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真鶴さんとは関係ない2

「帰りは絶対に電車で帰る」

 そう強く言い切ったのはなつるであった。

バイクの後部座席という慣れない場所に激しく後悔していて出た言葉だ。いわれた方としても軽くうれしくはない。

 何せ、もともとなつるを誘った訳でもないのだから。

「いやいや、乗りたいって言っていたのはなっちゃんでしょうに」

仕事用の車二台が仕事で出払い、挙句私用に使っている車は現在車検でディーラーに出してある。勿論代車はまわされているが、それがあんまりにも使い勝手が悪かった為に、ふと思い立ち、従業員である大木健吾に「健吾、悪いけどバイクかしてくれない?」と軽く言ったら相手も気安く了承してくれた為にバイク走行となったのだ。

 それに対し、本来であれば事務所で留守番の筈の事務員なつるが「バイク乗りたい! あたしも行くっ」と半ば無理やりついて来たのだが。

「ちょっとカッコいいと思ったけど、本気で恐かった」

 車と車の間をすり抜ける感覚と、ぐんっと前方に引っ張られて体だけが置いていかれそうな恐怖。生身の体というたよりなさの横を車が駆ける風圧。バイク本体の熱。必死にしがみついた為に体の妙な部分が汗をかいてしまい、体中がなんだがぐったりとして気持ち悪い。

 高凪誠一郎は肩をすくめ「ま、いいけどさ」となつるの手からフルフェイスのヘルメットを受け取ってバイクの椅子部分に収納した。

 二人の目的地は品川区にあるタワー・ホールの一角。遊びではなく、一応仕事の一環として訪れた誠一郎は、尻のポケットの中に滑り込ませたままの白い封筒を取り出した。

 中から引き出されたのは二つ折りにされた招待状だ。

「ビック即売会」

と金色文字で書かれたそれは、最近取引のある材料屋が顔を出しては「社長―っ、来て下さいよ。サービスしますよー」と半泣きのていで置いていったものだ。おそらく集客ノルマでもあるのだろう。

 いくつもの材料屋が主催して年に数度行われる建材やら設材やらの新作のお披露目会だ。受付で招待状を差し出すと、彼自身の襟についている小さなマイクに話しかけ「少々お待ちください」と待たされる。その間、何故かなつるは受付のもう一人の初老の男性ににこにこと「お菓子食べます?」と飴らスナック菓子をすすめられ、ひとつ受け取ると「この人は菓子を食べる」とでもインプットされたのか、相手は袋にどさどさとお菓子を詰めてなつるに押し付けた。まるで幼い子供でも相手にするかのように。


「高凪社長、いらっしゃい」

 入り口の扉から現れたのは、材料屋の社員でこちらもニコニコとうれしそうに対応する。

「もう来てくれないんじゃないかって思いましたよ。あ、なつるさんもこんにちは。お腹すいていませんか? 中に屋台もありますから、好きなもの食べて下さいね。あ、これ金券です。金券で物産展の商品も引き換えられますからね」

 ぺらぺらと機関銃のように話しかけてくる相手に圧倒されつつ、なつるは二名分の金券を受け取り、ちらちらと誠一郎を見たが、誠一郎はすでに仕事に入ったのか相手となにやら話している。

 案内されて会場内に入ると、パーテーションが組まれてところ狭しと材料屋のブースが作られ、さまざまな部品やら電材やらと一緒に屋台や休憩所も見える。工具から螺子、新しいドレッサーとまさにさまざまだ。

「んじゃ、ぷらっと挨拶がてらオレ回ってくるから。

おまえは物産展とやらで好きに遊んでな」

 という誠一郎の言葉に、なつるはありがたく物産展を見て回ることにした。

金券を渡されはしたものの、こちらはきちんと現金での取引もできるようだ。はじめのうちこそ「これはいったいなんなんだ?」という不思議空間に圧倒されていたなつるだが、慣れてしまえばただのお祭りだ。

 子供連れの奥さん方に混じり、北海道やら九州やらの名品――果てには有名ドーナツ店のセット売りに羽目を外した。

――気づけば両手は荷物でいっぱい。

 バイクで来たことを思い出し、自分は電車で帰ることも思い出し「うわー」とつぶやきつつも休憩所として作られている一角であたたかなうどんをすすっていると、なつるはなんとなくぞわりと背中に鳥肌をたてた。


「……」

 今、一瞬……なんだか不思議な視線を感じたのだ。

ぶるりと首をふり、気を取り直して食事を再開しよう――そう思った途端、ぽんっと気安い調子で肩が叩かれた。

「なっちゃん、こんなところで会うとは奇遇ですね」

「って、うわっ、浅宮さんっ」

 会いたくなかったよっ。

という心の叫びはなんとか押し込めて、なつるは引きつった微笑を浮かべて席を立った。いや、会いたくないともまた違う。

嫌いではないが、苦手な相手。

 気にはなるが……できれば半径十メートル程度離れた場所で観察する程度に留めたい。そんな相手だ。

「浅宮さんも来てたんですね」

「仕事上材料屋さんとは付き合いがありますから」

 仕方なく。ありありと判る単語をちらつかせ、浅宮は入り口で渡されたらしい紙袋をとさりとなつるの前の席に置いた。

「ご一緒しても?」

――ここでイヤですと言える猛者がいるのであろうか。

 相手はにっこりと微笑する獰猛犬だ。その横に更にボクサー犬でも従えていそうな。

「真鶴さんは元気ですか?」

当然のようにたずねる相手に、なつるは「三日前にも来ていましたよね?」と切り返す。

「でも昨日は行っていませんから」

「猫なんて二三日でかわったりしませんよ」

 しかも相手は年がら年中寝ているだけのような猫なのだから。

「なっちゃん、生き物は毎日変化するものだよ。きちんと見てあげてくれないと困る」

 誰の飼い猫だ。

いや、なつるの飼い猫でも無いのだが。

むしろその台詞は正当なる飼い主である誠一郎にでも言ってやって欲しい。

なつるはだらだらと嫌な汗を感じつつ、ここはさっさとお暇しようと――思ったところで、隣の席の椅子が引かれた。

「浅宮クンも来てたんだー」

「……高凪さんもいらしてたんですね」

「そりゃ、こいつだけ来てもしかたないでしょう?」

 にこにこと誠一郎は言いつつ、一緒について来た材料屋の担当者から書類を受け取り、サインをしはじめる。

 書類――というか、伝票だと気づいたなつるはひょいっとそれを覗き込んだ。書かれている商品は数点。

 インパクトドライバが二つに脚立が一つ。あとは何やら暗号めいた商品番号の羅列だ。

「買ったの?」

「おう」

「って、今日バイクだよ? 乗せて帰れないよっ」

 どうするのっ。

焦るように言うなつるに、材料屋の社員が笑って答えた。

「購入してもらったものは、入荷しだいこちらが配達させていただきますから。今日お手持ちになるものはありませんよ」

「あ、そっ、うですよ、ね」

――呆れる眼差しで誠一郎に見返され、なんとなく居たたまれなくなったなつるであったが、そこに浅宮が口を挟んだ。


「バイクで来たんですか?」

「そう。バイクの方が都心は早いでしょ。っても土曜日の首都高なんてたかがしれているけど」

 実際バイクで走行して来たのは一般道だが。

「二人乗り(タンデム)?」

「そ」

「――荷物もあるようですし、彼女はぼくが送りましょうか? 車で来ていますから」

 ちらりとなつるの周りにつんである物産品の山を見て言う浅宮に、なつるより先に誠一郎が答えていた。


「そりゃあ、ありがたい」


――ニヤリと口元を緩めて言われた言葉に、浅宮は誠一郎から余裕のようなものを感じてまたしても腹立たしさに顔をしかめたが、実際は余裕ではなくオジサン特有の底意地の悪さであった。


***


 バイクで帰らないのは歓迎だ。

電車よりも車で直帰も悪くない。ただし、運転席にいるのが浅宮でなければ。

 なつるは後部座席に更に増えた土産――帰宅時に出入り口でお疲れ様でしたと受付に土産を持たされた――をちらちら見る体でこっそりと運転席の浅宮を見た。

 助手席ではなくせめて後部座席に座りたかったが、わざわざ助手席のドアをあけてくれる紳士っぷりに引くに引けなかった。

 なんというか、黒服的な仕事がお似合いで。

そう黒服。決してホストではなくて、それをサポートするべくサロンの片隅で目を光らせているちょっと怖い感じの人だ。

そもそも、これほど声と顔――全体の雰囲気が相反する相手も珍しい。もともと電話の声で想像していたのはもっとフレンドリーな青年であったので、そのギャップはすさまじい。

 ギャップ萌えなどというが、反対だったら萌えたかもしれない。

恐い口調に可愛い外見……いや、そこに萌えは存在しない。

「どうか?」

 口元を引きつらせて笑うなつるに気づいた様子の浅宮の言葉に、なつるは慌てて視線をそらしつつ「ああ、そういえばっ」と声を張り上げた。

 声を張り上げたものの、ことばはとまる。

まったく話題が無い――話題、話題、話題。

なつるはだらだらと背筋になにやら冷たいものを感じつつ、わざとらしくぽんっと手を打った。

「真鶴さんが」

「真鶴さんがどうか?」

 鉄板とでも言うべきか。実に食いつきが良い話題であるが、その先が更に続かない。

なつるは口の中で言葉を途切れさせ――「真鶴さん……好きですよね」とことばが見事に不時着してしまった。

 まさに、何をいまさらだ。

「なつるさんも、好きですよ」

「えっ?」

「ね?」


一拍置いて付け足された、「ね」の存在に頭の中で「なつるさんも(真鶴さんが)好きですよ、ね?」というなんとも微妙な言葉であったと理解する。かぁっと体内から羞恥が湧き出し、うぎゃあっという声をあげてしまいたい気持ちを押さえ込んで、なつるは引きつった笑いを浮かべてみせた。

「そりゃー、そうですけど」


――なつるさん(のことも)好きですよ。


ストレートにそう翻訳してしまった己を恥じて、もういっそ消えてしまいたくなる。

その後は浅宮が真鶴さんについてつらつらと楽しげに話し続ける言葉にあいまいな相槌を打ちつつ、なつるは耳まで赤くなっているのではないかと不自然に自分の耳を押さえたりもしてしまった。

 だめだ。

この人、苦手すぎる。

二人でいるとどうしてもいたたまれない気持ちになってしまう。

すごく落ち着かない。

 なつるはせめてここに本当に真鶴さんの一匹や二匹いてくれればいいのにと切に願ってしまった。

「そういえば、先ほどの荷物は私物ですか?」

 ふいの言葉に意味がつかめず、びくりと身がはねる。

「え、あっ?」

「ほら、色々と買い物していたでしょう? 後部座席の荷物。なんでしたら会社じゃなくて自宅に送りましょうか?」

「いえっ、いえいえ。いいです。それに、会社の皆へのお土産もあるし」

「結構な荷物ですよ? 徒歩通勤でしょう?」

「ああ、大丈夫ですよ。社長の自転車使うし」

――じゃなかったら社長に送ってもらっちゃいますから。

 と、両手でふるふると手をふり、さらりと「お断りだ」と訴える言葉に、浅宮はそれ以上言葉を重ねることはむしろ迷惑だろうとでも言うように、あっさりと「そう」と引き下がった。

 ほっと息をついたなつるとは違い、浅宮はふつりと会話を打ち切るようにしっかりと前方のみを向いてその後は静かに車を走らせた。

 浅宮との会話に居心地の悪さを覚えていたというのに、会話が無くなってしまうと今度は更に居心地が悪い。

 だからといって何とも話しかけづらい空気にのしかかられ、なつるは困惑しながら身じろぎして車のシートの上、座りなおした。


そうこうしているうちに窓から入り込む日差しやら、ゆるやかな車の揺れやらになつるはすぅっと意識を手放し、次に気づいた時には肩口を軽く揺さぶられてのこととなった。

「なっちゃん、着いたよ」

「え、ああっ。ごめんなさい。寝てましたっ」

 思わず判りきった自己申告をすると、運転席側に座ったままなつるを軽く揺さぶった浅宮は苦笑して見せる。

 なつるはわたわたとシートベルトをはずし、あわただしく後部座席に置かれていた土産物一式を事務所内に入れて――最後の荷物を手にしたところで、運転席についたままの浅宮が「じゃあ」と開いた窓越しに実に短い声をかけてくる。

 それが微妙に不自然で、なつるはどうにも腑に落ちないような気持ちになった。

本来の浅宮であれば、自分から率先して荷物を運んでくれそうなものだし、何より運転席に座りっぱなしというのも浅宮らしくないような気がする。

 浅宮という男性を熟知しているとは言いがたいが、基本的には「親切」――多少性格に難があったり、ちょっと病的に猫好きだったりとかするが……基本的には親切という言葉で表現して良いだろう相手だ。

「あのっ、送って頂いてありがとうございました」

 まさかそのまま帰ってしまうとは思っていなかったなつるは、慌てて礼を口にすると、浅宮は小さくうなずく。

そのままギアをドライブに運ぼうと手を動かしたが、ふいにそれが止まって「なっちゃん」と改めた様子で声をかけてきた。

 そのまま何事かを言いかけ、一度口を閉ざす。

一度かちあった眼差しが、さけるように一旦伏せられ、なつるは相手を促すように言葉をかけた。

「はい、何ですか?」

「――社長に」

「はい」

「よろしく伝えておいて」

 実にあっさりとした儀礼的な言葉、ぺこりと頭を下げてパワーウィンドウのスイッチを押した浅宮は、唇を引き結ぶようにして前方に視線を向けるのとほぼ同時に車をスタートさせた。

 最後の荷物を手にそれを見送り、なんともふに落ちない気持ちでじっと突っ立っているなつるの眉間はぐいぐいと皺を寄せていく。

 なんだか奥歯に小骨でも引っかかったかのような奇妙な感覚だ。

別に意地の悪い言葉を言われた訳でもないし、何か不機嫌になるようなことは何も無いのに、いつもの浅宮とは違うと感じてしまう。

「もう、なによっ」

 確かに助手席で眠てしまったのは不調法かもしれないが、あまりにも今の態度は大人気ないのではあるまいか。自分から送っていくと申し出たのだから、もう少し……なんというか、なんと言うべきか。

 自分でも訳の判らない気持ちでふんっと鼻息を荒くしたなつるは、最後の手荷物をぎゅっと自分の腕に抱きしめてくるりと身を翻し、丁度視界に入り込んだ事務所の出窓で座っている真鶴さんと視線をかち合わせた。

 もちろん、真鶴さんはなつるが戻って来ようと喜びを表したりしないし、どちらかといえば「――なに?」というフレンドリーさの欠片も無い様子でどっしりと座ったままだ。

けれどそのずんぐりとした猫を見つめながら、なつるは思わずポケットの中に放り込んである携帯電話を引っ張り出し、相手が運転中だと重々承知していながら電話をかけてしまった。

 五回のコール音。

もうでないのではないかと思ったところで、どこかくぐもった声が耳に届く。

幾度も電話で聞いた、決して嫌いにはなれない声。

「あのっ、真鶴さんと遊んでいかなくていいんですか?」

 咄嗟に出たのは挨拶でも「もしもし」でもなくてそんな言葉で、自分はいったい何をしているのだろうかと焦りまで滲む。

 でも相手はあの浅宮なのだ。

ここまで――事務所まで足を運んだというのに、真鶴さんを無視するなんてありえない。つまり、

「もしかして具合が悪かったりします? それとも、実は急用があったとかっ」

 いくら向こうから送ってくれると言ってくれたからと言って、実はなつるの荷物があまりにも多いのを見ていられなくて仕方なく声をかけてくれたのだろうか。

「ごめんなさい、あのっ」

焦っているなつるの声をさえぎるように、浅宮は吐息を落とした。

「別に、具合も悪くないし、急用もないよ」

「なら……良かった、ですけど。

え、でも」

だったら尚更おかしくはあるまいか。

猫に鰹節、浅宮に真鶴さん――つまりそれくらい食いつきがいいというのに。真鶴さんを前にしてさっさと帰宅する浅宮など今まで……

「誘ってくれているの?」

「うっ」

「じゃあ。戻ろうかな。でも、そうしたらなっちゃん、夕ご飯付き合ってくれる? それとも、さっきうどん食べていたけど、どこかスイーツのおいしいところでお茶でもする?

猫喫茶の約束も頓挫したままだし」

 すらすらと言われる言葉に「真鶴さんと遊ぶだけじゃないんですかっ」と思わず頓狂な声をあげてしまったのだが、相手は喉の奥で小さく笑った。


「真鶴さんとは関係なく、なっちゃんと一緒にいたい。

君にとっての高凪社長の位置に、ぼくは居たいんだ」


 囁きに顔を赤らめつつ、ぷつりと切れた携帯の画面をぼんやりと見つめ――ついでなつるは困惑の眼差しでガラス窓越しに真鶴さんを眺めてしまった。


「誠ちゃんの位置って……叔父サン? え、おとうさん? は?」




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