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婚約破棄されたので頭を使うことにしました

掲載日:2026/05/26

「フランメ!お前との婚約を破棄する!俺は真実の愛を見つけたのだ!」


 ダランベ王子が、学園の大広間でそう宣言する。夏のセミぐらい大きな声。いや、ウザさはセミ以上かも知れない。よく考えれば、強大な敵に出会うと泣きながら漏らして逃げる所も、セミそっくりだ。


「そう!私が運命の相手だったの!あなたなんかお呼びじゃないんだから!」


 ダランベ王子、もといセミの右隣には、クラスメイトのアースナリー伯爵令嬢がいた。アースナリーさんは、無駄に大きな胸をこれでもかと前に突き出す。その反動で脂肪の塊が上下に揺れ、一部の男子生徒から「オォー」と腑抜けた声が漏れる。


「そうですか。それはおめでたい事ですわね。謹んでお喜び申し上げます」

「お前はつくづく愛想にかける女だな!つくづく婚約破棄して良かったぜ!」


 つくづくつくづく、何度もうるさい。王子はただのセミでは無かった。ツクツクボウシだ。


「本当だわ!こんな素敵なダランベ様から婚約破棄されたというのに、涙も流さないなんて、人間ではないのかしら?――もしかして、今日の昼ご飯は昆虫でしたの?」


 だとしたらダランベ王子の腕は二本も残っていないだろう。虫を好んで食べる人間が、王子のことを逃すはずが無い。


「素敵……ですか?」

「まぁ!ダランベ様の素晴らしさに気づかないなんて、目が腐っているんじゃないの!この素晴らしい赤い髪!私はこの髪に惹かれたのよ!ダランベ様以外にこんな輝きにあふれた髪、見たこと無いわ!」

「それはそうでしょう。だって――それ偽物ですもの」


 私の発言に会場の空気が凍る。アースナリーさんの表情も動きも固まり、動いているのは、慣性で揺れる胸元の脂肪だけだ。


「な!俺を侮辱する気か!」

「だって、そうでしょう?」

「言わせておけば!だったら証拠を見せろ!そんなもの無いけどな!」


 そう言われた私は、ツカツカと早足で王子に近づき、油断して笑っている王子の髪の毛をガシッと握りしめる。予想外の私の動きに反応出来なかった王子は、一足遅れて私の腕をつかむ。だが、もう遅い。


「な、何をしている!離せ!離してくれ!」

「証拠を見せろと言ってきたのはあなたではないですか?」

「いいからその手を離せ!」


 王子はそう言って、髪の毛を握っている私の手を剥がそうと、無理矢理私の腕を引き剥がす。だが、それがいけなかった。私は髪の毛をつかんだまま、尻もちを突いて倒れたのだ。

 私は王子の頭を仰ぎ見る。

 そこには、何も残っていなかった。あるのは神々しい輝きだけだった。


「き、貴様!!」

「証拠を出せといったのはあなたでしょうに」


 私は真っ赤なカツラを右手で握りしめながら、ゆっくりと立ち上がる。


「で、ですが、私はそれでもダランベ様は素敵な方だと思いますわ!髪の毛がどうしたと言うのですか!輝きにあふれた赤髪も、光輝いている今の頭も、似たような物です!それに、私はダランベ様の、優しく聡明な所に惹かれたのです!」


 アースナリーさんはそう言って王子の方を見る。何だか良い子に見えてきた。隣の反射板のおかげで、もはや後光が差して見える。


「優しくて聡明、ですか。……ではダランベ王子が何故そのような髪になったかご存じですか?」

「?病気とかでしょうか?」

「いえ。彼は昔、除毛剤を使って従者にイタズラをしようと考えていたのです。だけれど、本当に効果があるのか気になった彼は――自分の髪の毛につけて試したそうですよ。従者の方が笑いながら教えてくださいました」


 私の発言に、再度固まるアースナリーさん、揺れる胸部。


「お前!調子に乗りやがって!許されると思うなよ!」

「先に調子に乗ったのはどちらなのでしょうか?」


 私がそう答えると、王子は黙って懐から何かを取り出す。

 手には――ナイフがあった。広間に急激に緊張感が走る。誰かが「キャァー!!」と悲鳴を上げる。


「殺してやる!俺の秘密を知った奴全員殺してやる!――まずはお前だ!フランメ!」


 王子は必死の形相でそう言うと、私に向かって飛びかかってくる。

 咄嗟に投げる右手のカツラ。カツラは地面をシュルシュル転がり、王子の足に絡みつく。主人の下に帰りたかったのだろうか。毛根にも負けないぐらい、強固にへばり付くカツラ。頭は使いようだ。

 髪の毛に足を取られた王子は、不格好にバタンと勢いよく倒れる。私はすかさず、彼のナイフを持っている右手を思い切り蹴る。ナイフは広間の床を滑り、遠くでピタリと止まった。

 

 王子はピクリとも動かない。

 ――セミのように死んだふりをしていた、なんて事もなく、教師に叩き起こされるまで彼が目を覚ますことは無かった。


******


 基本的に、学園は社会に出るまでの失敗場という立ち位置で、大抵のことをやらかしても親や家が出てくることはない。カツラを取ったくらいじゃ、大人が口だししてくることはないのだ。

 だが、生徒を殺そうとしたとなると話は別だ。今回の件を受け、ダランベ王子は退学はもちろん、塔に幽閉されることとなった。人を殺そうとしたのだ。王位継承以前の問題だ。

 アースナリーさんは停学処分を受け、今は実家で再教育を受けている最中だという。しっかり反省したと判断されれば、また学園に復帰するそうだ。


 ちなみに、ダランベ王子のカツラをつくった職人は、今社交界で引っ張りだこらしい。何でも『足にもへばり付く驚異の毛根力』が売りなのだとか。商売根性がたくましい。私も頭に除毛剤を塗ってしまったら、ぜひ訪れることとしよう。

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