ」
「……他人の子供は育てたのに、自分の子供は放置したんですね」
固い口調でさくらがぽつりと言葉を落とすと、健吾は天井を見上げた。誠一郎抜きでさくらと話を進めたのは正解だろうか、それとも失敗であろうか。
何にしろ、このままでは埒があきそうに無い。
訳の判らないことで誠一郎を煩わせるのは嫌だった。
だからこそまずは自分が話しを聞こうと思ったのだが、首を突っ込むべきではなかった。健吾はがしがしと頭をかき回し、届いていたアイス珈琲を飲み干して置かれている伝票を掴んだ。
「社長と直に話そうか」
そう健吾が決断したのは、さくらが誠一郎の娘であったとしたら――誠一郎が知らないでいるのは良くないと思ったからだ。
そして何より、さくらをこのまま放置したら暗がりから誠一郎にナイフを突き立てるような気がしたから。
***
マフラーから低い重低音が吐き出され、最後の一発を合図にエンジンが止まる。片足でバイクの重みと背後に乗るさくらの重みとを支えながら、健吾はフルフェイスのメットをはずしてさくらがバイクからおりるのを見守った。
ジーパンのさくらはよろめくようにバイクをおりて、メットに収まる顔をふらふらとさせていたが、健吾に手伝われてメットをはずすと顔を真っ赤にしていた。
「怖かった?」
思わず心配して問いかけると、さくらはふるふると首をふりながら、自分の臀部をそれとなくさすった。
びっしょりと汗をかいて下着がはりつく感触が恥ずかしい。
はじめて乗ったバイクの後部座席に緊張し、めちゃくちゃ汗をかいたのだ。それを決して悟らせまいとしながら、さくらは一歩退いた。
健吾はそんなことに気付く様子もなく、バイクのスタンドを起こしてハンドル部分と後部座席にメットを置き、事務所内に持ち込むべきかと一瞬思案しながらバイクのキィを抜いた。
「おいで」
事務所のシャッターはおりている。日曜日と月に二度だけ連休で土曜日も休み。今日はその連休となる土曜日だから事務所が開けられてはいないが、事務所の二階は誠一郎の自宅になっている為に健吾はそのまま自宅用の玄関へと足を向けた。
インタフォンを二度押せば、眠そうな誠一郎の声が「どした?」とスピーカーから流れる。カメラ付きのそれで来客が誰だか誠一郎には判るのだろう。
健吾は肩をすくめて「休日にすんません、大丈夫ですか?」と声を掛けると「いいよ」と軽く返る。
――まさか隠し子連れだとは思っていないであろう軽い口調に、健吾は心の底から誠一郎に詫びをいれながら門扉をくぐった。
振り返ってさくらをうながせば、さくらの表情が緊張で強張っている。
自分の父親だと思っている男に対面すると思えば緊張もするだろう。痛ましいような微妙な表情で健吾はもう一度さくらをうながし、玄関から中に入った。
「にゃー」
玄関を入った途端、不細工な三毛猫が太い尻尾をびびびっと痙攣させるように僅かに動かしながら声をあげる。さくらは自分の鞄をぎゅっと抱きしめ、小さな声で「真鶴さん……」と囁いた。
逆にいつもであればその猫の頭を撫でて「おはよー、真鶴さん」と声をかける健吾だったが、今日はなんだかそれが出来なかった。
――この馬鹿猫め。
真鶴さんに罪はないのだが、小さく毒づいてしまった。
階段をおりてくる健吾が「よぉ、どうした?」と言いながら電気をつけ、健吾の背後に少女がいることに目を丸めた。
「――健吾、それはまずいんじゃないか?」
明らかに中学生、高校生と判る少女を伴って現れた従業員に、誠一郎はこれから言われるであろうことを想像して眉を潜め、足元の猫を抱き仕上げた。
「いや、社長が考えてることときっと違いますからさ」
思わず健吾は慌てて首を振ってしまった。
「とりあえず、こっちでいいか?」
一応仕事上で使われている応接室への扉を開き、中に入るように促した後、誠一郎は猫を落として事務所の冷蔵庫から買いだめしてある缶珈琲とオレンジジュースの缶と炭酸飲料の缶とを抱えて応接室に入り、飲み物をテーブルに置いた。
「好きなのを飲んで?」
いつもの穏やかな調子でさくらに笑いかけたが、さくらは強張った顔で誠一郎を睨んだ。
「――健吾、この子は?」
微妙な空気を感じながら誠一郎は健吾へと視線を向けたが、それより先にさくらは口火を切った。
「真鶴です。真鶴さくら――真鶴千春の、娘です」
挑発的な口調で叩きつけると、誠一郎は驚いたように目を見張り、ついで「ああ!」と声をあげた。
――ああ、当たりなのか。
健吾は何故か絶望的な気持ちになった。
敬愛している上司にまさかの隠し子。
七十パーセントの確率で無いだろうと信じていたからこそここに連れて来たのだが、まさか誠一郎の身に覚えがあるとは。
「一瞬判らなかったよ。そうか、真鶴先輩のとこのさっちゃん。大きくなったね。確か、お父さんの三回忌の時に顔を合わせたのが最後かな。良く覚えていてくれたね?」
ぱんっと勢いよく誠一郎が膝を叩くと、先ほど放り出された三毛猫の真鶴さんが呼ばれたと勘違いしてとてとてとやってきて誠一郎の膝の上に乗った。
慣れている誠一郎は優しい笑みを湛え、一回真鶴さんの背を撫でて、そのまま手を伸ばしてテーブルの上の缶珈琲を掴むとプルトップを引き上げた。
「あの時、確かさっちゃんは二つか三つかそこいらだったよ。真鶴先輩は元気にしているかな? まぁ、昔から気丈な人だから――ん、どうかしたかい?」
あくまでも穏やかな誠一郎の様子に、さくらは呆然とした様子で声を震わせた。
「……父、父のことをご存知ですか? 父のっ……話をして下さい」
戸惑う言葉に健吾は憐憫にも似た気持ちを抱いた。
真実をと問い詰める前に、少女はあっけなく玉砕したのだ。
「そういえば、真鶴先輩は旧姓に戻したんだね。先輩は自分の苗字気にいっていたからな。確か旦那さんは佐藤さんだっけ? あれ、鈴木さん? さっちゃんも覚えてないのかい?――ごめんな、俺あんまり詳しく覚えてないんだよ。確か湘南の海で知り合ったサーファーだったとかって説明されたくらいで」
***
新しくできた友人が、ぷっと吹き出した。
「別に珍しいと思わないよ」
真鶴という名前は珍しいと良く言われていたというのに、今回の引越しに限って言えばすんなりと受け入れられた。
前の学校では「真鶴、折鶴、つるっつる」と馬鹿な男子生徒に言われたりもしたけれど、さくらは真鶴という名前は嫌いでは無い。
嫌いではないけれど、自分の名前を言う時はなんとなく言葉がつまるのだ。だから新しいクラスメイト達の反応は意外だった。
「このへんに真鶴って人は多いの?」
さくらが驚いて言えば、相手はくすくす笑う。
「多くは無いけど――」
そうして彼女がさくらを引っ張っていったのは、小さな設備会社だった。その窓辺、香箱座りをしている三毛猫を示し、何故か得意げな調子で彼女は言った。
「真鶴さん」
「……もしかしてこの目つきの悪い猫のこと?」
「その不細工さが可愛いのに」
誰も不細工とまでは言っていない。目つきが悪いと言っただけで。
それでも、さくらの視線は真鶴さんに釘付けになった――丁度駐車場に入ってきたバンからおりたおじさんが「道草食ってないでさっさと帰れー」といいながら事務所に入り、猫の頭をぐりぐりと撫でる。
……だって、写真の中のあの人だってすぐに判ったのに。
何度も何度も見に行った。
自分を、母を捨てた人かもしれないと思いながら――優しく笑いながら猫を膝に抱いているあの人を。
酷い人だといいながら、それでも、それでも……
「父さんだと思ったんだもんっ」
――死んだなんて嘘で、きっといつか迎えに来てくれるって思ってた。
ごめんなって言ってくれれば、それだけで全部許してあげようって思ってた。
柔和に目元を和ませるあの人はもしかしたらあたしが産まれたことを知らないのかもしれない。
あんなに優しそうな人だから、コドモを捨てたことなんて知らないんだ。
事務員の髪をくしゃりとかき混ぜて、猫に指を齧られて肩をすくめるあの人が、あたしを抱きしめてごめんなって言って――
いつか、いつか、いつか!
バイクのメットをとんとんっと叩きながら、健吾は「あー」と妙な声を出して一旦空を眺めて、深く息を吐き出した。
「送るよ」
「……いいです」
「――泣くなよ」
――またおいで。
母の話しを色々と、そして母と父との結婚式の話をしてくれた誠一郎は、最後にくしゃりとさくらの頭を撫でた。
まるで父親が娘にそうするように。
惜しみない慈愛を込めて。
「だって……だって」
さくらは奥歯を強く噛み締めた。
「真鶴なんて名前つけるのが悪いのよっ」
決壊した嗚咽に、ぼすりとフルフェイスのメットがはめ込まれ、健吾は苦笑するようにメットの側面をこんこんっと叩いた。
猫にどんな名前をつけようと自由だ。真鶴だろうと、一号だろうと。
健吾は苦笑を押し隠した。
――その名前が、誠一郎にとってどんなものであったのか推し量るのは簡単だ。だが、それを言うべきではないだろう。
「まだ明るいからな。ちょっと走るか。海連れていってやるよ、海」
――確か、本人曰くやたら面倒くさかったらしいけど海に散骨したんだよ。さっちゃんのお父さんはとても海が好きだったんだってさ。
誠一郎の可笑しそうな笑い声がよみがえり、さくらはこくりとうなずいた。
父は――海で眠っている。
健吾のバイクによじ登るようにまたがりながら、さくらはぎゅっと目をつむった。
帰ったらお母さんにお父さんの話を聞いてみよう。
辛い記憶なのだと勝手な決め付けなんてしないで、お父さんはどんな人だったのと笑って聞いてみよう。
本当は、お父さんであって欲しかったの……