013:優れたところ
秋時陛下が正座をして待っていると、族長の間の扉が開いて豪華な民族衣装を着た人間が入って来た。
その人間は木で作られた怪物の仮面を付けており、あまりにも不気味な風体をしている。
族長が玉座に座ったところで、秋時陛下は軽く頭を下げて挨拶をするのである。
「俺は北星王国第9代国王《瀧上 秋時》だ!」
「悲しき若輩の少年王よ。何と哀れな、実の弟に玉座を奪われ、頼れる臣下も少なくなす術もない……貴殿が、ここに来た理由を聞かせて貰おうか」
「貴殿らの力を借りに来た!」
秋時陛下は最初に名乗るのである。
すると事前に状況を聞いていた族長は、秋時陛下の事を哀れな子供であると憐れむ。
そしてさっそく本題に入る。
秋時陛下は素直に、アイヌ民族の力を借りにやって来たと真っすぐな目で言う。
秋時陛下が力を貸して欲しいと言った瞬間、周りで警護しているアイヌ民族たちは「ははははは」と笑い始めたのである。
族長も鼻でフッと笑ってから右手を挙げて、見張りのアイヌ民族たちを黙らせる。
「それは当てが外れたな。我らは貴殿を裁く為に、ここまで連れて来ているのだ」
「俺を裁くだと? 前から気になっていたが、どうして貴殿らは我らに、そこまで敵意を剥き出しにしているのだ?」
「何も知らぬのか? ならば教えてやろう。貴殿ら北星王国が、我らの祖にして来た事を!」
族長は力を貸すつもりは、全くもって無かった。
なんならここに連れて来たのは、秋時陛下を裁いた上で処刑をする為だと言うのだ。
この時、秋時陛下は族長に「どうして自分たちを敵対視するのか」という疑問をぶつける。
前にヤマルと会った時にも、とてつも無い憎しみをぶつけられているので、どうして憎んでいるのかが秋時陛下は気になっている。
族長は若いから知らないのも無理もないと言った上で、自分たちの祖がやられた仕打ちを話し始める。
元々このアイヌ民族は、旧日本国時代の北海道で有名なアイヌ民族とは異なる。
ならばこのアイヌ民族は何なのか。
それは第三次世界大戦の時に、他国から入って来たアイヌ民族の知識がある難民が、アイヌ民族を復活させる目的で作ったものだった。
そしてこのアイヌ民族は、第3代国王である《瀧上 憲明》陛下の時に大きく交流を深めた。
これにより憲明陛下は善王と呼ばれるようになる。
しかし憲明陛下が崩御し代替わりした瞬間、難民という過去もあり強い迫害を受けた。
多くのアイヌ民族が死に、北星王国とアイヌ民族の道が違える事になったのである。
「貴殿らは、手を結ぼうとした我らの手を払っただけではなく石を投げつけた! それが手を取ろうとした祖らに、どれだけの傷を与えた事か!」
「非は全て我らにある。過去の蛮行を、国の代表として深く謝罪をしよう……だが! それでは俺の首を刎ねるまでには至らないだろう」
アイヌ民族の祖先らは深く傷つき。
祖先らの怨念を鎮める為には、現国王陛下である秋時陛下の首を持って鎮魂するという。
この話を聞いた秋時陛下は、全ての非は北星王国にあるので国を代表して謝ると頭を下げた。
しかしそれでは首を刎ねるまでの理由にはならないと秋時陛下は言うのである。
それに対し族長は「ほぉ? それは何故だ?」と首を刎ねるに至らない理由を問う。
「この戦乱の世から数千年の地球の歴史において、国境・人種・文化・宗教と異なるものが交流し混じり合う時に、一滴の血を流す事なく収まった事はあっただろうか? 長年に渡り積りに積もった差別や侮蔑の恨みが心から消えた事があっただろうか?」
秋時陛下は今の戦乱の世だけではなく、日本時代から日本誕生の前まで遡り、異なるものが1つになろうとした時、血を流さずに収束した事は1つも無いと族長に話すのである。
「これらをなす事が、どれだけ難儀な事かは歴史を見れば火を見るより明らかなはずだ。憲明国王が、たった1人で解決できると思った方こそが安易だ」
「ならば融和を夢見て死んでいった祖先たちは、安易だったと貴様は言いたいのか!」
「そう言いたいわけでは無い。それくらい今回の件は根深いもので、俺の首を刎ねたところで解決するような話では無いと言いたいんだ」
秋時陛下の言葉に族長はイラッとした。
族長だけではなく護衛をしているアイヌ民族たちも秋時陛下を取り囲みながら罵声を浴びせる。
幸いな事に日本語を喋っていないので、秋時陛下は怒鳴られているだけでダメージは少ないはずだ。
「はっはっはっ! 自分を殺したところで、何の解決にならないから殺すなと? ならば祖先がやられた仕打ちを全て水に流せと申すのか?」
「祖先の敵討ちよりも、先にやるべき事が山積みだと言っているのだ」
「生意気にも賢君のような事を言うでは無いか。しかし賢君は人の痛みというものを知らないみたいだな。ならば仲間の命と引き換えに、その苦しみをその身に教え込んでやろう!」
秋時陛下が大切な人間が、目の前に失う苦しみを知らないから教えてやると言うのだ。
指を鳴らすと後ろで手を縛られ、一列に並ばされている北翔たちが秋時陛下の前に連れて来られる。
そして並ばされると首を前に出させられる。
明らかに今から首を刎ねられる感じだ。
準備が整ったところで族長は腕を前に出し処刑人に対して「やれ!」と指示を出す。
「そんな事をする必要は無い。その痛みは、とうの昔に味わっている……」
秋時陛下の目から光が消えるのである。
どうやら大切な人を亡くす痛みは、とうの昔に経験していると下を向きながら言う。
北翔たちは「陛下……」と驚きの眼差しを向ける。
「族長よ、人間というのは笑うという点において他の生物よりも優れているものだ。部族の長ならば人間を笑顔にする為に、剣を握るべきでは無いか?」
「それはどういう意味だ?」
「北星人だとか、アイヌ民族だとかと分けるから間で要らない争いが起きるのだ」
秋時陛下の言っている事が、族長はあまりピンッと来ていないのである。
その説明として北星人だからアイヌ民族だからと、2つに分けるから争いが起きるのだと言う。
「それは日本列島でも同じだ。貴殿らから見たら、同じ大和人なのに数百年にわたって土地を奪い合って殺し合っている。騒乱の世は国境を作った事により、敵と味方がハッキリとしてしまった」
アイヌ民族から見たら日本列島でも、無意味にも思えるような戦争で殺し合っていると現実を口にする。
国境を作った事で、敵と味方がハッキリとして争いが激化していったのである。
「確かに極稀に、憲明国王のように名君と呼ばれる王が生まれるが、それは王位についている一時の平和に過ぎないのだ」
秋時陛下の憲明国王への事に関して、北翔が疑問に思ったので口を話すのである。
「いっときの間でも凄いんじゃないんですか? それ以上、1人の人間に何かできる事があるんですか」
「ある! それは……全国境を排除する事だ!」
「え? 国境を排除って……え? それってどう言う」
秋時陛下は北翔の質問に、全国境を排除すれば可能であると断言するのである。
この言葉に日本語が分かる人間たちは、驚きのあまり言葉を失ってしまう。