006:怪しい案内人
秋時陛下は、こういう時の為に側近の人間たちと緊急避難場所を決めているとの事だ。
しかし北翔も秋時陛下も、その場所への行き方を知らないという事態になってしまった。
どうしたものかと2人は悩んでしまうのである。
そこら辺の人に聞くわけにもいかないだろう。
どこの誰が敵なのか、とてもじゃないが分からないからリスクが高いからだ。
「ど どうしますか? 闇雲に歩くわけにもいきませんよね?」
「それもそうだ、地図でも持ってくれば良かっただがな……どうしたものか」
完全に詰みかけている。
するとどこからか、2人に「それなら俺が案内してやろうか?」という声が聞こえてきた。
何かと思って周りをキョロキョロする。
木の陰に人影があるのを発見した。
危ない人間かもしれないから北翔は、刀を構えて秋時陛下と謎の人間の間に立つ。
「どこの誰だ! 姿を現せ!」
「別に怪しい人間じゃねぇよ。俺は通りすがりの盗賊だよ」
木の陰から姿を現した。
その人間は北翔たちと同い年くらいの年代で、見た目も中性的な顔をしている。
そして本人は自分が通りすがりの盗賊だと言った。
通りすがりの盗賊が、男のようなのかと北翔は警戒を解く事なく問いただすのである。
「そんなに警戒するなよ。ただそこへの行き方を知ってるから教えてやろうって思っただけなんだけど」
「それが怪しいって言ってんだよ! この方を誰だと思ってんだ!」
「別に裏があるってわけじゃ無いんだが……まぁ強いていえば金品を貰えればっていう風には思ってるわ」
「やっぱり下心があったんじゃねぇか!」
金品を欲しがるなんて、やっぱり下心があるんじゃないかと北翔は刀を下げない。
すると秋時陛下は北翔の方をポンッと叩く。
どうやら全力の気持ちが、100%の方が信用できないからと北翔を宥めるのである。
秋時陛下に、そう言われたら北翔は引くしか無い。
「それじゃあ案内して貰おうか。報酬に関しては、全てが落ち着いてから満足する分をやろう」
「オッケー、これで取引成立っと」
まだ北翔は信用できていないが、秋時陛下が決めた事ならば仕方ないと刀を鞘にしまう。
そして安平町に向けて出発する。
「あっ! 名乗ってなかったな、俺の名前は《竹田 流華》だ! よろしく頼む!」
流華は進行方向に背中を向け、後ろ歩きをしながら北翔たちに自己紹介する。
まだ北翔は信用していないので刀に手をやって、いつでも戦闘できるように準備している。
「君も、そんなに警戒してたら目的地に着く前に体力が無くなっちゃうよ?」
「なに? 安平町まで、どれくらいかかるだ?」
「ここから歩いて安全な道で行くってなると……まぁ半日みてもらえれば行けると思う」
ここから目的地の安平町までの道のりは、安全な道を通るとして半日で到着するという。
農民である北翔たちからしたら、まぁ行けない距離では無いが王様である秋時陛下からしたら、とても大変な道のりになりかねない。
しかし秋時陛下の表情を見ると覚悟を感じる。
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北翔たちが安平町を目指している時、王都・札幌では王弟・泰周の前で処刑が行われていた。
それは国王派に属する浅井の部下たちだ。
死刑囚は後ろで手を縛られ、おでこを地面に着けるくらい前傾姿勢になり首を差し出す。
そのまま首が処刑人によって刎ねられる。
「こ こんな事が許されると思うな! お前たちの最後は、惨たらしいものになるぞ!」
「黙れ下民が、我ら純潔派が玉座を改めようとしているのだ。貴様らは黙って殺されれば良いのだ!」
1人の死刑囚が反応したが、冷たい目と冷たい言葉で一蹴されてしまったのだ。
そのまま首を刎ねられた。
この光景を泰周殿下は楽しんでいる。
するとそこに何か用事があった、長縄右院卿がやってきてペコッと頭を下げる。
「どうかしたのか?」
「陽水様が、いらっしゃいました」
「なに? 叔父上さまが?」
秋時陛下と泰周殿下の叔父さんに当たる《西蔭 陽水》親王殿下が訪問して来た。
まさか叔父が来るとは思っていなかった。
どうしたものかと思いながら元王弟殿下である為、会わないわけにはいかないと重い腰を上げる。
応接室に行くと、椅子にドサッと陽水親王殿下が座って待っていたのである。
「やぁいきなり来て悪かったね」
「いえいえ、叔父上が来てくれるとは思っておりませんでしたよ。王宮内での事は知っているんですか?」
「あぁ大体は知っているよ。そこが君に分かりやすく賄賂を渡そうと思ってねぇ」
陽水親王殿下は冗談を言うように、媚を売りに来たと泰周殿下にあるモノを渡す。
それは何かを記した書類だった。
泰周殿下は何かと思って手に取ってページを捲る。
そして「これは?」と陽水親王殿下に聞く。
「これは泰周派になりそうな貴族たちの名簿だ。まだ接触するのは危険だが、全ての作戦が成功したら当たってみると良い」
「こんなモノを、わざわざ届けに?」
「俺はねぇ、勝ち馬に乗るタイプなんだよ。今回は泰周が勝ち馬だと思って、手伝う事にしたんだよ」
この陽水親王殿下は善悪とかではなく、完全に勝ち馬に乗るようなタイプの人間だった。
逆にいえば、こんなに裏表のない人間は珍しい。
泰周殿下からしたら逆に信用できる。
この貰ったモノを大切に使わせてもらうと言ってから側近の男に渡した。
「それで見返りは何なんですか? ここまで分かりやすく媚を売って来たっていうなら、何か見返りが欲しいんじゃ無いんですか?」
「さすがは泰周だな、鋭いところを突いてくる。確かに見返りが欲しくて来たんだよ」
「それは何ですか? 叔父上ですから極力、叶えてあげたいですが限界があるんで」
「俺が求める対価は簡単なモノだよ。俺が統治している領地を自治させて欲しいんだ」
今回の賄賂の見返りとして陽水親王殿下が求めたモノとは、陽水親王殿下が領主として統治している土地を自治区として認めて欲しいという事だった。
この話を聞いた泰周殿下は、思っていたよりも軽い要求を受けたので少し驚いた。
何か裏でもあるのかと頭の中で探る。
しかし悪いところが見つからない。
強いていえば自治区になり、力を蓄えたところで独立宣言をして内戦になる可能性があるという点だ。
それでも王になっていれば国力を使って、陽水親王殿下を押さえ込み抹殺する事は容易である。
ならば拒否し協力を得られないよりは、ここは陽水親王殿下に従っておく方が得策であると、泰周殿下は結論つけた。
「良いでしょう、それくらいだったら認めますよ」
「そうか! それはありがたい。あの地は親父から受け継いだ土地でな、とても大切にしているんだ」
「喜んでもらって嬉しいですよ。これから忙しくなると思うので、こんな風に会って話せなくなると思いますので……ここからは秋時を討ち取る為に全身全霊を使うつもりですので」
どうやら今の領地は、秋時陛下たちの祖父にあたる前国王が所有していた土地らしい。
そこを受け継いだのが陽水親王殿下だったので、その地を自治区にしたいと考えていたとの事だ。
取引が完了したところで泰周殿下は、これから秋時陛下を本気で討ち取りに行くから気軽に会って話せなくなると最初に言っておくのである。