つかの間のユートピア Utopie éphémère
つかの間のユートピア
Utopie éphémère
Ⅰ
わたしは,志願して下流地区のメディカルケア担当になった。下流のために仕事をするほかの人たちと同様,有業者だから上流に区分され,上流地区に住む権利があるけど,下流地区に住むことを希望した。
「まあ,ご自身がお望みなら,かまいません。ただ,ほんとうに何もないですよ。最低限の生活が保障されるだけの場所です。下流地区の単身者住居は手狭ですから,家族用住居を手配しましょう。ご存じと思いますが,食べ物は食糧を配給するカフェテリアにしかありません。カフェテリアやブティックに出入りする職員に交付されるのと同じ特別なカードを支給しますから,くれぐれもカードを忘れないでください。不携帯で入ろうとすると電撃を受けます。それと,M先生は料理が趣味というようなことはないですね?」
「ええ,そのような趣味は持ち合わせていませんが」
「下流地区の住居では料理ができません。キッチンへのガス・電気の供給は止められているし,鍋釜,包丁などの調理用具は撤去されています」
「徹底してますね。食事はカフェテリアで与えられるし,お店がないのだから食材を買ってきて自分で調理することもできない。調理用具など必要ないのは確かですね」
「それに,各戸で火を使って調理させると火事の危険があるし,包丁などがあると刃傷沙汰も起こり得ますから」
そこまで考えているのか……。ともあれこんな問答の後,集合住宅と集合住宅の間に取り残されたように立っている古い一軒家をあてがわれた。もともと持ち物の少ないわたしが,その少ない家具・寝具・衣類などを運び込んでも,殺風景なほど簡素な住居。まさに,最低限なのだろう。
下流地区には人口1万人に1人の医師が配置される。上流地区ではおよそ200人に1人だから,50分の1。まともな医療を施すことは,初めから想定外なのだ。わたしの担当する地区は総人口3万なので,わたしを含めて3人の医師が配置された。主な仕事は,日常診療,といっても頭や腰などが痛い時の鎮痛剤の投与,熱で苦しい時の解熱剤の投与くらいのもの。そのほか,ガンや脳卒中などで生きる希望のなくなった人への安楽死薬の投与。そして,7歳になった子供への断種手術。
最終改革の時点で7歳以上だった者は全員が手術を受けた。会議で計画部長が自信たっぷりに語ったように,抵抗はほとんどなかった。会議の場で指摘されたように「長年にわたって無為に過ごしてきた」ためだけでなく,20年前の大改革以後,「金もないのに子供を産むな」,「社会のお荷物をこれ以上増やすな」という世論を浴び続けて,福祉を受給しながら子供を産むことは罪悪だと下流民たち自身も信じるようになった結果かもしれない。ごく少数が何日か抵抗したけど,飢えには勝てなかった。手術を受けずにカフェテリアに入ろうとして電撃で弾き飛ばされる者も数日のうちにいなくなった。
7歳未満の子供たちは7歳の誕生月に断種手術を受けることとされた。子供の数はごく少ないけど,それでも人口3万の地区なら,毎月5~6人くらい手術をする。いや,わたしがするのではない。ロボットがする。月に1日,断種手術ロボットが診療所に配送されてくる。わたしは監視しているだけ。ほんとうは監視する必要もないのだ。実に熟練した手際だ。麻酔を施して,男児なら,陰嚢[いんのう]の皮膚を切開して小指の先ほどの小さな精巣をさっと切り取って傷口を縫合する。女児なら,膣から極細カニューレを挿入して,カニューレ先端のカメラと経腹エコーの画像によって卵巣を的確に探り当て,高周波を照射し液状化して吸い取る。所要時間は15分くらいか。
下流地区から上流地区への侵入は禁止されている。この禁止をかいくぐって,自分たちを拒絶する上流という世界に入り込もうとする下流民がたくさんいるだろうと思っていたけど,この予想は裏切られた。
テレビもラジオも,新聞も雑誌も,電話もコンピューターもスマートフォンも,「必要最低限」に含まれないから,下流民は外の世界のことを知るすべがない。何年も何十年もそのような最低限の生活を送っていて,それが当たり前と思い,別の世界への興味を失ってしまったらしい。それでも,最終改革から間もない頃は,上流地区に入り込もうとする者も少ないながらいた。自分たちが住むこの下流地区のほかに別の世界があるという記憶がまだ残っていた頃。そして,別の世界への興味・関心・憧れがまだ枯れ果てていなかった頃。
上流地区と下流地区をつなぐいくつかの連絡路にはゲートがあり,当然,下流民はそこを通過できない。カフェテリアの入り口と同じような,ただし検出原理は真逆の,性ホルモンを分泌していない人間を識別する電撃装置があり,弾き飛ばされる。運が悪いと死亡する。ゲートを迂回して,上流地区を周囲から隔てる川や壁やビルを越えるのはかなり危険なことだけど,ごく稀にそんな危険を冒して入り込む者もいた。もっとも,入り込んでも何ができるわけではない。上流地区はセキュリティーが完備している。建物はもちろん公園にさえ入り込めない。そして,上流地区で何をするにも欠かせない通貨やクレジットカードを下流民は持ち合わせていない。
下流民は,見知らぬ街を歩く者に特有の不安と好奇心の入り交じった表情・態度ですぐに見分けられる。下流地区のブティックには限られたデザインの衣装しかないから,服装も野暮ったい。上流地区に入り込んでもすぐに見つかり,通りがかりの上流民によって警察に突き出され,下流地区に送り返され,所定の刑罰を受ける。
罪の重さと刑罰の厳しさのバランスからして,上流地区侵入くらいの罪で死刑にはならない。懲役刑は,囚人に与えるべき仕事がないから,もはや存在しない。普通の禁固刑だと,刑務所でも地区のカフェテリアで提供されるのと同じ食事が与えられるので,刑罰として軽すぎるだろうということで,留置所に拘留したうえで食事を与えないという飢餓刑が考案された。水と微量の塩分は与えられる。それだけを補給されれば人は何も食べなくても3ヶ月は生き延びるというデータがあるので,刑期は3ヶ月以内とされる。初犯は1週間らしい。累犯だと刑期が長くなる。
やがて,最終改革から1年,2年,3年……と過ぎていくうちに,下流民は上流地区への興味・関心をまったく失い,侵入事件もなくなった。下流であること,下流の世界だけで生きていくことに慣れたのだろう。人はこうやって,あらゆることに慣れていく。
Ⅱ
1年ほど経過した頃。
カフェテリアのカウンターで適当に食料を取って,そばのテーブルにつく。ふと,向かい合わせに座っている人と目が合った。相手は「しまった」というような表情をした。それにつられて,わたしも記憶がよみがえった。知っている人だ。いつ,どこで会ったのか……。
「見つかってしまったね。わたしは以前から気づいていたんだよ。なるべく顔を合わさないようにしていたけど,今日はぼんやりしていて,君が入ってきたのに気がつかなかった。Tだよ」
「ああ,Tさん!」
わたしが学生だった頃,生化学実験を指導してくれた若い助手。わたしより10歳くらい年上だったか。サバサバした気性で学生に人気があった。そして,研究職を目指す女子にとっては身近なロールモデルでもあったようだ。
「なぜ,Tさんがここに?」
相手はおかしそうに笑った。
「なぜって,失業したからよ。10年くらい前。以来,ここの住人……そんなに驚かなくていい。同じような運命に見舞われた者は,わたしの周りにもたくさんいるんだから。並の研究者は人工知能に太刀打ちできないんだよ。研究なんて,実はルーティンワークなんだ。今となってはよく分かる。いや,もちろん,アインシュタインとかシュレディンガーのような天才のやることは人工知能で代替できない。だけど,そんな天才は1世紀に何人くらいのもの。毎年大学を卒業して研究職に就いていた何万人という一般研究員のやっていたことは,上司から指示されたテーマを言われるままに研究すること。そうでなければ,自分の研究分野についての情報に目を通し,まだほかの人が手を着けていないテーマを見つけ出し,実験やシミュレーションをして結果をまとめ,ジグソーパズルの1ピースを付け加えること。そんなことは,人間よりコンピューターの方がずっとじょうずにやってのけるよ。
わたしが研究者になった頃だって,自分の専門分野で1年間に発表される論文をすべて読むには1年以上かかる状況で,コンピューターの助けを借りないことには読む価値のある論文と無視していい論文を仕分けることはできなかった。コンピューターにその判断ができるなら,もうちょっと性能を高めれば,研究テーマの設定だって,そのための研究方法の考案だってできるようになる。そんなこと,今から振り返れば誰でもすぐに思い付きそうだけど,そこに思い及ばず研究職の道を選んだ愚か者は,わたし一人ではなかったのよ」
そこでTさんはちょっと笑った。自嘲の笑い? ……いや,自嘲さえ含まない,そんな感情などとっくになくしてしまったような,一見おだやかな笑い。
「君は何歳で一人前の医者になった?」
「えっ? ……いや,まあ,一人前と言われれば,今だってほんとうに一人前と胸を張って言えるかどうか……」
「いや,そんな奥深い質問じゃないんだよ。形式的というか社会的というか,病院で医者として患者の診療に携われるようになったのは,何歳から?」
「ああ,それは,医学部を卒業して医師試験に合格してからだから,24歳です」
「そうか。それは昔と変わらないんだね。研究職は臨床医のような国家試験はないから,『はい,今日から一人前の研究者です』というはっきりした区切りはないんだけど,少なくとも,自分が専門とする分野でこれまでの研究で蓄積され解明された知識や理論はきちんと学び終えていないといけないし,研究のための方法や技能,テクニックもきちんと身につけておかないといけない。そうでないと研究の現場で使い物にならない。要するに,研究者になるためにはたくさん勉強しないといけないわけね」
「それはそうですね」
あまりに当たり前のことをTさんがまじめな口調で語るので,わたしはかえって滑稽な気がした。
「おかしいかい?『そんなの当たり前』って言いたそうな顔をしてるね。まったく,当たり前のことなんだけど,この当たり前のことが人間にとってはたいへんなのよ。研究はどんどん進歩する。研究の最前線はどんどん遠ざかる。そして,これもまた当たり前のことだけど,獲得形質は遺伝しない。親がどれほど勉強して多くの知識や技能を身につけても,それがそっくり子供に伝えられるわけではないの。子供は白紙の状態で生まれてくる。そして,親の頃に比べてはるかに遠ざかった研究の最前線を目指して白紙の状態から勉強を始めないといけないの。最前線にたどり着くのに,何年かかると思う?」
わたしは返事に詰まった。
「わたしの頃で,約30年だった」
「30年?」
「そう。だから,君たちを指導していた頃,わたしはやっと一人前になったばかりだったんだよ。それからも,どんどん研究は進歩発展して,研究の最前線は遠ざかった。今ではそこにたどり着くのに何年かかるんだろうね。今でも,研究現場に人間が生き残っているとして,その人たちは人工知能と張り合って仕事をするために,生まれてから何十年勉強し続けないといけないんでしょうね。40年くらいかな,もっとかな……人工知能は,人間が30年,40年かけて習得する知識やスキルを凝縮したチップを埋め込まれて製造される。わたしたちが30年,40年かけてやっとたどり着いた場所に生まれた時から,というか製造された時から立っている人工知能を目にした時の絶望感……いや,脱力感かなあ……」
Tさんは遠くを見るようなまなざしを中空に向けた。それから,気を取り直すように話を続けた。
「人工知能がチェスや将棋の名人を負かした頃,まだ自動車は人間が運転していた。わたしはその頃の記憶があるのだけど,君は人が自動車を運転しているのをリアルタイムで見たことはないでしょう」
「いえ,ちゃんと記憶にありますよ」
「ああ,そう。君が子供の頃まで,人間がちゃんと車を運転してたんだ……まあともかく,人間にとっては,自動車を運転する方がチェスの名人に勝つより簡単だったけど,コンピューターにとっては逆なんだ。だから,チェスや将棋の名人を打ち負かす人工知能の方が自動走行自動車より先に開発された。機械にとって易しいことと,人間にとって易しいことは,別なの。だとしたら,機械にとっては易しいけど人間にとっては難しい仕事をこなせる機械,人工知能ロボットを開発する方が効率的でしょう。
人工知能の研究者もしばらくはそれに気づかずに,単純労働に代替する人工知能ロボットの開発に集中していた。だけどある時,常識の呪縛が解けたのね。人間にとって難しい仕事が機械にとっても難しいとは限らないと。それから,知的熟練労働と信じられていた職業に怒濤のように人工知能が進出した。
実際,人工知能と一緒に仕事してると,自分が知能指数50くらいの愚か者のように思えたものよ。たとえば,実験や統計から得られたデータに基づいて推定される相関関係をすべて洗い出し,そのうち因果関係が予想されるものを抜き出し,それぞれについて単なる相関関係でなく因果関係であると確定するためにはさらにどんな研究が必要かまで提案する。これだけの結果を出すのにほんの数分なんだからね。わたしなら,何日もかかって,しかもきっと抜けや見落としがあるのよ」
「それは,臨床でも同じです。症状と簡単な身体所見から推定される病気を,確率の高い順にもれなく列挙し,それぞれの病気かどうか確定するためにはさらにどんな検査が必要かを指定するとか,検査データや画像データから考えられる病気を漏れなく拾い上げる作業に関しては,人間は人工知能にぜんせん太刀打ちできません。要するに,たいていの病気は人間よりAIの方が正確に迅速に診断できます。精神科のように患者の主観的な訴えや生活史を考慮しないといけない場面では,何とか人間の出番が残っていますが」
「きっと,そうなんだろうね。それにしても,君が基礎医学研究などを目指さず臨床,それも精神医学を志したのは正解だったよ。この仕事はまだ人間が担っているわけだから。卒業する時点で見通していたの?」
わたしは20年ほども前の自分の心境を振り返った。
「多少は意識していたかもしれません」
「君は賢かったね……いや,決して皮肉で言ってるんじゃない……少しは皮肉が混じっているか。まあ,勘弁してください。こういう境遇にあっては,人間,多少なりとひねくれるものだから。それにしても,君を非難するわけではないんだよ。実を言えば,わたしはわたしで,君たちのように臨床に進む者を馬鹿にしていたし,とりわけ精神科は馬鹿にしていた。『あんなもの,科学じゃない』って。基礎医学研究こそ正真正銘の科学としての医学の栄誉を担うんだって。まさか,その栄誉が機械によって担われるようになるとはね……」
「精神科医も,もうじきお払い箱ですよ」
「そうなの?」
「まず,医療の対象となる人口,医療を受ける権利のある人口が20年前の5分の1くらいに減っています。この20年くらいで5分の4を下流に追いやりましたから。当然,医師の需要も減りました。追い打ちをかけるように心理カウンセラーロボットもついに実用化されました。それに,そもそも心を病みそうな子供はめったに生まれてこない」
「どういうこと?」
「胚のゲノム解析ですよ。Tさんもご存じでしょう」
「つまり,生まれてから精神病になりそうな胚を前もって排除しているの?」
「まあ,そういうことです。8細胞期か16細胞期くらいでゲノム解析して,その胚が疾患関連遺伝子を持っていると,親に情報提供されるんです」
「それはもちろん……2本ペアの染色体の両方に疾患遺伝子がある場合だよね……何といったけ,この状態,ペアの染色体の両方に同じ遺伝子が乗ってる状態……」
「ホモ接合,のことですか?」
「そう,それよ。……ああ,何てこった,こんな基本的な単語も忘れてしまったなんて」
しょげりかえったTさんを見て,わたしは慰めた。
「そんなに落ち込まないでください。ど忘れは誰にでもあります。それに,ずっと研究から遠ざかっていれば,専門用語を忘れることもありますよ」
Tさんは照れたように笑った。
「ありがとう……で,話の続き。胚が疾患関連遺伝子をホモ接合で持っていることが分かると,親に知らされるわけね」
「そうです。たいていの親はその胚を廃棄します。もちろん,精神疾患に的を絞っているわけではありませんが,精神科は遺伝研究がとりわけ進んでいるんですよ」
「それは知らなかった」
「精神医学の世界にも科学に憧れるというか,精神医学を自他共に科学と認められるレベルに引き上げたいと願う人たちは多いんです。心はまだまだ難関だから,そういう人たちは遺伝研究に集中したんです。それで,他の疾患に比べても際だって,精神疾患に関連する遺伝子はたくさん解明されています。それらの遺伝子をヘテロ,つまりペアの染色体の片方だけに遺伝子がある……」
「説明は要らないよ。ホモ接合と一緒にヘテロ接合という単語も思い出したから」
Tさんは笑って口を挟んだ。
「確かに,セットで思い出しますよね……つまり,ヘテロで疾患関連遺伝子を保有する胚を廃棄するとなると,たぶんすべての胚が対象になってしまうから,ホモで保有する胚に絞って廃棄しているんです。もう10年以上前,15年くらい前から実用化されています」
「それじゃあ,10歳か15歳より年下の世代では精神疾患がなくなるってわけ?」
「まあ,精神疾患に関連する遺伝子がすべて検出されているわけではないし,ヘテロで存在するだけでも発症リスクを高める遺伝子もあるはずだから,ゼロにはならないけど,かなり少なくなるでしょう」
「そして,そんな網の目をかいくぐって精神疾患を発症しても,その子たちの相手はカウンセラーロボットが引き受ける,というわけね。それにしても,疾患関連遺伝子をホモで保有している胚を廃棄する法律があるとは……」
「法律があるわけではないんです。親が自発的に廃棄するんです」
「自発的に?」
「そうです。上流の人たちはみな優れた知性と冷静な判断力を持ち合わせ,しかも自分たちが生きている社会の状況を何の幻想もなく冷徹に認識しています。心であれ体であれ病気になりやすい人間は,激しい競争に打ち勝てず落後するだろうと判断して,そんな不幸な子供をこの世に送り出さない決断をするんです」
「それが今どきの親心というわけ……?」
Tさんはため息まじりにつぶやいた。
「ごく稀に,胚が疾患関連遺伝子をホモで保有していることを知った上で妊娠を継続し,出産するケースもあります」
「すると,どうなるのかな」
「何も起きないこともあります。ホモで保有しているからといって確実にその疾患が発症するとは限りませんから」
「まあ,それはそうだけど」
「発症した場合も,何も起きないと言えば何も起きないです。つまり,放っておかれます。そうと知った上で産んだ子供が病気になったのは親の自己責任だから,親が自分の力でなんとかしろ,ということ」
「それは何とも……」
Tさんは,もうため息も出ないようだった。もっといろんなことを話したそうだったし,わたしも話したいことはあったけど,午後からの仕事があった。
「Tさん,申し訳ないけど,わたしはこれから仕事場に戻らないといけないので」
Tさんは驚いた表情を浮かべ,それから苦笑いした。
「そうだった。君には仕事があるんだ。我々とは違うんだよね」
それからは,しょっちゅうカフェテリアでTさんを見かけるようになった。ひょっとしたら,わたしを待ち受けているのかもしれない。会えば一緒に語り合う。下流地区の状況をいろいろ説明してもらうことも多い。たとえば,旧住民と新住民の間の断絶。
旧住民というのは,かつて単純労働に従事し,何十年も前に機械に職を奪われ,以来ずっと失業者として貧困地区に住んでいる人たちとその子供たち。新住民はその後に失業し,生活扶助を受けるようになり,それまで住んでいた住居の家賃を払えずに,福祉物件と呼ばれる低家賃住宅に引っ越してきた人たち。その多くはかつての知的労働者,自他共にエリートと認めていた人たち。旧住民にとって新住民は,それまで「貧困や失業は自己責任」と唱えて自分たちを蔑んでいた人たちだ。そんな人間が失業してこちら側に転落してきたのは,「いい気味」だったかもしれない。最終改革の際に組織的な反抗が生じなかったのは,そんな事情もあったのか。新住民と旧住民がいがみ合って,一致団結するどころではなかったんだ。
当然のことながら,新住民は精神的打撃のため心を病むこともある。抑うつによる自殺も新住民に限られていた。
「下流に転落して,最初の1年が危ない。2年目,3年目になればかなり減る。4年過ぎれば,まず大丈夫。めでたく,無為と諦めに適応できたというわけよ」
「そうですね。人間はたいていのことに適応できる……」
「新住民の自殺は旧住民には理解できないでしょう。死ぬ理由なんか,ないはずだもの。働かなくても,食べ物も着る物も住まいも保障されているのに,なんで死ななきゃいけないんだと思うでしょうね」
「生きがい,希望を失ったから死ぬということを理解できないのでしょうか」
「そもそも,生きがいとか希望とかいうものを持ち合わせていないから……『人生に絶望して自殺する』とよく言うね。でも,考えてみると,絶望するためには,その前に希望を抱いていないといけない。希望が裏切られ,願いが叶えられないから,人は絶望するのよ。初めから何も望まず,何も願わなければ,絶望することもない……」
ここでちょっと会話が途切れた。それから,わたしはふと思いついたことを口にした。
「Tさんは,パンドラの箱の神話をご存じですよね」
「パンドラが開いた箱から,この世のありとあらゆる災厄が飛び出した後,箱の底に希望が残ったという,あのお話?」
「そうです。わたしは子供の頃,そうやって最後に希望が残されたから,人間は災厄に満ちたこの世で生きていけると教えられました。だけど,誰の言葉か忘れたけど,『むしろ,最後に残った希望こそこの世の災厄の最たるものだ』という解釈もあります。希望がなければ,人はこの世に絶望してさっさと自殺してこの世を去る。希望があるばかりに,だらだらと生き延びて,さらにたくさんの災厄に見舞われることになる。若い頃,このひねりに感心したけど,新住民の自殺の話を聞くと,『希望こそが絶望の母』という解釈を思いつきました」
「君もずいぶん皮肉な見方をするようになったね。わたしの影響かな。まあ,長生きしたければ希望なんか持たない方がいいということね。もっとも,長生きするのが必ずしも良いことではない……いや,こんなことをお医者様に言ってはいけないのかな」
もちろん,新住民のすべてが抑うつ状態に陥るわけではない。大人になる前,就労経験のないまま下流になった子供たちは比較的スムーズに新しい環境に適応し,旧住民との交流もある。それが時として新住民の家庭内で親子の対立となることもあったけど,最終改革の後,意外な解消策が発見された。親と対立したら子供が家を出る。無理して仲の悪いどうしが同じ家に住んでいがみあっている必要はない。家を出ても,カフェテリアに行けば食べ物はある。暖かい季節なら,野宿もできるし,しばらくの間なら知り合いの下流の家に寝泊まりすることもできる。申請すれば,空家をあてがってもらうこともできる。かつて,世帯単位で扶助が支給されていた頃は,世帯分離の手続きは面倒だったけど,現物支給になって,ずいぶん簡単になった。
新住民の親子関係に限ったことではない。新住民・旧住民を問わず,夫婦関係にも同じような変化が生じていた。仲違いすれば,無理に一緒に暮らす必要はない。どちらかがさっさと出て行くか,すぐに空き部屋が見つからなければ,今住んでいる部屋を仕切って互いに顔を合わさないようにすればいい。世帯単位の家計ではないから,それでも生活に困らない。
「もともと,仕事がないから職場のストレスはなかった。相性の悪い人間と無理に一緒に仕事をする必要はなかったからね。それに加えて,家庭のストレスもほとんどなくなったよ」
Tさんはそんなことも言った。
「確かに,わたしたちはふだん意識しないけど,いろんなストレスを抱えてますよね。職場のストレスと一口に言っても,仲の悪い人との関係だけではなくて,仲の良い人であっても,決定的な瞬間になると,手柄を競い合ったり責任を押しつけ合ったりしますからね」
「それは,臨床だけでなく研究でも同じよ。仲良く研究をしてきて,成果が得られそうな見込みが立つと,そのために一番大きな貢献をしたのは誰か,ブレイクスルーとなった新しい発想を生んだのは誰か,競い合うからね。正々堂々と競い合うならまだしも,陰に隠れて足を引っ張り合ったりもする。それでも,ふだんはちゃんと仲良くしてるのよ」
「学校でもそうでしょう。仲の良い同級生どうしが,試験となれば一番を競うし,就職となれば露骨に相手を蹴落とそうとする」
言ってしまって,それは自分のことだと思った。
「どうしたの? 急に暗い顔になって」
「……いや,何でもありません」
「そう? ……それにしても考えてみるとすごいことね。協力しながら競争する,競争しながら仲良くしている。何とも複雑な……何と言えばいいのか……」
「心的タスク,ですか」
「ああ,そう。さすが,精神科医はボキャブラリーが豊富」
「そういう複雑な心的タスクをこなせる者だけが上流で生き延びた……」
エアコンが壊れた。修理も取り替えもできない。エアコンは「最低限の生活水準」に含まれていないから,壊れたらそのまま廃棄されるだけ。Tさんに,愚痴るつもりではないけど,この話をしたら,
「エアコンが必需品じゃないというのは,まったくもって当局の言い分が正しいよ」
「急にどうしたんですか? そんなに当局の肩を持つなんて」
「いや,事実を述べたまでよ」
「でも,今の時季はまだ我慢できるけど,本格的な冬になれば寒いし,夏は暑いでしょう」
「寒ければ,布団をかぶって寝てればいい。寒いのを無理に起き出して片付けないといけないような仕事はないんだから。暑ければ窓を開け放していればいい」
「ぶっそうでしょう」
Tさんは愉快そうに笑った。
「下流の世界にまだなじんでいないね。何もぶっそうなことはないのよ。窓どころかドアを開け放していても,物を盗まれる心配はない。盗むような物はないし,人の物を盗む必要もないから。それに,下流地区は上流地区に比べて,夏は涼しく,冬は暖かいんだよ」
「まさか」
「いや,ほんとうよ。つまらない嘘はつかないよ。エアコンの原理は知ってるでしょう」
「ヒートポンプですよね。夏は室内の熱を外に出し,冬は外の熱を室内に取り込む」
「つまり,エアコンを使えば,夏は熱が室外に放出されて室外の温度が上がり,冬は熱が室外から奪われて室外の温度が下がる。部屋の中が快適になる分,外は不快になるの。エアコンを使わなければ,このような現象は生じない」
「確かに,言われてみればそのとおりです」
こんなふうにして,わたしも下流の暮らしぶりに慣れていった。
Ⅲ
たまにトラックやバスが通るだけの道路で遊ぶ子供たち。
個人用の自動車は当然のことながら「必要最低限」に含まれないから,下流地区から姿を消した。路線バスも廃止された。通勤・通学は必要ないし,カフェテリアやブティックは徒歩圏内に設置されている。だから,地区内に食料や衣服を搬入するトラックか,下流地区で働く人たち(有業者だから上流民)を上流地区から勤務地の下流地区に運ぶバスがたまに通るだけ。
「子供の頃,おじいちゃんやおばあちゃんから,『うちらが子供の頃は道ばたで遊んだものだ』と聞かされて,よくそんな危ないことをしたなと思ったけど,車が通らなくなれば,道路は格好の遊び場なんだね」
そんなTさんの言葉にわたしもうなずいた。
たまに通りかかるトラックやバスは,前方に人や物体を察知すれば衝突しても死傷させない程度に徐行するけど,止まりはしない。障害物を避けるか,小さな障害物ならバンパーに取り付けられた回転ブラシで弾き飛ばす。弾き飛ばされると痛いことを知っているから,子供たちもトラックやバスが近づくと避ける。ごく自然に,回転ブラシに弾き飛ばされないようギリギリまで逃げないゲームが生まれた。たまに弾き飛ばされる子もいる。周りの子供たちはその子のドジぶりを笑う。わたしもその場面を目にすると思わず笑みがこぼれた。
「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん」……梁塵秘抄[りょうじんひしょう]だったかな。
道路での遊びの代表はサッカー。初めのうちはボールを蹴り合っていた。やがてボールが破損して使えなくなる。新しいボールは支給されない。ボールは「必要最低限」の物資に含まれていないから。それで,この地区のサッカーは消滅した……と思ったら,数ヶ月して復活した。ボールなしサッカー。ボールなしでサッカーのふりをする。一人が,あたかも自分の前にボールがあるかのように蹴る仕草をする。正面にいる相手方の誰かがそれを受け止めるふりをする。周りの誰かが,そのボールを取り戻そうとダッシュする……こんな具合に,あたかもその場にボールがあるかのように,みんながサッカーを演じている。しだいにルールが整備されていく。蹴る動作の微妙な違いで,空想のボールの飛ぶ方向が決まるらしい。もちろん,受ける動作によっても,止められたボールが弾かれる方向や距離が決まる。それが全員に共有される。わたしも何度も見ているうちになんとなく分かってきた。そうやってサッカーを演じる子供たちを見ていると,その集団の中を飛び跳ねるボールが見えるような気になる。幻視だと思って目をこすると,ボールは消えている。
一度,誰かが蹴り間違えた。その蹴り方からすると,ボールはわたしに向かって飛んでくるはず。そう思って,わたしはヘディングの仕草をした。それを見た子供たちが囃したてた。
ポリ袋のサッカーは,よその地区で発明され,ここに伝えられたものらしい。カフェテリアで提供される食料の一部はポリ袋に包装されている。比較的大きな袋に,小さな袋を詰め込み,口を縛ってボール代わりに蹴って遊ぶ。ボールに比べると弾まず,飛球のスピードが出ないから,それにあわせていくつかのルールが変更された。端で見ていてすぐ目に付くのはゴールキーパーがいないこと。ゴールキーパーがゴールで待ち構えて手を使ってボールを受け止めると,ほとんどのシュートが止められてゲームにならないらしい。1チームの人数も5~6人になった。
同じ頃に発生したのが石蹴りゲーム。何メートルか離れたゴールに石を蹴り入れるという一見単純な遊びだけど,さまざまなバリエーションが生まれた。最初は,10回か20回くらい蹴って,そのうちの何回がゴールに入るかを競うゲームだった。次に,ちょうどゴルフのように,スタートラインから何回蹴ってゴールに入れるかを競う方式が考案された。もちろん,少ない回数でゴールに入れた方が勝ち。さらに,対戦する2人が交互に蹴り合う方式も生まれた。1回目の蹴りで見事ゴールに入れれば文句なく先攻の勝ちだけど,ゴールからちょっと逸れると,後攻がその位置からゴールを狙える。先攻はみすみす後攻に有利なお膳立てをすることになるけど,後攻がゴールを外すと,今度は自分に再度チャンスが回ってくる。さらに,ゴールを1つだけでなくいくつか設定するルールも考案された。スタートラインからの距離とゴールの大きさによって得点に差が付けられる。やがて,チーム戦さえ発明された。これだけの進化が1年もしないうちに自然発生的に生じた。
コンピューターには思いつかないだろう。何の教育も受けることのなかった下流の子供たちも,こんな創意工夫をこらす想像力を備えている。むしろ,物資の乏しさが創意工夫を促し,教育に縛られないから想像力が奔放に開花しているのかもしれない。それをこのまま滅亡させるのは惜しい。そんなわたしの感傷をTさんはたしなめた。
「どうするつもり? 彼らにまた教育を施し,仕事をさせようというの? 余計なことをしてはいけない。彼らが最後に手に入れたユートピアじゃないの。衣食住を与えられ,盗むことも盗まれることもなく,騙すことも騙されることもなく,殺すことも殺されることもない,人類が長年夢見たユートピアじゃないの。労働の世界に引き戻して,このユートピアを奪うのは残酷というものよ」
「だけど,滅亡するんですよ」
「滅亡と引き替えに手にしたユートピアということ」
鉄道も,旅客輸送は上流地区を結ぶ路線だけ。下流地区のための旅客輸送路線は廃止された。路線バスの場合と同じ理由,通勤・通学の必要はないし,レジャーとしての旅行は「必要最低限」に含まれていない。上流地区を結ぶ旅客鉄道が地区の外を通っている。下流の子供たちは,どこから来てどこに行くのかも知らないまま,物珍しい高級旅客列車に手を振る。
徒歩旅行は自然に発生した。小高い土地から遠望できる隣の下流地区を目指して歩く。たどり着けば,そこのカフェテリアで食事ができる。暖かい季節なら野宿,寒ければカフェテリアで寝泊まりする。こういった旅行者たちによって,ポリ袋のサッカーのような,他の地区で生まれた「文化」が伝えられたりもする。
「Tさんもたまにそうやって旅行するんですか?」
「いや,わたしはもう,そんな年じゃない。若い人たちだね,そうやって旅して回るのは。年を取るとそんな好奇心もなくなる。それに……」
「それに?」
「いや,何でもない」
こう答えたTさんの表情がふだんに似ず陰を帯びていたので気になったけど,深入りしないことにして,話題を変えた。
「図書館には行くんですか?」
「ああ,図書館……あまり行かないねえ。こんなことになるんだったら,君を見習ってせいぜい文学にも親しんでおくんだった」
図書館……図書館だった建物。今では図書館としての機能はほとんど失い,ただの書庫になっている。かつて,最初の大改革の前,まだ「文化的な」最低限の生活を保障するという建前が生きていた頃,貧困地区にも図書館が整備された。やがて大改革によって「文化的な」という建前が放棄された後も,最低限の管理を担当するスタッフが配属されていたけど,最終改革によって図書館を維持するためのいっさいの支出が停止された。ただ,取り壊すにも費用がかかるので,そのまま放置されている。電子化された資料はコンピューターが使えないためアクセス不能になったけど,紙の書籍は読めるので,誰もが勝手に書庫に入り込んで興味のありそうな本を取り出して読むようになった。20世紀後半から2020~30年代頃までに出版された書籍。それ以降はよほど特殊な事情がない限り,書籍が紙に印刷された冊子として出版されることはなくなっていた。
不思議に,本を盗み出す人はめったにいない。いや,不思議ではないのか。盗んでも何の価値もないものだから。食べることも着ることもできない,ただの紙の束。商品としての価値もない。下流地区に古本を買い取る店はないし,買い取る人もいない。そもそも下流の住人は貨幣を持たないのだ。上流地区には入り込めないから,上流地区の人たちに売り込むこともできない。おもしろそうな本を見つけて読み終えたら,自宅に持ち帰るより書架に戻しておく方が面倒がない。自宅に持ち帰って読むとしても,読み終えたものをそのまま自宅に置いておくより図書館に戻す方が邪魔にならない。あるいは,読書の好きな者どうし,自宅に持ち出して読み終えたら図書館に戻すというルールが自然に守られているのかもしれない。
わたしは休みの日にちょくちょく図書館に出かけた。電気は止められているから照明がない。日のあるうちに出かけて,書庫の窓から差す日の光を頼りに背表紙を読む。そうやって見つけた本を,図書館の前庭に出て読むこともあるし,自宅に持ち帰って読むこともある。
Ⅳ
7年目,下流地区全員の断種手術が終了。下流の滅亡が確定した。男女両性とも断種されたから,上流の男と下流の女,上流の女と下流の男との混血もあり得ない。
医者の仕事が一つ消滅し,この間の人口減もあって,下流に配置される医師が整理されることになった。わたしは志願して失職した。これ以上,仕事を続ける気力が続かない。治療らしい治療もせず,ただ安価な鎮痛剤,解熱剤を処方するだけ。それだけならまだ我慢できる。安楽死薬を処方するのが耐えられない。上流地区ではガンでさえ,例外的に悪条件が重なった場合を別にすれば,ちゃんと治せるようになったのに,ここ下流地区では,リウマチやパーキンソン病といった確実に治せる病気でも治療されずに放置される。やがて苦痛が耐えがくなり,痛みからの解放を,つまり死を,望むようになれば,あっさりと安楽死させる。
Tさんが死を選んだのは去年のことだ。膝や肘や手首の関節が痛いと言っていた。わたしとカフェテリアで出会った頃から痛み始めていたらしい。リウマチか変形性関節症か,検査できないから確定診断もできないし,診断しても何の治療を施せるわけでもない。鎮痛薬を処方するだけ。痛みは年単位で増悪していった。やがて膝の痛みで歩くことも困難になって,知人に安楽死薬を届けてもらい,自室で死んだらしい。後から知った。わたしが休みの日に薬を処方してもらったのは,偶然なのか,意図的だったのか……。
最終改革会議で計画部長が控えめな見積もりとして30年後に人口が半減すると話していたけど,このペースなら,半減どころか,30年後には3分の1くらいになっているだろう。もちろん,下流民の人口減少そして消滅こそが政策の基本目標ではある。わたしもその片棒を担いでいる。そんな仕事をこれ以上続けたくなかった。そして,上流地区の医師のポストをめぐる競争に立ち戻る気力もなくなった。そもそも,精神科医も不要になるのだ。
わたしはこのままここに住み続ける。
7年間住み慣れた,最低限の家具調度だけがある家。ここがわたしの終[つい]の棲家。そう思って,改めて部屋の古ぼけた壁や天井を眺めていると,「ガンガラガン」という言葉を思い出した。母の故郷の方言らしい。「元の黙阿弥」とか「振り出しに戻る」というような意味だけど,もっと楽天的なニュアンスがある。「ゼロから始めた人生,ゼロに戻っても結構じゃないか」というような。わたしもガンガラガンだな。貧しい生い立ちから,いったんは上流に交わり,そしてまた戻ってきた。結構じゃないか。
ここであと何年か何十年か生きて,病気か老いの苦しみに耐えられなくなれば,診療所で安楽死薬をもらって,そこで死ぬ。わたしも何度も指示したものだ,「なるべく,ここで服用してください」。その方が死体の処理が楽だから。診療所の奥の部屋で服薬し,死亡が確認されたら,運び出され,焼却処分される。それが下流の死。ぎょうぎょうしい葬儀もなく,れいれいしい墓もない。だけど,これこそ,人が死ぬという出来事の最も素朴な様式なのかもしれない。
失業してからは時間の観念も年月の観念も薄れていった。自然な昼夜の交代と四季のめぐりは実感するけど,日数,年数を数えるのはいつしか止めた。
下流に文化的生活が保障されなくなって久しい。だけど,お上から保障してもらわなくても,そして物質的には最低限の生活の中でも,人は自然に文化を生み出すものらしい。それは人の本能なのか。サッカーや石蹴りゲームも文化に違いない。
音楽もある。下流に楽器が供給されるはずはないけど,口笛は吹ける。数世代にわたって忘れられていたはずの草笛の吹き方さえ再発見された。木の枝や棒で舗道や空き缶をたたけば打楽器になる。いつだったか,道を歩いていて,『ラデツキー行進曲』の軽快なメロディーを口笛でじょうずに吹いているのが聞こえて,驚いたことがある。その脇で別の子が「タタタン・タタタン・タタタン・タンタン……」と声で伴奏している。誰に習ったんだろう。クラシック音楽など聞く機会はないはずなのに。かつて音楽を習ったことのある新住民の子供から伝わったのだろうか。
人の声は,もちろん伴奏だけでなく,それだけでメロディーを奏でることができるし,意味のある歌詞を添えて歌にすることもできる。独唱や単旋律の合唱から,ポリフォニーまで自然発生していた。
文学は,図書館の周囲に生き延びた。わたしも仕事を失ってからは毎日のように図書館に通い,自室に持ち帰って読むだけでなく,前庭で読むこともある。そこには,一人で本を読むだけでなく,教育が放棄され文字を習わない子供たちに本を読み聞かせる大人もいる。あるいは,本なしで,自分の記憶を頼りに物語を語る人や,若い頃感動した映画や漫画のストーリーを語る人。そうやって聞き覚えた物語や詩歌を,自分より年下の子供に語り聞かせる年長の子供たちもいる。自分で創作した物語を語り聞かせることもあるに違いない。新しい口承文学が作られ,人から人に伝えられるうちにさまざまなバリエーションが生まれているのだろう。
やがて,自分で本を読めるよう文字を習いたいと希望する子供たちが現れた。
下流の子供たちの学習意欲の低さは最終改革会議で主張された。それは嘘ではないだろう。誰もが物語に耳をかたむけるわけではないし,文字に興味を持つわけではない。だけど,誰に強制されなくても物語の世界に興味を持ち,文字を学びたいと思う子供たちがいるのもまた事実なのだ。
わたしも時には子供たちに文字を教えるのを手伝ったり,お話を語り聞かせたりしている。子供たちといっても,最年少がすでに10歳くらい。20歳を過ぎた人もいるはずだけど,思春期前に断種手術を受け,性ホルモンの影響を受けなかったために,体や心が成熟しないままなのかもしれない。体型や顔立ちは中性的で男女の区別があいまいだし,精神的にもわたしが知っている「大人の雰囲気」が感じられない。この人たちは,このまま30歳,40歳になっても,空き地や公園で歌を歌い,道路で石蹴りゲームやボールなしサッカーをして遊ぶのだろうか。
これもまた,滅亡と引き替えに手にしたユートピアなのだろう。
このユートピアに住む子供たちにとって,人が生きるために働き,互いに競争しあい,別の場面では協力しあう20世紀以前の世界の現実に立脚する文学は人気がない。人気がないというより,そういう生活の中で生じるさまざまな感情,たとえば競争心,上昇志向,達成感,あるいは挫折,敗北感,諦念,絶望などを,実感をもって追体験できないのだろう。片思いや嫉妬,あるいは相思相愛などの恋心も実感しにくいようだった。ましてその恋心に打算や競争心,名誉心がからむとなれば。
それに比べて,死の悲しみは時代や社会の変化を越えて共通らしい。
猫が死ぬよ
雨に濡れて泣きながら
猫が死ぬよ
穴に落ちて
這い上がろうとしても
ずるずる滑り落ちるよ
雨に打たれて
わたしは泣いている
雨に打たれて
何もできず
ただ見ているだけ
ただ泣くだけ
「猫が死ぬよ」
わたしは歩き始める
雨に濡れて
灰色の街の方へ
この素朴な詩句に込められた社会的含意は理解できないまま,猫の死を悲しむ作者の思いに素直に共感している。
特定の時代や社会を背景としないファンタジーは,こういう子供たちの気に入りそうだけど,ファンタジーなら何でもいいというわけではないようだ。支配欲,あるいは富や異性を獲得しようとする欲求をストーリーの基盤にしたファンタジーは,リアリズム文学と同様,素直に感情移入しにくいようだった。そのような冒険譚は,生まれた時から与えられたものだけで生きることに慣れ,自分の努力や才覚で人生を切り拓く経験をする機会もなく,そのような意欲がはぐくまれる環境も知らない子供たちにとって,縁遠いものだから。
「菜の花や 月は東に 日は西に」のような,人の感情を直接には表現せず,ただ景色を描写しただけのような詩歌はすんなり受容された。「春の夜の 夢の浮き橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」も,その背後にある恋の思いを抜きにして,風景画のように理解している。自然に触れた時の素朴な感動は,時代を超えて共通する文学のテーマらしい。
数百万年前,ヒトがアフリカの大地に出現して以来,人間の宿命であった労働や競争から解放された子供たちはどんな感性を育んでいるのか,わたしには窺うことができないし,窺えたとしても理解できないだろう。この子たちが過去の文学作品に登場する人物たちの心理を理解できないように。この新しい感性が成熟する時間が残されているのだろうか。時間はあるとしても,どのように表現されるのだろう。表現されたとしても,誰がそれを受け止め,受け継ぐのだろう。




