境界人 Limitrophe
境界人 - Limitrophe
Ⅰ
下流の子供たちに混じって,ブティックには置いてないデザインの服を着て図書館に出入りする20歳前後くらいのその人をしばしば見かけるようになったのは,自ら下流民になって3年,あるいは5年くらい過ぎた頃か。
「上流の人ですよね?」
最初に声をかけたのはわたしの方だ。下流の人間が上流地区に入り込むことはできないけど,上流の人間が下流地区に出向くのは特に禁じられてはいない。でも本人にとっては気がかりなのか,わたしから話しかけられた時は,見とがめられ叱責されるのを心配するようなおびえた表情を見せた。わたしはもちろん責めるつもりはなく,むしろ親近感を込めて語りかけている。それが分かって,安心したようだった。その人はSと名乗った。なぜ上流の人間が下流地区の図書館に出入りしているか,言い訳するように説明してくれた。
「上流地区の図書館では,昔の文献にアクセスしにくいんです。決して禁じられているわけではありません。言論,表現,思想,信条の自由は尊重されていますから。ただ,それらの文献はレトロパチーの誘因になると考えられているので,簡単にアクセスできないようになっているんです。特にわたしはアクセスしにくくて。レトロパチーの病歴が図書館のコンピューターにも共有されていて,そういう人間には普通以上に厳しいアクセス制限があるんです。もちろん,きちんと手順を踏めばアクセスできます。禁止されているわけではありません。ただ,面倒なんです。何回もパスワードを入力し,何度も繰り返し画面に表示される確認の質問に回答してアクセス手続きを続けるのは気が滅入ります。『ご希望の文献はあなたの健康を害する恐れがあります。それでもアクセスしますか?』とか『ご希望の文献を読むと症状が悪化して自殺の危険が高まるという報告があります。それでも読みますか?』という質問にいちいち『はい』と答えないといけないんですよ。そんな時,ふとした機会にレトロパチー仲間から教えてもらったんです。下流地区の図書館には古い本が残っていて,誰でも自由に書庫に入って本を探し出せるって。それで,近隣のいくつかの下流地区に出向いたんですが,ここが一番たくさん本が残ってますね。紙の本だから探すのが大変だけど。暗い書庫で冊子になった本の背表紙を目で追う方が,コンピューター端末でアクセス手続きをするより,気持ちが落ち着くんです」
「レトロパチー? それはどういう意味?」
「レトロパチーというのは,わたしみたいな病気です。つまり,上流社会のしきたりに馴染めない病気です」
と説明されても,それで分かるはずもない。いろいろ尋ねて,およそ次のようなことを理解できた。
上流社会にもたまに突然変異のように,昔ながらの繊細な感受性を備えた人が生まれ育ってしまう。その人たちは,競争原理が徹底して,自分以外は同僚にも同級生にも,時として親兄弟にさえも気を許していられない上流の社会に耐えられず,心を病む。そういう彼らに与えられた病名がレトロパチー(retropathy)。退行病とか逆行症という意味だろう。かつての世界 ― 人間精神がまだ改良されず,人間どうしの連帯が信じられ,市場原理や競争原理が批判されることもあった19世紀,20世紀の世界の精神に退行,逆行する病気ということらしい。 それにしても,繊細な感受性を持つことは上流社会では病気と見なされるようになったのか。
わたしはSさんと顔なじみになり,会えばいろんな会話を交わすようになった。上流の競争社会に耐えられない感性は,ここの子供たちの素直さに通じるところがある反面,下流の子供たちが持ち合わせない知性や教養も備えていた。そして,露骨な市場経済社会を子供の頃から身近に見て育ったSさんは,20世紀以前のリアリズム文学も理解できるようだった。
「猫が死ぬよ」の詩の寓意もすぐに理解した。
わたしの住む下流地区の図書館は本が揃っているという評判が上流地区に広まったのか,Sさんに続いて何人かレトロパチーの人たちが訪れるようになった。彼らは,互いに顔を合わせれば挨拶くらいは交わすけれど,それ以上のつきあいはないようだ。上流社会の雰囲気に違和感を抱き,適応できないという共通点があっても,人間どうしのより深い交流は難しいらしい。
たまに彼らがカフェテリアに入って食事をしていることもあった。何気なしに眺めていたけど,ある時ふと気がついた。なぜ,彼らは電撃で弾き飛ばされないのだ? 彼らは断種手術を受けていないはずなのに? 不思議に思って,カフェテリアの総括管理者に尋ねた。
「電撃を通していたのは最初の1年だけです。それ以後は何もしていません。住人たちには知らせていませんけどね。お偉方の判断では,1年経過すれば,手術を受けずにカフェテリアに入り込もうとする反逆者は根絶できたはずだということです。仮にごく少数残っていても,ほかの圧倒的多数の住人が断種手術を完了しているから,子供が生まれる心配はないし,そんな極少数者のためにコストをかけてバリアを維持管理するのは無駄だということですよ」
なるほど,どこまでも合理的な人たちだ。それにしても,下流地区のカフェテリアで「タダ飯」を食う上流民を取り締まろうとはしないのだろうか? ……いや,わずかばかりの人間を取り締まるコストの方が,その人たちに食料を余分に供給するコストより高いのだ。これくらいの計算はわたしにもできる。
そうやって下流地区にやってくる上流民の中に,レトロパチーとは雰囲気の違う人たちもたまに目にするようになった。
Sさんに尋ねたら,「きっと中流の人たちでしょう」とのことだった。
「中流?」
「上流に生まれ育ったけど,職に就けない人たちを中流と呼ぶようになったんです。わたしの世代には多いですよ」
「そうなんだ……」
わたしは最終改革会議での計画部長の自信に満ちた断言を思い出した。だけど,あれほどの自信を裏切って,やはり失業率は下げ止まらず,上流地区でも失業が発生するようになったらしい。
「つまり,結果として君たちと同じ境遇にある人たちなわけだ」
「まあそうだけど,中身は違います。わたしたちは,自分が社会に適応できない無能な人間だと認識しているけど,彼らは自分たちは有能だと思っているんです。実際,きちんと教育を受け仕事もできるはずなんだけど,職場に空席がないから就職できないんです」
「いつか,就職するあてはあるのかな?……」
「さあ,彼らのことには関心ありませんよ」
Sさんは,いかにもどうでもいいという口調で答えた。同じように上流社会から疎外されていても,互いの連帯意識は存在しないようだ。
「それにしてもなぜ中流の人たちがここに来るんだろう」
「いたたまれないのでしょう。役立たず扱いされ,そのような目で見られることが。わたしは慣れているけど,彼らはそんな扱いに慣れていないから。それと,下流地区の診療所に行けば安楽死の薬が簡単に手に入るという情報が流れていて,それを目当てに来る人もいるらしいです」
「自殺志願か」
「そうでしょうね」
「君は,自殺しようとは思わないのかい?」
「わたしは,そんなこと考えたことないです。敢えて死ぬ理由はないから」
わたしは,『希望は絶望の母』という言葉を思い出した。ずいぶん前,Tさんと語り合った時に口にした言葉だ。中流の人たちは,下流民ともレトロパチーとも違い,大人になって職について一人前と認められるという希望を抱いて成人した。その希望が叶えられず,今後も叶えられるあてがないと確信した時,絶望し,自殺を志すのだろう。
「自殺しようとは思わないけど,生まれなかったことにしたいと思うことはあります」
「えっ?」
中流民のことを考えていたわたしは,Sさんが自分のことに話題を戻したのに不意を突かれた。
「さっき,『死ぬ理由はないから』って言ったけど,正直に言えば,死ぬ勇気がないのかもしれない。生まれてしまったからには,死ぬのは怖いから。だから,初めから生まれなかったら良かったのにと思うことはあります」
「昔,精神科医をしていた頃,同じようなことを何人かの患者さんが言ってたよ。『自殺したら,家族や友人たちが悲しみ,ショックを受けるだろうから,自殺はしようと思わない。生まれなかったことにしたい。自分の誕生を取り消したい』って」
「そんな心境にあっても家族や友人のことを思いやるなんて,ほんとうに心優しい人たちですね。わたしは,そんな理由じゃないんです。ただ,自殺する勇気がないだけです……Mさん,医者だったの?」
「あっ,いや,遠い昔の話だよ」
レトロパチーや中流,これら下流地区を訪れる上流民も,やがて年月を経るうちに目にすることが稀になった。結局,ここは自分たちの居場所でないことを理解したのだろう。Sさんだけは,それでも時おりわたしに会いに来てくれた。
Ⅱ
Sさんがわたしの住まいに来たのは,知り合って1年くらいたった頃か。下流地区のみすぼらしい建物の外観は見慣れていたはずだけど,中に入った時,物珍しそうに壁や天井や床を見回していた。
「おんぼろだろう」
「そうですね」
わたしはその素直すぎる返答にちょっと笑った。
「おんぼろな上に,家具らしい家具もないんだ。まあ,ベッドはある。キッチンもあるけど,調理道具がないから,無用の長物だね」
「わたしたちも,最近ではほとんどキッチンを使わないんですよ」
「おや,そうなのかい。じゃあ食事は……すべて外食?」
「いえ,調理済みの食品が指定した時間に配達されるんです。保存できるものは,冷蔵庫が中身の減り具合を検出して自動的に補充していて,コマンドを出せば温め直してくれます」
「ああ,上流での生活はそこまで進んでるんだ。じゃあ,たとえば朝起きたら,その日に食べたいものを発注して,配送時間を指定するという感じなのかな」
「まあ,そうですね。朝食は前の晩のうちにオーダーしておくことが多いけど」
「だけど,食材や料理がたくさん載っているカタログ画面から好きなものを選ぶのも面倒だろうね。いろいろ目移りして,知らぬ間に時間を無駄遣いしたり」
「それは,ちゃんとコンピューターがわたしの好みを記憶していて,わたしがよく食べるものをカタログの先頭に出してくれるんです」
「なるほど……でもそれじゃあ,いつも同じようなものを食べることにならないかな」
「そうでもないです。コンピューターには世間の流行とか,新しい食材,料理の情報もインプットされていて,そこからわたしの好みに合いそうなものをピックアップしてお勧めしてくれるんです。お勧めのメニューから適当に選んで発注しても,ほとんど『はずれ』はないですよ」
「なるほど,そこまで機械がやってくれるんだ。自分で考えたり,迷ったりする必要もないんだね」
わたしは,自分が上流地区で暮らしていた頃のことを思い返した。もう10年かそれ以上も前。わたしはどんなふうに生活していたのか,あまり思い出せないけど,一人暮らしで,調理もほとんどせず,外食するか調理済みの総菜を買うことが多かった。そういえば,レストランでわたしのカードを挿入すると,わたしが好きそうな料理がお勧めとして提示されることがあったような……。それから人工知能はもっと進化して,人は何も考えなくてもふだんの暮らしを送れるようになっているんだろう。だけどそうやって考えることを機械に任せて,人は暮らしの中で何も考えないようになったら,基礎思考力とでもいうものが劣化しないだろうか。
Tさんが話していたように,仕事に要求される知的能力のレベルがどんどん上がってるのに,出発点の基礎思考力のレベルが下がっていたら,その間をつなぐ学習期間がますます長くなるんじゃないか。
「ただ,メニュー・リコメンダーにも欠点はあって……」
「えっ……ああ,料理の話ね」
わたしは自分の考えから引き戻された。
「ああ,説明不足でした。メニュー・リコメンダーというのは,そのお勧めメニューを提示してくれるプログラムのことで……」
「分かるよ。名前からして,きっとそうだろう」
「そうなんです。そのメニュー・リコメンダーはちょっとお節介なんです。わたしが好きなものを選んでオーダーすると,たまに『この3日間の食事でビタミンB1が不足しています。こちらのメニューの方が栄養的にお勧めですが,いかがなさいますか?』みたいなことを言ってくるんです。もちろん,そのアドバイスを無視してオーダーを確定しても,ちゃんと配送されますけど」
「機械がそこまでお世話してくれるのか。至れり尽くせりだね。たぶん,話は食べ物に限ったことではなくて,生活のあらゆる場面で,人間が思いつくよりもずっと適切で正確なアドバイスを機械が与えてくれて,人間は何も考えなくて生きるようになってるんだろうね……」
こんなこともきっかけになって,Sさんは時おり上流地区での生活の様子も話してくれるようになった。家族のことはSさんにとって愉快なことではないらしく,あまり語らないけど,何かの折に話してくれることもある。たとえば……
Sさんの祖父は70歳頃に臓器交換した。長年使って疲労し機能が低下した心臓と腎臓を,自分の骨髄から採取した幹細胞から分化させた新しい心臓と腎臓に取り替えた。若返った心臓と腎臓で,80歳を越した今も元気に働いている。いずれ肝臓と肺の交換も考えている。Sさんの姉はそんな祖父の振る舞いを嫌っている。
「いつまで生き続けるつもりなの。いつまで仕事にしがみついているの」
今の職場で勤続60年あまりの祖父はそれにふさわしい収入を得ており,家の中でも威張ってもいる。姉はそれが気に入らない。確かに,若い世代にとって,親や祖父母の世代がいつまでも元気で仕事を続けていれば,それだけ自分たちの就職が難しくなり,「中流」に転落する可能性が高まるのだから,そんな文句も言いたくなるだろう。
「とっとと引退して若い世代に席を譲るべきよ」
と憎まれ口をたたく姉に祖父が言い返す。
「わたしはまだ若い」
そう言って祖父は40年前の写真を見せる。
「今のわたしも,この写真とほとんど変わっていないだろう……」
こんな問答が繰り返されている。
「ほんとうにそうなんです。祖父は年を取らない。正確に言えば,定期的にアンチエイジング手術を受けて外見を若返らせているんです」
とSさんが説明する。
「ひょっとして,アミロイドβ分解酵素誘導剤を服用していないかい?」
「アミロ……なんですか,それは?」
「ああ,いや,つまり,痴呆を防ぐ薬と言えばいいかな」
「薬をのんではいません。アンチエイジング手術の時,頭蓋骨に小さな穴を開けて,痴呆を防ぐ注射をするとは聞いたことがあります」
「ああ,そういう戦略を採用したのか」
アミロイドβがアルツハイマー型痴呆の主因だということは,わたしが生まれる前から知られていた。アミロイドβの生成を阻害するか分解を促進するかして脳内での蓄積を防げば,少なくともアルツハイマー型の痴呆は予防できる。わたしが医者になった頃,アミロイドβを分解する酵素を脳内で誘導する薬の開発が進められていたけど,脳血液関門を通過させるのに手こずっていた。結局,脳内に直接注入するという方法を選んだらしい。だけど,数年に1回注射するだけで十分なのか……? いや,きっとわたしが想像も及ばないような斬新な薬や手法が開発されたんだ。……もう10年以上になるかな,上流の世界を離れ,医学の進歩から取り残されてから……最新の医学のことなど,分かりはしない……こんなことを考えると,ちょっと寂しかった。なぜだろう,上流の世界に未練はないはずなのに。
「Mさん,どうしたの? 急に沈んだ顔をして」
「ああ,いや,何でもないよ」
わたしは気持ちを切り替えて,明るい声で返事した。
「それにしても,80歳を過ぎても40歳の時の外見を保っているとは,わたしの感性からすると不気味だけどね」
「わたしは見慣れているから不気味とは思いませんが,何なのでしょうね,あの若さへの執着は」
「まあ,老いぼれるより若々しい方がうれしいものなんだろう」
「それはそうかもしれませんが……。姉とは仲が悪いけど,祖父のこの点に関しては意見が一致するんです」
「お姉さんと仲が悪いのかい」
「仲が悪いと言うのが適切かどうか……。いつもわたしのことを『役立たずの穀潰し』と呼んでます」
Ⅲ
Sさんがわたしのおんぼろ家にも慣れた頃,わたしからこんなことを話しかけた。
「いっそ下流になってここに住めば? 下流から上流への移住はぜったい認められないけど,逆は認められるかもしれない。わたしも似たようなケースだから」
「でも,セシルを連れてこれないでしょう」
「セシル?」
「ああ,ロボットです。友達ロボット」
「友達なら,ここに住めば生身の人間の友達がたくさんできるよ」
「無理です。これまでも何度か語り合ったことがあるんです。彼らの言うことはあいまいで,理解できないことがあるんです。わたしの言ったことをすぐに分かってもらえないことがあるんです。セシルはそんなことはない。わたしの言うことは100%正確に理解してくれるし,彼女の言うことはいつでも正確明瞭に理解できるのに。ここの人たちとは言葉が通じ合わないことがあるんです。違う世界に生きてきたから,言葉が通じないのは仕方ないかもしれないけど」
「そうだよ。だんだんと慣れてくるよ。何年か,いや何ヶ月か住んでいれば,なじんでくるよ」
Sさんは寂しそうに首を振った。
「ここだけじゃないんです。向こうにいても,上流地区にいても,人間とはうまくつきあえません。なまじ言葉が通じるから,なおさら傷つけられます。人間って,どうしてこんなに面倒くさいんでしょうね……」
わたしは返す言葉がなかった。
「……あなたはセシルの優しさ,機転,気配りを体験したことがないから,実感できないでしょう。決してわたしを悲しませたり,怒らせたり,困らせたりしない……実際に体験したら,生身の人間とのつきあいが面倒になりますよ。つきあいに耐えられなくなります」
セシルはもともとベビーシッターロボットだった。ほかのベビーシッターロボットと同じように,子供の成長につれて新しいプログラムやメモリーが組み込まれる。子供の興味に応じるためのメモリーもある。生物学に興味があれば生物学関係のデータセット,天文学に興味があれば天文学関係のデータセットがインプットされる。セシルには,Sさんの興味にあわせて,文学と音楽関係のデータセットが追加された。もちろん,教育課程で習う事項についての知識もインプットされるので家庭教師にもなる。
「メモリーが一杯にならないの?」
「セシルの記憶容量は無限らしいです」
セシルが初めてSさんの相手をした時からずっと,すべての会話がメモリーに収納されているだけでなく,その時の表情や行動も映像情報として蓄えられているから,セシルはSさんの性格,気質,好きなもの嫌いなものなどを正確に把握している。だから,セシルと一緒にいるのが何より楽しく,くつろげる。
Sさんだけが自分用のロボットを持っているわけではない。姉にも「恋人ロボット」がある。親やそれより上の世代では,ロボットを友達や恋人にするのは抵抗があるようだが,社交クラブで彼らの相手をするのは,今では生身の人間ではなくホステスロボットとでも言うべきロボットであるらしい。
「その恋人ロボットというのは,ベビーシッターロボットとは別なの?」
「はい,別です。姉に限らずたいていの人は,10代中頃にベビーシッターロボットから恋人ロボットに取替えるみたいです」
「ふーん。だけど,せっかく自分の性格や好みを知り尽くしてくれたベビーシッターロボットを,ほかのロボットに取替えるのはもったいないような気がするけど」
「子供の頃の自分を知り尽くされているから,いやなんだそうです」
「なるほど……」
その気持ちは何となく理解できる。
「恋人どうし,たまにはケンカもするのかな?」
「たぶん,それはないと思います。姉の部屋に入ったことはないから,断言はできないけど,ケンカはしないでしょう。恋人ロボットも,セシルと同じように作られているなら,姉の言葉や行動をすべて記憶して,姉の性格を完璧に理解して,姉がいやがるようなことは決して言わないはずです。いつでも姉を快適な気分にさせてくれるはずです」
「であれば,確かに,人間の恋人と付き合うより楽しいだろうね……だけど,そこまで自分のことを知り尽くされているのも不気味ではないかな?」
「わたしは,セシルを不気味とは思わないけど,そんなふうに思う人もいるでしょうね。そういえば,姉は去年,恋人ロボットのメモリーを初期化しました」
「初期化?……つまり,メモリーをいったん全部消去したということ?」
「そうです。もっとも,姉の話では,知り尽くされたのが不気味というより,学習によってロボットのメモリーに構築された姉のイメージが気に入らない,姉にとって不本意だからだとのことです」
「うーん,でも,お姉さんの人格は変わらないのだから,初期化してもロボットはまた同じようなイメージを構築してしまうんじゃないかな」
Sさんの姉の行動は,わたしに精神医学的な興味を呼び覚ました。確かに,他人が自分について抱くイメージが自分にとって不本意なことはある。「わたしはそんな人間ではないのよ」と叫びたくなる気持ち。叫んだからといって他人の中の自分のイメージが変わるわけはないけど,ロボットが相手なら,メモリーを初期化するという方法があるわけだ。だけど,何度初期化しても,結局以前と同じ自分のイメージが再構築されるとしたら,それはそれでいやな気分になるだろう……いずれ,毎年どころか毎月,毎週,さらには毎日,ロボットのメモリーを初期化するようになる? それとも,自分が理想とするイメージを構築させるためにロボット相手に演技をするようになるのか? それもまた,神経症的な行動に思えるけれど……こんなことを考えて,わたしは軽く苦笑いしながら頭を振った。今のわたしにはどうでもいいことじゃないか。上流民の精神病理を探求しても詮ないことだ。わたしはつとめて軽い口調でSさんに話しかけた。
「ロボットが相手でも,気苦労はあるんだ」
「わたしはセシルに気苦労を感じたりはしませんが,そんな人もいるでしょう」
「それでも,人間と付き合うよりは気楽?」
「そりゃあ,そうですよ。少なくとも,ロボットは人を裏切ったり蹴落としたりはしないから」
「なるほど……」
「まあ,あの世界で有業者であり続けるためには,人を蹴落とさないといけないんだけど」
その言葉は,わたしの心に刺さった。
「お姉さんは今も有業者なのかい?」
「はい」
「それは,良かった」
「良いことでしょうか? わたしには,浅ましいとも思えますが。姉は祖父を『いつまで仕事にしがみついているの』と非難するけど,姉も仕事にしがみついている点では同じなんですよ」
その言葉も,わたしの心に刺さった。上流民は,ますます稀少なものとなった雇用をめぐって互いに競争し,蹴落としあう。それは,かつてのわたしの姿でもあった……。
最終改革会議での計画部長の自信に満ちた断定を裏切って,人間を機械で置き換える技術革新は止まらなかった。そして臓器再生は実現し,いつまでも現役を退かない祖父母や父母たちが,子供たちの就労機会をさらに減らしている。
Sさんの世代は,レトロパチーであれ健常者であれ,職を得られた上流民であれ職を得られない中流民であれ,この現実を冷静に認識している。臓器再生治療を受け,アンチエイジング手術を繰り返す祖父に「いつまで仕事にしがみついているの」と非難を浴びせたSさんの姉も,自分がその立場になれば同様に振る舞うだろう,そしてそんな彼女に向かって子供の世代が「いつまで仕事にしがみついているの」と非難を浴びせるようになるだろう。それが分かっているから,彼女は子供を作ろうとしない。彼女に限らず若い世代の多くは同じ選択をしている。これから生まれてくる子供たちは,成長しても職に就くあてはなく,年上の世代に恨みを投げつけるしかない。そう分かっているなら,そんな命をこの世に送り込まない方がいい。自分のためにも,生まれてこない子供のためにも。
そんなわたしの感慨を語ったら,
「もちろん,子供たちの将来への配慮もあるかもしれないけど,もっと露骨な理由もあるんですよ。子供を生んで育てるには時間とお金がかかるでしょう。それがいやなんです。それだけのコストをかけても,何のリターンもないんだから。子供につぎ込む時間とお金を仕事や事業につぎ込めば,いくらかのリターンは得られる。そんな計算をして,子供を生まないんです」
とSさんが説明を付け加えてくれた。
「かつて,下流民は不妊を強制されたけど,今では上流民が自発的に妊娠を避けるようになったんだね。上流民の場合は,新たに生まれてくる人間がいなくても,今いる人間がずっと生き続けるから,絶滅はしない……だけど,いくら臓器再生技術が進歩しても,その他もろもろの技術が進歩しても,人間が何千年も何万年も生き続けていられるものかな……」
わたしはほとんど独り言のようにつぶやいた。それから,これはSさんに問いかける口調で言い足した。
「それにしても,年上の世代は,若い世代のそんな選択に何も意見しないのかな?」
Sさんはけげんそうな顔をした。
「何を,なぜ,意見しないといけないのですか?」
「だって,放っておいたら,上流民もいつか絶滅するかもしれないのに」
「でも,だからといって,それで誰も困らないでしょう」
わたしは返事に詰まった。そして,上流の人たちの気持ちを想像した。確かに,子供を産み育てることを放棄した人たちにとって,自分たちに続く世代が存在しないことは,とりたてて嘆くことでも困ることでもないかもしれない。連帯という観念が消え失せてしまったからには,自分が死んだ後に誰かが生き残っているかどうかなど,どうでもいいことなのか。自分の生き死にとは別に,人類の存続,絶滅を気に病む人はいないということか。仮に,人間の連帯を信じる人がまだ上流の世界にわずかながら生き残っているとしても,その人たちこそ,世界の現実に絶望して,そんな世界に新しい命を送りだそうとはしないだろう。
……それに,考えてみれば,コストと利益を冷静に見積もり,損得勘定を最優先する生き方の手本を若い世代に示したのも,連帯の感性を滅ぼしてしまったのも,年上の世代なのだ。永遠の命を手に入れ,いつまでも職にしがみつき,若い世代から就労の希望を奪っているのも年上の世代なのだ。であれば,若い世代に意見する資格もないわけだ。
Ⅳ
Sさん自身は下流になじめるはずがないと断言するけど,わたしは,過去の文学作品の世界を理解し,感銘を受けるその感性が好きで,下流になじませたいと思っていた。それで,下流の生活場面をいくつか見せて回ったことがある。
石蹴りゲームやボールなしサッカー,ポリ袋のサッカー。
Sさんはしばらく眺めていたけど,申し訳なさそうな表情で
「何だか,まどろっこしいですね。動きがのろくて」
と評した。
「まあ,プロの選手たちではないからね」
「そもそも,人間の運動能力には限界がありますし」
わたしは,Sさんが何を言おうとしているのか,理解できなかった。いや,もちろん,人間の運動能力に限界があることは分かっているけど,それをわざわざこの場で指摘しなくても……。
「ああ,Mさんはご存知ないんですね。上流のプロスポーツはロボットがやるんです。人間がするより何倍もスピード感も迫力もあります」
「ロボットのプロスポーツ? でも,人間が競技するからこそ,見ていて感動するんじゃないのかい?」
「……?」
Sさんには,この議論が通じないようだった。わたしとは別の感性を持ち合わせているのだろう,Sさんに限らず,今の上流の若者たちは。
思い返せば,最終改革の前からドーピング禁止は有名無実になっていた。巧妙な遺伝子導入や発現誘導で筋力強化すれば,もって生まれた素質や自然なトレーニングの成果と区別できず,検査のしようがない。こうして,スポーツ界に改造人間が解禁された。そしてある時,一線が越えられ,生身の人間の痕跡を残さないロボットが競技場に登場した。そして,人間を超えたロボットの競技を熱心に観戦し,声援を送る観客もまた登場したらしい。
図書館の前庭に入ると,何人かの子供たちが猫を撫でている。20歳を超えた人も多いから,「子供たち」という言い方は不適切かもしれないけど,大人っぽさが希薄なこの人たちを見ていると,つい「子供たち」という言い方が口をついて出てしまう。
「あっ,Mさん,こっちに来て。猫だよ。触っても,撫でても,逃げないよ」
わたしは言われるままにしゃがみ込み,のんびり横になっている猫を撫でた。ぜんぜん逃げようとはせず,気持ちよさげにのどを鳴らしている。振り返ると,Sさんはちょっと離れてこちらを眺めている。
「猫が嫌いじゃないなら,こっちに来れば?」
Sさんは,声をかけられて,むしろ一歩退いた。
「生き物には病原菌がいっぱいいるでしょう……」
「それは思い過ごしだよ。確かに生き物だから菌が寄生していることはあるけど,だからといって,撫でたくらいで病気になったりしないよ」
Sさんはこわごわと近寄ってしゃがみ込み,そっと手を伸ばして何度か猫の背中や腹を触った。
「柔らかくて暖かくて,奇妙な感じ……」
「奇妙,かい……?」
Sさんは,ストレスの種になる生身の人間よりロボットに親しみを感じるように,スポーツでもロボットの競技になじんでいるように,病原菌が寄生する生きた猫よりロボットの猫の方にふだんから親しんでいるのかな。
猫を撫でている子供たちの輪から離れて,わたしたちが図書館の入り口に向かって歩いていると,
「Mさん!」
と呼びかけられた。声の主は,わたしも見知っている。わたしが本を読んで聴かせた子供たちの一人だ。
「Mさんは,幸せ?」
突然,そう問いかけられて,わたしは戸惑った。
「……まあ,幸せと言えば幸せだね。不幸だとは思っていないよ」
「わあー,それじゃあ,あと一人だ」
訳が分からず不思議そうな顔をしているSさんとわたしに,その子は説明してくれた。
「さっき読んでもらった本に書いてあったんだ。『この世界の一人一人がそれぞれ二人の人を幸せにすればいいんだよ。その二人がまた二人ずつを幸せにして,その人たちがまたほかの二人を幸せにしてって,ずっとそれが続いていけばみんなが幸せになるんだよ』って。わたしはMさんを幸せにしたから,あと一人幸せにすればいいんだよ。Mさんも,二人を幸せにしてね。それから,えーと,その人……」
「Sさんというんだよ」
「Sさんもね。二人の人を幸せにしてね」
こう言って,その子は走り去った。わたしはSさんと顔を見合わせた。
「なんて単純な人……」
Sさんは,あきれたというか,感に堪えないというか,何とも言いようのない表情をした。
「素朴な人たちだよね,ここの人たちは」
「その単純素朴に,わたしはどうしてもなじめないんです」
「わたしも,たまに戸惑うことはあるよ」
慰めるようにこう言って,わたしはSさんの肩をそっとたたいた。
音楽が好きだというSさんに,下流の人たちが音楽を楽しんでいるところを見せたこともある。道ばたで空き缶を叩く人,口笛を吹く人,空き地で合唱する人たち。
「ああ,また音程を間違えた」
こんなことを言って,Sさんは時おり耳を手で覆う。調子外れの音楽を聴くのは辛いようだ。ふだんは,機械が奏でる完璧なメロディーやハーモニーに聴き親しんでいるのだろう。
「耳障りだったら,申し訳ないことをした」
「済みません。せっかくの好意を無駄にして」
と言い添える優しさは持ち合わせていても,人間が作り出す自然で粗野で,歌い間違い・弾き間違いも混じる音楽を聴かされる苦痛が消えるわけではない。
機械の完璧に慣れた感性に人間の不具合は耐えられない,それはわたしにも想像できる。結局,上流で疎外された者たちと下流の者たちは,理解し合うことも,打ち解け合うこともできないのだろう。そしてどちらも滅びていく。




