003:王弟
ことの始まりは1年前に遡る。
北星王国は前々国王、つまり現国王の祖父にあたる人物が王位を継承してから1週間で病死した。
その後に継いだ秋時陛下の父親、前国王も3年で病死してしまったのである。
これにより秋時陛下は12歳で王位を継いだ。
当然、12歳の子供が政をできるわけが無い。
秋時陛下が成人し政治ができる年になるまで、大臣や朝廷の人間たちが代わりになる事となった。
しかしこれが引き金に、大臣たちによる成り上がる為の私利私欲の争いが起こっていくのだ。
中でも突出した派閥があり、その1つ目は他国の商人から成り上がり秋時陛下の後ろ盾となった《箕面 英光》左院卿一派だ。
その次にNo.3である《長縄 昭義》右院卿一派である。
この2つの派閥で朝廷に大きな血が流れていた。
「えっ!? 陛下を差し置いて、大臣たちが好き勝手やってるんですか!?」
「まぁ12歳の子供が、一国の王をやるなんて大臣たちからしたらチャンスにしか見えなかったんだろう」
「でも箕面左院卿と長縄右院卿が対立しているのは分かったんですが、どうして陛下の命が狙われたんでしょうか?」
「そこが今回の本題だ」
秋時陛下は2人の院卿にとって利用すべき存在であるはずなのに、どうして陛下の命を狙ったのかと北翔は気になったのである。
この話が今回の騒動の根幹となる話だ。
話は1週間前に遡る。
長縄右院卿が自分の屋敷で、愛人と共に風呂に入っていると使用人がやって来る。
その人物の名前を聞いた瞬間、少し背筋が伸びる。
「なに? 泰周王弟殿下が来ただと? どうせ何かの間違いであろう?」
「い いえ、それが間違いなく本人で……」
右院卿の屋敷を訪れたのは、秋時陛下の弟君である《西蔭 泰周》殿下だ。
いきなりの訪問に右院卿は、何かの間違いだろうと思っていたが本人である確認が取れた。
そうなったらいくしか無い。
急いで湯船から出て着替えてから泰周殿下が待っている庭先に出ていくのである。
「これはこれは泰周王弟殿下、わざわざ屋敷に来ていただけるとは光栄至極。こちらにお部屋を用意いたしましたので、どうぞそちらでごゆるりと」
「ここで問題ない。腹黒き貴殿と話すのならば、こんなに似合う薄暗き月夜は他に無いだろ?」
「それで何用でいらっしゃったのでしょうか? 殿下のお戯に付き合うほど、右院卿の仕事も楽では無いのですぞ」
部屋を用意したのだが泰周殿下は、部屋はいらないと言ってから右院卿を腹黒いとイジる。
これに腹を立てた右院卿は、冗談を言いに来たのならば時間が無いから帰ると言うのだ。
しかし泰周殿下は「遊びでは無い」と否定する。
「右院卿……聞くところによれば貴殿は我々兄弟の事を陰で〈箕面の操り人形〉と言っているらしいな」
「これはこれは! そんな事は決して言っておりませぬ。誰がそんな噂を流したのか……」
「はっはっはっ! 隠す必要など無い、箕面の操り人形か……確かに無理もない。我らの父上は、王様になれるような器では無かったからな」
泰周殿下は自分の父親を、王様になれるような器では無かったと言うのである。
それこそ箕面左院卿の操り人間だったからこそ、前国王は王位を継ぐ事ができたと言うのだ。
元々前国王は15人の兄弟のうち15目の末っ子であり、王位を継げるような立場では無かった。
しかしそれに目をつけたのが当時、商人であった箕面左院卿が働きかけた結果である。
たくさんの金と金品を朝廷に流していた。
「そんな事はありません! 王位というのは、決して金で買うようなものではございませぬ。全ては前国王であられる泰時陛下の徳がなす技ですぞ!」
「そんなおべっかはいらん! 賄賂を渡して父上が、王位を継いだのは朝廷内で周知の事実、その功により箕面は左院卿にまで成り上がった」
形とはいえども左院卿は、王位というのは金で得られるものでは無いと否定する。
しかし賄賂で王位についたのは周知の事実であったと泰周殿下は言うのである。
「父上が王位についた事によって兄の秋時は王位を継ぎ、俺も王弟として好き放題できている。あの箕面という男は実に凄い男だ」
泰周殿下は左院卿を褒める。
これに右院卿は、どうしてウチに来てまで左院卿を褒めているのかと心の内で思っている。
泰周殿下は「清太、来い!」と叫ぶ。
するとそこに勢いよく若い24歳の兵士が飛んできて、膝を着いて頭を下げる。
これは誰なのかと右院卿は疑問を抱く。
「この者は下級百姓の出だ。実の両親に食い扶持として売られた男だ。しかし今となっては俺に侍るだけの地位に登り、自分を売った家族に仕送りをしている」
紹介された清太という男は、北翔と同じように下級百姓の出身でありながら王弟に侍るまでに成り上がった人間の1人である。
そんな清太に「近くに来い、この刀を……」と言いながら腰につけている刀を取る。
この刀を貰えると思った清太は、喜びながら泰周殿下の前まで近寄る。
しかし次の瞬間、清太の首を刀で刎ねた。
「俺は全くもって許せんのだ! こういう輩が!」
「ど どういう事でしょうか……」
「その男は紛れもない百姓の出身であり、箕面は百姓の出だ。良い官位につき良い衣を着ていようが中身は変えられぬのだ」
泰周殿下は完全に身分のあり方について、とてもじゃないが差別的な意識を持っていた。
清太は百姓で、箕面は商人であると指摘する。
「そして我が異母兄弟の兄である秋時……王族の血を持つ母の子である俺に対し、秋時の母親は花魁だというでは無いか! そんな人間に王宮内を彷徨かれると吐き気がして来るのだ!」
「……殿下、してご用件は?」
「箕面は側近を連れて今朝、奥羽共和国遠征に向かった。残った人間も主人がいないうちに、命を狙われては困ると箕面について行った。つまり箕面一派は不在であり、守護者は秋時の側近である《浅井 慎一郎》しかおらん!」
「なっ!? まさか陛下を討てと!? お飾りの王様とはいえど陛下を討てば、我ら一族は国賊……」
泰周殿下は秋時陛下の母親が、花魁である事を指摘し血縁者としては不出来であると否定する。
この話を聞いた右院卿は、本当に何しに来たのかと改めて質問を投げかける。
すると泰周殿下は守備が甘い事を指摘する。
話の流れとして右院卿は、秋時陛下を討てと言われているのだと察したのである。
それだけはできないと拒否をする。
「朝廷内の事を誰が知っている? 全員を皆殺しにし全ての責任を浅井に被せ殺せば良いだろ。国賊というのならば国を守りきれなかった箕面の方が国賊だ」
朝廷内の事は漏らさないように、皆殺しにした上で全ての責任を秋時陛下の側近である浅井に被せるという計画を右院卿に言うのだ。
「我らには正義がある! 反逆者浅井を討ち取る右院卿。新たな王となり王座を純潔に直す、この俺」
「確かに陛下を討つのは簡単かもしれません……しかし大軍を所持している箕面が黙っているわけがありますまい」
「案ずるな国には比べ物にならない兵力がある。王座と王印があれば、どうにでもなるわ」
「……成功した暁には私は?」
「俺は政には興味は無い! 奪った後は、お前に任せる。独り占めにでもすれば良いだろ」
「……陛下、ありがたき幸せ」
色々と不安な事はあったが、ここがチャンスであるのは右院卿が1番わかっていた。
だからこそ引き受けたのである。